「藤井猛九段の個人レッスン」体験者レビュー 涓滴さま|将棋情報局

将棋情報局

「藤井猛九段の個人レッスン」体験者レビュー 涓滴さま

2024年8月31日(土)に開催した指導対局イベント「藤井猛九段の個人レッスン(為書き直筆扇子付き)」のレビュー記事です。当企画にご参加いただいた涓滴さまに書いていただきました。

お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中

事の起こり

突如発表された「藤井猛九段の個人レッスン」

藤井九段ファンになって27年、このようなイベントは記憶にありません。しかも受付は先着順。その場でゴールドメンバーになり、ものすごい勢いで申し込みました。同じようなことを考えている藤井ファンが100人以上いると思うとわずか7人の狭き門。ドキドキしながら連絡を待っていると…1週間後「当選」のメールを受信。藤井九段と1対1の指導対局を受けることが決まりました。

そもそも指導対局とは

就位式や前夜祭、大盤解説会にサイン会等、棋士とは色々なイベントでお会いすることができますが、棋士とは「あ、どうも…」としか言えない私にとって、指導対局は最高のコミュニケーションツールだと感じています。

「棋は対話なり」。良い言葉ですよね。将棋は相手との対話でもあります。こちらが「この狙いで行こう」と駒組みを進めれば「それは許しませんよ」と変化される。観戦記者の中平邦彦さんは『棋士・その世界』で、将棋を指すことについて井上俊大阪大助教授(当時)の言葉を紹介しています。
 

いやがる手を読むことは、相手と同一化する行為だ。根元的な結びつきの基本といっていい。子供が母親に同一化して、価値観を受け継ぐのと同じだ。つまり相手の身になる能力をフルに発揮している。

引用元:中平邦彦『棋士・その世界』(講談社)


上手はこちらの意図はすべてお見通し。さらには性格まで把握され、その上で指し手を選ばれているように感じます。

私にとって指導対局というのは「勝ちたい」というよりもこうした「対話を楽しみたい」という気持ちが強いです。その上で褒められるほどの良い将棋を指せれば良いのですが、将棋は難解なゲーム。なかなか正確に指し続けるのも難しいですし、妙手で勝つ局面が現れるのも稀。それなら楽しんだもん勝ちです。

また、通常指導対局は多面指しで行われます。上手は聖徳太子状態で、これに物足りなさを感じている訳ではありませんが、対話したいと思えば1対多ではなく1対1が良いな、いつかマンツーマンの指導対局を受けてみたいと思ってしまうのは必定。なので今回告知された「藤井猛九段の個人レッスン」、私には願ったり叶ったり、夢のようなイベントなのです。

いざマイナビ出版へ

当日詰将棋を解きながらマイナビ出版へ。今回の個人レッスンはA~Gまでの7クラスの時間帯があり、私はGクラス。大トリを務めることになりました。到着するなりX(旧Twitter)で大活躍中の島田さんが「お待ちしておりました」と歓迎してくださいました。実は島田さんにも一局将棋を教えていただいたことがあり、私の四間飛車に5筋位取りで対抗され、負かされた思い出があります。不思議なことに「一局指したことがある」というのは安心感を与えてくれるようで、落ち着いて待機することができました。

Fクラスを終えた方が会議室から出てきていよいよ私の番。緊張感が一気に上がりましたが、全然遅れていないのに「遅くなって失礼しました」と物腰柔らかそうなファンの方。「良い方だな~」とほんわかしたところで「涓滴さん、頑張ってください」とすっかり素性がバレていることも判明し、混乱の中部屋に入ることになりました。

藤井九段とご対面。藤井九段はこの夏精力的にイベントにご出演されており、私も追いかけるようにイベントに参加し、8月だけでも3回目のご挨拶。また来たなという感じだったと思いますが、「ああ、どうもどうも」といつものやりとりをして、まずは直筆揮毫会が始まりました。

直筆揮毫会

指導対局の前に直筆揮毫会があるのは何気ないですが画期的。直筆揮毫は墨が乾くまで持ち帰りにくいという問題がありますが、先に揮毫しておけば指導対局中に乾いているというソリューション。ファンのことをよく考えてくださっている構成と感じました。

私が藤井九段の揮毫会に参加する時はいつもお決まりのやり取りがあります。

藤井九段「さ、今日はどうしますか。『涓滴』ですか?」
涓滴「いえ、○○でお願いします」

私(涓滴)が「涓滴」の揮毫をお願いする図が面白いので冗談半分でこの問いかけがあり、そして私も色々な揮毫が欲しいので「涓滴」以外の言葉をお願いする。誰に聞かせる訳でもないのにいつの間にか定着した問答です。たまに「『涓滴』でお願いします」というと藤井九段は困惑します。

しかしこの日は私にとって初めての為書き直筆扇子。少し様子が違いました。既に「涓滴」直筆揮毫扇子を持っている私は『我自我自』を希望していたのですが…

藤井九段「『涓滴』で為書き『涓滴さん』じゃなくて良いですか?」
涓滴「いえ、『我自我自』で…。でもその方が面白いですかね!?」
藤井九段「いやいや…」

個人レッスンを前に私も変なテンションになっていたようです。

揮毫後は二人で扇子を持ってツーショット写真をパチリ。ニヤケ顔が止まっていませんね。

個人レッスン

さあ、いよいよ個人レッスンの時間です。今回の指導対局の条件は以下の通り。

■持ち時間
25分切れ負け

■対象棋力
駒の並べ方・動かし方が分かる初心者~高段者まで

■手合割
以下の手合割からお選びください。
・8枚落ち(飛・角・銀・桂・香落ち)
・6枚落ち(飛・角・桂・香落ち)
・4枚落ち(飛・角・香落ち)
・2枚落ち(飛・角落ち)
・1枚落ち(飛または角落ち)

※8枚落ち~1枚落ちの間であれば、7枚落ちや3枚落ち等のイレギュラーな駒落ちも可能です。
※香落ちと平手は選択不可

引用元:藤井猛九段の個人レッスン(為書き直筆扇子付き)|将棋情報局 (mynavi.jp)


感想戦込みで多面指し90分のような時間設定の指導対局を受けることが多いため25分切れ負けは「短いのではないか」と不安でしたが、藤井九段は優しく「皆さんはあまり時間は気にせずに指してください。こちらの時間が切れたら私の負けということで」と仰っていただき、その不安も和らぎました。

また、この個人レッスンでは対局時計を使用します。藤井九段と対局時計を使って対局をするのは初めて。これだけでもなかなか貴重な機会です。

手合割をどうするかは少し悩みました。藤井九段とはこれまで6局指導対局をしていただいたことがあります。


飛車香落ちから始まり、良い勝負ができると分かったところで飛車落ちに変わりました。その時の会話がこちら

最初の飛車落ちは勝たせていただきましたが、その後は連戦連敗。通算1勝5敗という体たらく。今回は多面指しではなく個人レッスンであることから、もっと良い勝負になるように2枚落ちでお願いした方が良いかなと思いましたが、勝ち負けにこだわっている訳ではないのでいつも通りの飛車落ちでお願いすることにしました。それでも藤井九段に「おっ」と思われるような将棋を指したいところ。

目の前には厚めの卓上将棋盤に香月作の盛上駒。至れり尽くせりの対局環境を準備してくださいました。

いざ対局開始!よろしくお願いします。

これまでただ好きだからという理由で四間飛車+美濃囲いをよく採用していましたが、この日は唯一勝ったことがある向飛車で行くことにしていました。

藤井九段は☖5四歩☖5三銀型に構え、早めに☖6二玉。これはこれまでの指導対局には無かった形。こうなれば飛車がいない相振り飛車と思い、向飛車とバランスの良い金無双にしました。藤井九段との指導対局では初めての金無双です。

最初から初めて尽くし。この個人レッスンで最序盤から新しい形を指せることに心が震えました。いつも同じ形ではつまらないというのは藤井将棋から学んだところ。

しかも着手後他の誰かのところに行くこともなく、ずっと私の向かいに座って考えられています。藤井九段がこれから約1時間私と将棋を指してくださる。通常の指導対局では味わえない多幸感です。

36手目、ドンと☗6五歩と突いた局面。中盤の入り口で、幸せをかみしめている場合ではなくなってきました。



角交換は下手有利な形。角交換を狙いつつ6筋の位を張り、将来のコビン攻めを狙う構想でした。しかし☖5五歩と角交換を拒否され、次に☖5四銀~☖6五銀で歩を取られてしまう。6筋の位は生命線とも言えるもので、なんとか安定させる必要があります。☗6七銀~☗6六銀は形が悪そうなので☗6六角~☗7七桂としようと試みましたが、藤井九段は当然その理想形を許さず☗6六角の瞬間に☖6四歩から角にプレッシャーを掛けてきました。

以前の指導対局で藤井九段が「そう頑張られてはこちらも『許さん』という気持になるので」と仰られたことを思い出しました。自然な手ならともかく、ちょっと欲張ると許してもらえない。

6筋の位を奪還された上に圧力もある。下手から見たら相当嫌な感じで、欲張ったばかりに早くも作戦失敗の心境。しかし上手にしては珍しく駒が偏っているとも言え、☗3六歩~☗3七銀と片矢倉に発展させ、4筋の弱点をカバーしつつ玉の逃走ルートを確保。右辺でポイントをあげることでバランスを取ろうとしました。ただこの組み換えも、将来☖3三桂~☖2五桂が銀に当たってくるため一長一短ではあります。



49手目☖6五歩の局面から☗5六歩とし、いよいよ本格的な戦いに突入。ここまでで既に半分以上時間を使ってしまっていた気がします。

中盤以降は危険な手や甘い手を何度か指してしまっていたようですが、藤井九段はどの手も真剣に考えてくださっていました。途中は数分以上考えられる「長考」も。長考されると嬉しいんですよね。その間に普段観戦記で読んだり動画中継でしか聞くことのない小声のつぶやきが漏れ聞こえていました。

「ううぅ…ん」
「さて…」
「うん?」

誰もいないという環境というのは想像していた以上に静寂と集中力を与えてくれました。ここは会議室のはずでしたが「対局室」と言える空間になっていたのです。駒音と小さな唸り声だけが響く部屋。藤井九段と特別な環境で「将棋を指している」という実感が湧くと言うものです。

局面はずっと難解で、考えれば考える程面白く、終盤に入る頃には双方ほとんど時間がなくなっていたと思います。その中で指せた74手目☗3八玉は局後「読んでなくて青ざめました」と仰っていただけた手。


この玉は3七にいた玉を引いたもの。ずっと☗2六玉と上がって上が広い変化もあっため、敢えて下に逃げるところに意外性があります。藤井九段が驚くような手を指せたのは嬉しかったです。

しかし雰囲気は下手が勝ちにくい情勢。そしてお互いに切れ負け寸前。響く対局時計の音。藤井九段とまさかの時計の叩き合い!これもまた貴重な経験でした。最後は藤井九段の時間が切れ、約束通り?下手の勝ちという結果に。終局した瞬間「あー、負けた負けた!」と明るく嘆く藤井九段はさすがで部屋が一気に笑いに包まれました。82手目の局面が終局図。☖5五馬とされて下手敗勢。自分の記録上は下手負けとしてカウントしています。



そして感想戦の時間。感想戦も丁寧にしていただきました。

「この手は危険だと思いましたよ」
「代わりにこの手はどうですか。(何手か進めて)…うん、これだ」
「もしこう指されたらこう指して驚かせようと思ってました」
「この手は絶妙手でしたね。応対を間違えたな」

藤井九段からのコメントだけでなく、途中は二人で検討を進めていくようなやりとりもありました。ただコメントをいただくだけではなく、いつもより深いやり取りができるのもまた個人レッスンならでは。プロが見えている世界の広さ、深さに改めて感動するとともに、将棋を触媒にして藤井九段と淀みなく会話を紡ぐことができる嬉しさがこみあげてきます。将棋には、人と人を繋ぐ力というものが間違いなくあります。

対局は時間切れとなってしまいましたが、濃密で充実感が大きく十分な時間でした。普段の指導対局よりも考える時間は短かったかもしれませんが、最高の環境で、ずっと長い時間対局し、よく深く対話できた感覚でした。個人レッスン、多面指しでは決して得られない特別な経験を味わえます。

謝辞

今回の個人レッスンを受けてくださった藤井猛九段、企画運営してくださったマイナビ出版の方々、そしてほんわかした空気にしてくださった私の前の藤井九段ファンの方、素晴らしい時間を作っていただきありがとうございました。この時間が一生に一度あるかないかの貴重な体験であったことが伝わったならば嬉しいです。また藤井九段や他の棋士の個人レッスンが行われる際には、ぜひ受けてみてください。
  お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中
将棋情報局では、お得なキャンペーンや新着コンテンツの情報をお届けしています。

著者

涓滴(著者)
藤井猛九段の応援サイト「鰻屋本舗」の管理人。
・鰻屋本舗(https://fujii-system.com/)
・X(https://x.com/kenteki)