2024.11.18
【考察】なぜ、藤井聡太は強いのか?
藤井竜王・名人の強さについて改めて考えてみる
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皆さんこんにちは、編集部の島田です。
現在将棋界は藤井聡太竜王・名人が8つのタイトルを独占したのが2023年の10月11日。それから約1年が経過し、叡王のタイトルは失いましたが、それ以外のタイトルについてはすべて防衛を続けており、現在は七冠を保持しています。
藤井聡太竜王・名人が将棋界のトップを独走している、というのは誰も異論のないところでしょう。
そこで今回は「なぜ藤井竜王・名人は強いのか」ということを考えてみたいと思います。すでに多くの棋士や将棋ファンが語っているところではありますが、私自身が棋士に聞いたり、藤井竜王・名人を接した経験なども踏まえて、まとめていければと思います。
長い話になりそうですので、最後までお付き合いいただければ幸いです。
それではいってみましょう!
藤井竜王・名人の強さ その1「終盤力」
これは藤井竜王・名人の強さを語る際に最もよく言われる言葉でしょう。
将棋はいくら序盤や中盤でリードを奪われていたとしても終盤にひっくり返せば勝ち。そして将棋は終盤になるほど指し手の選択肢が多くなり、間違えやすくなるので、「将棋は逆転のゲーム」とも言われます。
藤井竜王・名人はこの終盤力が他の棋士より抜きん出て高いため、リードしていればそのまま勝ちますし、リードされていても逆転で勝つことができるのです。
「終盤力」をさらに細分化して「詰む・詰まないの正確さ」という棋士もいます。確かに、ある局面を見たときに、藤井竜王・名人だけが詰んでいるか、詰んでいないかがわかるとしたら、これは相当に有利です。
この終盤力を支えているのが子どもの頃から培ってきた詰将棋の解図能力。その力は詰将棋解答選手権の成績(小6から5連覇)が証明しています。元々の藤井竜王・名人の才能もありますが、子どもの頃に通っていた「ふみもと子ども将棋教室」の文本先生の詰将棋偏重ともいえる教え方が合っていたということもあるでしょう。
また、個人的には詰将棋の解図能力は、頭の中で自在に駒を動かす「空間把握能力」と密接に関わっていると思うので、幼少期によく遊んでいたという「キュボロ」も詰将棋の力を伸ばすのに一役買っていたのではないかと考えています。
藤井竜王・名人の強さ その2「序盤研究」
終盤だけでなく序盤も強いのが藤井竜王・名人。
小学生のころから終盤は強かった、そこに奨励会三段のころから千田翔太八段の手ほどきを受けて始めたAI研究が加わり序盤も強くなった、という流れです。
現代将棋で勝ち抜いていくためにはAIを使った研究が不可欠だと言われています。特に角換わり腰掛け銀のような激しい将棋では、ある局面でAIの最善手を知っているか知らないかが勝敗に直結することもあります。つまり、勝つためには「知識量」がものを言うのです。
現在の将棋界において、このAI研究で最先端を走っているのが藤井竜王・名人、伊藤匠叡王、永瀬拓矢九段の3人、あるいはそこに佐々木勇気八段を加えた4人だと言われており、彼らが今の将棋界をリードしています。
藤井竜王・名人いわく、自分の中に大量の指し手のツリー(定跡)ができあがっており、それを日々更新しているとのことです。この定跡の維持と更新にはかなりの時間を費やす必要があるはずです。対局以外の仕事が多く、どう見ても研究時間が十分に取れていないように見える藤井竜王・名人がなぜ序盤の最先端を走り続けていられるのでしょうか。それには藤井竜王・名人の3つの能力が関係していそうです。
藤井竜王・名人の序盤力を支える能力 その1「記憶力」
現代将棋においては記憶力は重要なファクターだといえます。AIの最善手を覚えて、それを忘れない人が有利だからです。渡辺明九段が藤井竜王・名人のやり方を称して「記憶のパワープレイ」と言ったこともありましたが、藤井竜王・名人の記憶力が棋士の平均より高いのは事実でしょう。
相当な知識を記憶していなければ、2手目△8四歩と突いて「どこからでもかかってこい」という姿勢を貫くことはできません。
藤井竜王・名人の序盤力を支える能力 その2「吸収力」
これは高見泰地七段が教えてくれたことですが、同じAIを使って同じ時間勉強したとしても、そこからどれだけのものが得られるかは、棋士によって異なるということでした。
例えばある局面をAIにかけて最善手を指し続けさせたとしても、それを眺めているだけでは得られるものは少ない。一手一手自分の頭で考えて血肉と化す(吸収する)のが大事である。そして、その吸収力が最も高いのが藤井竜王・名人なのだということでした。
藤井竜王・名人の序盤力を支える能力 その3「取捨選択能力」
将棋の局面というのは膨大にあるので、やみくもにいろいろな局面を調べても時間を浪費するだけです。
増田康宏八段はAIを使ってどの局面を研究すればいいかが藤井竜王・名人にはわかるのだろうとおっしゃっていました。ここは調べたほうがいいけど、ここは調べなくていいという取捨選択の判断力が優れているということです。
これらの力によって藤井竜王・名人の単位時間当たりに得られる知識量は他の棋士に比べて多くなりそうです。
・・・・・・さて、ここまで終盤力、序盤力ときましたが、すでに話が長くなりすぎました(笑)
まだまだいけるよ!という方はついてきてください。
「終盤力」「序盤研究」ときましたので、次は予想がついたかもしれません。それでは行ってみましょう!
藤井竜王・名人の強さ その3「中盤の正確性」
はい。そうです。将棋は序盤、中盤、終盤の3つに分かれますからね。3つ目は「中盤の正確性」です。ここでいう中盤というのは事前研究の範囲が終わった未知の局面と考えてください。
序盤はAIを使ってわかる部分があり、終盤は詰む・詰まないが絡んでくれば絶対の一手が出てきますが、中盤に関しては指針になるものがあまりありません。
にもかかわらず、藤井竜王・名人はこの中盤の正確性が棋士の中でも抜きんでて優れており、それはデータでも示されています。皆さんもアベマの中継を観ていて、藤井竜王・名人がベストの手を選ぶことが多いと感じるのではないでしょうか。
では、なぜ藤井竜王・名人は中盤で正確な手を選ぶことができるのでしょうか。
指し手の正確性を支えているのは「読み」と「形勢判断」です。
つまり、同じ時間を与えられた時にたくさんの手を読めるということ、そしてその手を指した局面の形勢判断が正確であることの2つです。
このうち「読み」の力については比較的わかりやすく、藤井竜王・名人には子どもの頃から詰将棋で培ってきた読みのスピードがありますから、短い時間でたくさんの手を読むというのは得意でしょう。また、このときに普通の人なら読まないような手も読んでいるというのは藤井竜王・名人の強みの一つです。常識にとらわれない大胆な手、リスクのありそうな手まで含めて視野に入れているのはさすがです。
では、「形勢判断」についてはどうでしょうか?
このことを考えたときに、私には藤井竜王・名人が言っていた2つのエピソードが思い当たります。
一つはデビューしたてのころ(つまり高校生のころ)に言っていた「AIを自分の中に取り込む」ということです。
AIはある局面における評価値(プラス1000点とか、マイナス300点とか)を出してくれますが、その中身はブラックボックスで、なぜその数字になるのかは教えてくれません。しかし、さまざまな局面におけるAIの形勢判断をみることで、それを自分の感覚に取り込むことができるのではないか、とおっしゃっていました。高校生でこんなことを考えていることに度肝を抜かれた記憶があります。AIの指し手と藤井竜王・名人の指し手の一致率が高いところをみると、この試みにはある程度成功したのではないかと思っています。
もう一つのエピソードは最近の藤井竜王・名人がよく口にしている「局面の急所をつかむ」ということです。
将棋にはいろいろな戦型がありますが、その戦型ならではの急所が存在します。部分的によく出てくる攻め筋であったり、制空権を奪う上で大事な地点だったりします。そういう情報を事前にたくさん知っていて熟練した状態になっておくと、未知の局面においてもそれほど間違った手を指さない、ということです。
・・・と、言葉では言えるものの、具体的にどうしたら局面の急所をつかむことができるのかはとても難しい。羽生善治九段にインタビューさせていただいたときにこの話をぶつけてみたのですが、羽生先生も「経験を重ねていってこういう手は悪い手だから指しちゃいけないとか、こういう手筋もあるとか、そういったものを少しずつ積み上げていくしかないのかなと思ってます」とおっしゃっていました。
この話を聞くと、局面の急所をつかむためには対人の経験が必要なように見えるのですが、藤井竜王・名人の場合、永瀬拓矢九段としかVS(実戦形式の練習)をしていません。
では、どうやって局面の急所をつかむ鍛錬をしているのでしょうか?
・・・それは私もよくわかっていません。謎です。
AIと対局をしているということもおっしゃっていましたが、藤井竜王・名人ならではのやり方あるのだろうと思います。藤井竜王・名人の場合、タイトル戦の対局中も実際に指す手以外の手もたくさん考えていると思うので、そういう蓄積が生きているのかもしれません。
いずれにしても、事実として藤井竜王・名人の形勢判断は他の棋士に比べて正確であり、それが読みのスピードと相まって、中盤の正確性につながっています。
さて、ここまで「終盤力」「序盤研究」「中盤の正確性」と話してきましたが、これらを総じて「一局を通してミスが少ない」ということを藤井竜王・名人の強さとして挙げる棋士もいます。羽生善治九段や木村一基九段がそうです。
将棋はいい手よりも悪い手のほうが圧倒的に多いゲームですので、ミスが少ないというのは強力なストロングポイントになります。
序盤から終盤まで全体的にミスが少なく、大負けすることがほとんどないため、藤井竜王・名人の勝率はデビュー以来ずっと高いままで保たれているのです。
藤井竜王・名人の強さ その4「罠の張り方」
いかに藤井竜王・名人の序中盤が優れているといっても、全ての対局で優勢になるわけにはいかないのが将棋です。藤井竜王・名人も劣勢な状態で終盤を迎えることがあります。そしてこうなってしまうと最善手を指して続けたとしても差が縮まらず負けになってしまうので、逆転するには相手に悪い手を指してもらわなくてはいけません。
そして、藤井竜王・名人はこの相手に悪手を指させる罠を張るのがとてもうまいのです。
例えば第71期王座戦、挑戦者決定トーナメントの村田顕弘六段との一戦。この対局は「新村田システム」が炸裂して村田六段が勝勢でしたが、最後の最後で藤井竜王・名人の投げた毒まんじゅうを食べてしまい、大逆転となったのでした。
直近の永瀬拓矢九段との王座戦第3局でも終盤に△9六香という罠がありました。
藤井竜王・名人は自分が不利とみるや、相手が間違えそうな罠をいくつか用意して、虎視眈々と逆転を狙っているのです。それが非常に高度な罠なので棋士でも引っかかってしまうのですね。
相手からすると、藤井竜王・名人相手に序中盤で優勢になることがそもそも難しい上に、優勢になったとしても罠をかいくぐってゴールまで走らなければいけないので、勝ちきるのは大変です。
さてさて、ここまでは将棋の内容面の話をしてきましたが、やや真面目すぎた感もあります。ここからは藤井竜王・名人の性格、人間性の観点から彼の強さについて語らせてください。では、いってみましょう!
藤井竜王・名人の強さ その5「負けず嫌い」
将棋の棋士は人並み以上に負けず嫌いではあると思いますが、そんな棋士の中でも藤井竜王・名人の負けず嫌いっぷりは群を抜いています。
子どもの頃に負けると将棋盤にしがみついて泣いていた、というエピソードは有名ですが、まぁ子どもの頃ならそういうこともあるでしょう。
藤井竜王・名人がすごいのは大人になってもそのマグマを保持しているということです。タイトル戦で敗勢になると明らかにがっくりと肩を落としていますし、NHK杯戦では深浦康市九段に敗れて子どものようにうなだれている様子が全国に放送されました。
また、不甲斐ない将棋を指してしまったときに自分に対して怒っている様子も画面を通じてひしひしと伝わってきます。
このようなむき出しの衝動が藤井竜王・名人の原動力になっているのでしょう。
藤井竜王・名人の負けず嫌いに端を発した勝負に対する執念が、奇跡的な逆転劇を生み出してきたのを将棋ファンは何度も見てきました。
また、負けた将棋をとことん研究して自分の糧としていく強さもあります。デビューから6連敗した豊島将之九段との十七番勝負で敗戦を力に変えて、追いつき、追い越していった姿はまさにそれを具現化したものでした。
藤井竜王・名人の強さ その6「向上心」
17歳で初タイトル棋聖を獲得し、19歳で将棋界最高のタイトル竜王を獲得した藤井竜王・名人。普通なら天下を取ったここでモチベーションが下がったり、おごりの気持ちが芽生えても全く不思議のないところですが、「強くなりたい」という将棋に対する姿勢がブレないのが藤井竜王・名人の強さです。
その飽くなき向上心について本人に尋ねたところ、「強くなれば違う景色が見られるかもしれないから」と答えてくれました。「えっ?それだけでいいの?」と思ってしまうのですが、藤井竜王・名人にとってはそれで十分なのだと思います。師匠の杉本昌隆八段は「好奇心」という言葉で表現されていましたが、ピュアな心が根幹にあるのでブレることがないのでしょう。
永瀬九段は藤井竜王・名人について「人間っぽくない」と表現されていました。確かに藤井竜王・名人はいくら勝っても謙虚なままですし、現世利益的な欲求がほとんどないように見受けられるので、解脱を果たした仏なのかもしれません。
このことに関連して、藤井竜王・名人がデビューしたばかりの頃に先崎学九段に聞いた時の言葉を思い出します。先崎先生が言うには藤井竜王・名人は「顔がいい」のだそうです。「おごらない顔をしている」とおっしゃってました。デビュー当時から本質的なところを見抜かれていて、先崎先生の観察眼には驚くばかりです。
藤井竜王・名人の強さ その7「運・引き寄せる力」
さて、藤井竜王・名人の強さの秘密も最後になりました。最後は「運・引き寄せる力」です。
運というのは藤井竜王・名人の巡りあわせの運を指しています。
幼い頃将棋を教えてくれたおばあ様がいたこと
近くに将棋道場があり、文本先生の教え方が自分に合っていたこと
やりたいようにやらせてくれる師匠と出会えたこと
奨励会時代に千田八段に出会いAIを導入したこと
同郷の先輩、豊島将之九段が強くしてくれたこと
唯一の研究パートナー、永瀬拓矢九段が最新の序盤研究を授けてくれたこと
藤井竜王・名人は節目節目で重要な人物に出会い、それらをすべていい方向に生かしているように見えます。
これは藤井竜王・名人の運の良さとみることもできますし、彼が持っている「人を引き寄せる力」が強いということでもあります。
(私も引き寄せられた一人だとしたら嬉しいのですが笑)
・・・さて、「藤井竜王・名人がなぜ強いのか」というテーマでいろいろと語ってみましたが、いかがでしたでしょうか?
たくさん語ったのでこれで言い尽くせたような気もしますし、他にもまだまだあるような気もします。皆さんのご意見、ご感想をお待ちしております。
長い記事にお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。
今後、藤井竜王・名人がどこまで強くなっていくのか、本当に楽しみです。
==================
【追記】
記事をアップした後で読んでいただいた方から、他にもこういうところがあるよ!というご指摘をいただきましたので追記します。
藤井竜王・名人の強さ その8「体力」
これも1年を通じて戦う上で非常に大切なポイントでした。
藤井竜王・名人は筋トレやランニングをしているわけではないのですが、意外にも体力があるのです。
タイトル戦が2つ並行して行われたら対局と移動の繰り返しで大変な過密日程になるのですが、そういう状況になっても風邪一つ引かない体の強さがあります。
子どもの頃はプロレスをよくしていたそうですが、棋士になる前に培ったものなのかもしれません。あとは野菜をよく食べるとか、よく寝るとか、そういうこともあるでしょうか。
そして、肉体的な面だけでなく、考える体力も持ち合わせています。長時間集中するのは誰でも大変疲れるものですが、藤井竜王・名人はそれを苦にしません。
丈夫な体と丈夫な頭が藤井竜王・名人の活躍を根元から支えています。
藤井竜王・名人の強さ その9「切り替え力」
いかに藤井竜王・名人が強いといっても、負けることもあります。
普通の人は負けを引きずって次の試合でも良いパフォーマンスが出せないことありますが、藤井竜王・名人の場合はそういうことがありません。
気持ちを切り替えて次の対局に臨んでいるため、藤井竜王・名人は連敗することがほとんどないのです。
私はこの背景には藤井竜王・名人の数学的思考があると思っています。
数学的にドライに考えることで気持ちの揺らぎを少なくしている。そう思うことがこれまでのインタビューでも何度かありました。確率的に考えて、そりゃ負けることもあるよねと。
負けず嫌いですから対局に負けた瞬間は、ものすごく悔しがっているのですが、大盤解説会場に現れたときはもう気持ちを切り替えて前を向いている。
そんな藤井竜王・名人を見たことが皆さんもあるでしょう。
この切り替え力も含めた精神力の強さ、対局に向かうメンタルコントロールも藤井竜王・名人の優れているところです。
(島田修二)
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現在将棋界は藤井聡太竜王・名人が8つのタイトルを独占したのが2023年の10月11日。それから約1年が経過し、叡王のタイトルは失いましたが、それ以外のタイトルについてはすべて防衛を続けており、現在は七冠を保持しています。
藤井聡太竜王・名人が将棋界のトップを独走している、というのは誰も異論のないところでしょう。
そこで今回は「なぜ藤井竜王・名人は強いのか」ということを考えてみたいと思います。すでに多くの棋士や将棋ファンが語っているところではありますが、私自身が棋士に聞いたり、藤井竜王・名人を接した経験なども踏まえて、まとめていければと思います。
長い話になりそうですので、最後までお付き合いいただければ幸いです。
それではいってみましょう!
藤井竜王・名人の強さ その1「終盤力」
これは藤井竜王・名人の強さを語る際に最もよく言われる言葉でしょう。
将棋はいくら序盤や中盤でリードを奪われていたとしても終盤にひっくり返せば勝ち。そして将棋は終盤になるほど指し手の選択肢が多くなり、間違えやすくなるので、「将棋は逆転のゲーム」とも言われます。
藤井竜王・名人はこの終盤力が他の棋士より抜きん出て高いため、リードしていればそのまま勝ちますし、リードされていても逆転で勝つことができるのです。
「終盤力」をさらに細分化して「詰む・詰まないの正確さ」という棋士もいます。確かに、ある局面を見たときに、藤井竜王・名人だけが詰んでいるか、詰んでいないかがわかるとしたら、これは相当に有利です。
この終盤力を支えているのが子どもの頃から培ってきた詰将棋の解図能力。その力は詰将棋解答選手権の成績(小6から5連覇)が証明しています。元々の藤井竜王・名人の才能もありますが、子どもの頃に通っていた「ふみもと子ども将棋教室」の文本先生の詰将棋偏重ともいえる教え方が合っていたということもあるでしょう。
また、個人的には詰将棋の解図能力は、頭の中で自在に駒を動かす「空間把握能力」と密接に関わっていると思うので、幼少期によく遊んでいたという「キュボロ」も詰将棋の力を伸ばすのに一役買っていたのではないかと考えています。
藤井竜王・名人の強さ その2「序盤研究」
終盤だけでなく序盤も強いのが藤井竜王・名人。
小学生のころから終盤は強かった、そこに奨励会三段のころから千田翔太八段の手ほどきを受けて始めたAI研究が加わり序盤も強くなった、という流れです。
現代将棋で勝ち抜いていくためにはAIを使った研究が不可欠だと言われています。特に角換わり腰掛け銀のような激しい将棋では、ある局面でAIの最善手を知っているか知らないかが勝敗に直結することもあります。つまり、勝つためには「知識量」がものを言うのです。
現在の将棋界において、このAI研究で最先端を走っているのが藤井竜王・名人、伊藤匠叡王、永瀬拓矢九段の3人、あるいはそこに佐々木勇気八段を加えた4人だと言われており、彼らが今の将棋界をリードしています。
藤井竜王・名人いわく、自分の中に大量の指し手のツリー(定跡)ができあがっており、それを日々更新しているとのことです。この定跡の維持と更新にはかなりの時間を費やす必要があるはずです。対局以外の仕事が多く、どう見ても研究時間が十分に取れていないように見える藤井竜王・名人がなぜ序盤の最先端を走り続けていられるのでしょうか。それには藤井竜王・名人の3つの能力が関係していそうです。
藤井竜王・名人の序盤力を支える能力 その1「記憶力」
現代将棋においては記憶力は重要なファクターだといえます。AIの最善手を覚えて、それを忘れない人が有利だからです。渡辺明九段が藤井竜王・名人のやり方を称して「記憶のパワープレイ」と言ったこともありましたが、藤井竜王・名人の記憶力が棋士の平均より高いのは事実でしょう。
相当な知識を記憶していなければ、2手目△8四歩と突いて「どこからでもかかってこい」という姿勢を貫くことはできません。
藤井竜王・名人の序盤力を支える能力 その2「吸収力」
これは高見泰地七段が教えてくれたことですが、同じAIを使って同じ時間勉強したとしても、そこからどれだけのものが得られるかは、棋士によって異なるということでした。
例えばある局面をAIにかけて最善手を指し続けさせたとしても、それを眺めているだけでは得られるものは少ない。一手一手自分の頭で考えて血肉と化す(吸収する)のが大事である。そして、その吸収力が最も高いのが藤井竜王・名人なのだということでした。
藤井竜王・名人の序盤力を支える能力 その3「取捨選択能力」
将棋の局面というのは膨大にあるので、やみくもにいろいろな局面を調べても時間を浪費するだけです。
増田康宏八段はAIを使ってどの局面を研究すればいいかが藤井竜王・名人にはわかるのだろうとおっしゃっていました。ここは調べたほうがいいけど、ここは調べなくていいという取捨選択の判断力が優れているということです。
これらの力によって藤井竜王・名人の単位時間当たりに得られる知識量は他の棋士に比べて多くなりそうです。
・・・・・・さて、ここまで終盤力、序盤力ときましたが、すでに話が長くなりすぎました(笑)
まだまだいけるよ!という方はついてきてください。
「終盤力」「序盤研究」ときましたので、次は予想がついたかもしれません。それでは行ってみましょう!
藤井竜王・名人の強さ その3「中盤の正確性」
はい。そうです。将棋は序盤、中盤、終盤の3つに分かれますからね。3つ目は「中盤の正確性」です。ここでいう中盤というのは事前研究の範囲が終わった未知の局面と考えてください。
序盤はAIを使ってわかる部分があり、終盤は詰む・詰まないが絡んでくれば絶対の一手が出てきますが、中盤に関しては指針になるものがあまりありません。
にもかかわらず、藤井竜王・名人はこの中盤の正確性が棋士の中でも抜きんでて優れており、それはデータでも示されています。皆さんもアベマの中継を観ていて、藤井竜王・名人がベストの手を選ぶことが多いと感じるのではないでしょうか。
では、なぜ藤井竜王・名人は中盤で正確な手を選ぶことができるのでしょうか。
指し手の正確性を支えているのは「読み」と「形勢判断」です。
つまり、同じ時間を与えられた時にたくさんの手を読めるということ、そしてその手を指した局面の形勢判断が正確であることの2つです。
このうち「読み」の力については比較的わかりやすく、藤井竜王・名人には子どもの頃から詰将棋で培ってきた読みのスピードがありますから、短い時間でたくさんの手を読むというのは得意でしょう。また、このときに普通の人なら読まないような手も読んでいるというのは藤井竜王・名人の強みの一つです。常識にとらわれない大胆な手、リスクのありそうな手まで含めて視野に入れているのはさすがです。
では、「形勢判断」についてはどうでしょうか?
このことを考えたときに、私には藤井竜王・名人が言っていた2つのエピソードが思い当たります。
一つはデビューしたてのころ(つまり高校生のころ)に言っていた「AIを自分の中に取り込む」ということです。
AIはある局面における評価値(プラス1000点とか、マイナス300点とか)を出してくれますが、その中身はブラックボックスで、なぜその数字になるのかは教えてくれません。しかし、さまざまな局面におけるAIの形勢判断をみることで、それを自分の感覚に取り込むことができるのではないか、とおっしゃっていました。高校生でこんなことを考えていることに度肝を抜かれた記憶があります。AIの指し手と藤井竜王・名人の指し手の一致率が高いところをみると、この試みにはある程度成功したのではないかと思っています。
もう一つのエピソードは最近の藤井竜王・名人がよく口にしている「局面の急所をつかむ」ということです。
将棋にはいろいろな戦型がありますが、その戦型ならではの急所が存在します。部分的によく出てくる攻め筋であったり、制空権を奪う上で大事な地点だったりします。そういう情報を事前にたくさん知っていて熟練した状態になっておくと、未知の局面においてもそれほど間違った手を指さない、ということです。
・・・と、言葉では言えるものの、具体的にどうしたら局面の急所をつかむことができるのかはとても難しい。羽生善治九段にインタビューさせていただいたときにこの話をぶつけてみたのですが、羽生先生も「経験を重ねていってこういう手は悪い手だから指しちゃいけないとか、こういう手筋もあるとか、そういったものを少しずつ積み上げていくしかないのかなと思ってます」とおっしゃっていました。
この話を聞くと、局面の急所をつかむためには対人の経験が必要なように見えるのですが、藤井竜王・名人の場合、永瀬拓矢九段としかVS(実戦形式の練習)をしていません。
では、どうやって局面の急所をつかむ鍛錬をしているのでしょうか?
・・・それは私もよくわかっていません。謎です。
AIと対局をしているということもおっしゃっていましたが、藤井竜王・名人ならではのやり方あるのだろうと思います。藤井竜王・名人の場合、タイトル戦の対局中も実際に指す手以外の手もたくさん考えていると思うので、そういう蓄積が生きているのかもしれません。
いずれにしても、事実として藤井竜王・名人の形勢判断は他の棋士に比べて正確であり、それが読みのスピードと相まって、中盤の正確性につながっています。
さて、ここまで「終盤力」「序盤研究」「中盤の正確性」と話してきましたが、これらを総じて「一局を通してミスが少ない」ということを藤井竜王・名人の強さとして挙げる棋士もいます。羽生善治九段や木村一基九段がそうです。
将棋はいい手よりも悪い手のほうが圧倒的に多いゲームですので、ミスが少ないというのは強力なストロングポイントになります。
序盤から終盤まで全体的にミスが少なく、大負けすることがほとんどないため、藤井竜王・名人の勝率はデビュー以来ずっと高いままで保たれているのです。
藤井竜王・名人の強さ その4「罠の張り方」
いかに藤井竜王・名人の序中盤が優れているといっても、全ての対局で優勢になるわけにはいかないのが将棋です。藤井竜王・名人も劣勢な状態で終盤を迎えることがあります。そしてこうなってしまうと最善手を指して続けたとしても差が縮まらず負けになってしまうので、逆転するには相手に悪い手を指してもらわなくてはいけません。
そして、藤井竜王・名人はこの相手に悪手を指させる罠を張るのがとてもうまいのです。
例えば第71期王座戦、挑戦者決定トーナメントの村田顕弘六段との一戦。この対局は「新村田システム」が炸裂して村田六段が勝勢でしたが、最後の最後で藤井竜王・名人の投げた毒まんじゅうを食べてしまい、大逆転となったのでした。
直近の永瀬拓矢九段との王座戦第3局でも終盤に△9六香という罠がありました。
藤井竜王・名人は自分が不利とみるや、相手が間違えそうな罠をいくつか用意して、虎視眈々と逆転を狙っているのです。それが非常に高度な罠なので棋士でも引っかかってしまうのですね。
相手からすると、藤井竜王・名人相手に序中盤で優勢になることがそもそも難しい上に、優勢になったとしても罠をかいくぐってゴールまで走らなければいけないので、勝ちきるのは大変です。
さてさて、ここまでは将棋の内容面の話をしてきましたが、やや真面目すぎた感もあります。ここからは藤井竜王・名人の性格、人間性の観点から彼の強さについて語らせてください。では、いってみましょう!
藤井竜王・名人の強さ その5「負けず嫌い」
将棋の棋士は人並み以上に負けず嫌いではあると思いますが、そんな棋士の中でも藤井竜王・名人の負けず嫌いっぷりは群を抜いています。
子どもの頃に負けると将棋盤にしがみついて泣いていた、というエピソードは有名ですが、まぁ子どもの頃ならそういうこともあるでしょう。
藤井竜王・名人がすごいのは大人になってもそのマグマを保持しているということです。タイトル戦で敗勢になると明らかにがっくりと肩を落としていますし、NHK杯戦では深浦康市九段に敗れて子どものようにうなだれている様子が全国に放送されました。
また、不甲斐ない将棋を指してしまったときに自分に対して怒っている様子も画面を通じてひしひしと伝わってきます。
このようなむき出しの衝動が藤井竜王・名人の原動力になっているのでしょう。
藤井竜王・名人の負けず嫌いに端を発した勝負に対する執念が、奇跡的な逆転劇を生み出してきたのを将棋ファンは何度も見てきました。
また、負けた将棋をとことん研究して自分の糧としていく強さもあります。デビューから6連敗した豊島将之九段との十七番勝負で敗戦を力に変えて、追いつき、追い越していった姿はまさにそれを具現化したものでした。
藤井竜王・名人の強さ その6「向上心」
17歳で初タイトル棋聖を獲得し、19歳で将棋界最高のタイトル竜王を獲得した藤井竜王・名人。普通なら天下を取ったここでモチベーションが下がったり、おごりの気持ちが芽生えても全く不思議のないところですが、「強くなりたい」という将棋に対する姿勢がブレないのが藤井竜王・名人の強さです。
その飽くなき向上心について本人に尋ねたところ、「強くなれば違う景色が見られるかもしれないから」と答えてくれました。「えっ?それだけでいいの?」と思ってしまうのですが、藤井竜王・名人にとってはそれで十分なのだと思います。師匠の杉本昌隆八段は「好奇心」という言葉で表現されていましたが、ピュアな心が根幹にあるのでブレることがないのでしょう。
永瀬九段は藤井竜王・名人について「人間っぽくない」と表現されていました。確かに藤井竜王・名人はいくら勝っても謙虚なままですし、現世利益的な欲求がほとんどないように見受けられるので、解脱を果たした仏なのかもしれません。
このことに関連して、藤井竜王・名人がデビューしたばかりの頃に先崎学九段に聞いた時の言葉を思い出します。先崎先生が言うには藤井竜王・名人は「顔がいい」のだそうです。「おごらない顔をしている」とおっしゃってました。デビュー当時から本質的なところを見抜かれていて、先崎先生の観察眼には驚くばかりです。
藤井竜王・名人の強さ その7「運・引き寄せる力」
さて、藤井竜王・名人の強さの秘密も最後になりました。最後は「運・引き寄せる力」です。
運というのは藤井竜王・名人の巡りあわせの運を指しています。
幼い頃将棋を教えてくれたおばあ様がいたこと
近くに将棋道場があり、文本先生の教え方が自分に合っていたこと
やりたいようにやらせてくれる師匠と出会えたこと
奨励会時代に千田八段に出会いAIを導入したこと
同郷の先輩、豊島将之九段が強くしてくれたこと
唯一の研究パートナー、永瀬拓矢九段が最新の序盤研究を授けてくれたこと
藤井竜王・名人は節目節目で重要な人物に出会い、それらをすべていい方向に生かしているように見えます。
これは藤井竜王・名人の運の良さとみることもできますし、彼が持っている「人を引き寄せる力」が強いということでもあります。
(私も引き寄せられた一人だとしたら嬉しいのですが笑)
・・・さて、「藤井竜王・名人がなぜ強いのか」というテーマでいろいろと語ってみましたが、いかがでしたでしょうか?
たくさん語ったのでこれで言い尽くせたような気もしますし、他にもまだまだあるような気もします。皆さんのご意見、ご感想をお待ちしております。
長い記事にお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。
今後、藤井竜王・名人がどこまで強くなっていくのか、本当に楽しみです。
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【追記】
記事をアップした後で読んでいただいた方から、他にもこういうところがあるよ!というご指摘をいただきましたので追記します。
藤井竜王・名人の強さ その8「体力」
これも1年を通じて戦う上で非常に大切なポイントでした。
藤井竜王・名人は筋トレやランニングをしているわけではないのですが、意外にも体力があるのです。
タイトル戦が2つ並行して行われたら対局と移動の繰り返しで大変な過密日程になるのですが、そういう状況になっても風邪一つ引かない体の強さがあります。
子どもの頃はプロレスをよくしていたそうですが、棋士になる前に培ったものなのかもしれません。あとは野菜をよく食べるとか、よく寝るとか、そういうこともあるでしょうか。
そして、肉体的な面だけでなく、考える体力も持ち合わせています。長時間集中するのは誰でも大変疲れるものですが、藤井竜王・名人はそれを苦にしません。
丈夫な体と丈夫な頭が藤井竜王・名人の活躍を根元から支えています。
藤井竜王・名人の強さ その9「切り替え力」
いかに藤井竜王・名人が強いといっても、負けることもあります。
普通の人は負けを引きずって次の試合でも良いパフォーマンスが出せないことありますが、藤井竜王・名人の場合はそういうことがありません。
気持ちを切り替えて次の対局に臨んでいるため、藤井竜王・名人は連敗することがほとんどないのです。
私はこの背景には藤井竜王・名人の数学的思考があると思っています。
数学的にドライに考えることで気持ちの揺らぎを少なくしている。そう思うことがこれまでのインタビューでも何度かありました。確率的に考えて、そりゃ負けることもあるよねと。
負けず嫌いですから対局に負けた瞬間は、ものすごく悔しがっているのですが、大盤解説会場に現れたときはもう気持ちを切り替えて前を向いている。
そんな藤井竜王・名人を見たことが皆さんもあるでしょう。
この切り替え力も含めた精神力の強さ、対局に向かうメンタルコントロールも藤井竜王・名人の優れているところです。
(島田修二)
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