2024.08.08
【試し読み版】私の戦い方vol.7 稲葉陽八段「変化のとき」
長年、各棋戦で好成績を収める稲葉陽八段。角換わりや相掛かりといった戦法を指しこなす居飛車党というイメージが強い稲葉八段ですが、2024年に入ってから突如として振り飛車を連採し、ファンを驚かせています。稲葉八段がスタイルを一新した意図とは何なのでしょうか?
本記事では『私の戦い方 Vol.7 稲葉陽八段「変化のとき」』(将棋世界2024年9月号より)をゴールドメンバー限定で全文公開いたします。
※タイトル及び本文中の段位は将棋世界本誌掲載当時のもの。
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今回の主役、稲葉陽八段
【インタビュー日時】2024年6月14日 【写真】荒井勝 【記】島田修二
※本文中の段位は将棋世界本誌掲載当時のもの
―本日はよろしくお願いします。
「よろしくお願いします」
―まずは現在の将棋界についてというところで、直近のタイトル戦についてお話を伺えればと思います。まずは名人戦についてお願いします。
「豊島さんの工夫があって、見応えのあるシリーズでした。1、2局目は豊島さんに勝機があったと思うんですが、そこを連敗してしまって苦しい流れになってしまったかなという印象です」
―豊島九段が力戦を主体にした組み立てにしていたのが印象的でした。
「そうですね。本人に直接聞いたわけではないですが、中盤の力という強みを生かすには、研究将棋より力戦のほうがいいというコメントをされていました」
―豊島九段は昔からの長い付き合いという感じでしょうか?
「私は奨励会に小学校6年生で入ったのですが、そのときからよく指していました。基本的には豊島さんのほうがずっと格上だったので、教えてもらうという感じでしたね。プロになってからも数年はそういう関係が続いていましたが、豊島さんが人と指すのをやめた時期があって、それからは対局や仕事以外で会う機会はほとんどなくなりました」
―続いては叡王戦です。現状は2勝2敗で次が大一番という状況です。ここまでの戦いを振り返っていかがですか?
「伊藤さんはこの叡王戦が始まる時点では藤井さん相手に10連敗していました。そこで普通の棋士ならスタイルを変えることを考えますけど、変えたことでかえって調子を崩してしまうこともあります。藤井さんとタイトル戦で戦って負けた棋士には結構そういう傾向があるように思います。その中で伊藤さんの場合は、10連敗しても全くスタイルを変えませんでした。これは伊藤さんの心の強さが表れたところかと思います」
―確かにそうですね。真正面からぶつかっていくというか。
「年齢的な部分でもまだスタイルを変えるのは早いという判断だったのかもしれません。短い期間に3回もタイトルに挑戦しているので実力があるのは間違いないですが、メンタルの強さもすごいなと思います」
―一方で、藤井竜王・名人の調子が悪いのではないかという話もあります。
「人間ですから多少調子の悪い時期というのはあると思います。ただ、藤井さんの調子が悪いというのはトップ棋士の普通くらいのレベル感ではあるので(笑)、調子が悪いからといって簡単に勝てるということはありません。また、藤井さんは負けず嫌いな性格ですから負けが込んでくると、そこで調子を上げてくるかもしれません」
―負けず嫌いというのは稲葉八段も感じたことがあるのですか?
「NHK杯で藤井さんが深浦九段に敗れたときに解説を務めていたのですが、負けたあとに藤井さんが机に突っ伏すシーンがありました。子どもだったら『ああ、負けず嫌いなんだな』と思うだけですけど、そのとき既にタイトルホルダーだったので、少年の心を忘れていないのはすごいなと思いました」
―ピュアですね。
「ただ感想戦になると自然な感じに戻っていたので、その切り替えの早さにも感心しました」
―続いては棋聖戦です。まだ1局が終わったところですが、挑戦者が山崎隆之八段ということで注目が集まっています。
「山崎さんなので自由な将棋を観たいという気持ちはあります。ファンの方もそれを期待されているんだと思いますが、第1局は先手番ということもあって、相掛かりの定跡っぽい形を指されていました。途中からちょっと変わったことをしようと動いていったんですが、それにうまく対応されたという印象です。山崎さんがもっと藤井さんをかく乱するような指し方をしたときにどうなるのか見てみたいですね。次局は後手番で自由に指していきやすい面があるので、そこでどんな将棋を見せてくれるか期待しています」
―第2局が注目ですね。
「お互いの囲いが見たことがないような形になれば、少し悪くなっても逆転のチャンスは出てくると思います。第1局は藤井さんの玉がかなりしっかりしていたので、ミスが少ない藤井さんのよさが出やすい展開でした」
―最近のタイトル戦については以上ですが、改めて現在の藤井1強時代についてどうお考えですか?
「デビューしてから勝率8割を切ったことがないというのは尋常ではありません。もちろん同じ時代にいる棋士としては悔しいところではありますが、結果と内容を見ると仕方ないという部分もあります」
―改めて藤井竜王・名人の強さはどこにあると思いますか?
「全てにおいてハイレベルですが、プロになってからも強くなり続けているというのが特筆すべきところかと思います。デビュー当時から既に強かったので、そこからさらに強くなるのは大変だと思うのですが、着実に強くなり続けています。人間、ある程度勝ったら満足してしまうという部分はあると思いますし、ましてや八冠を独占すれば大きな達成感がありそうですけど、藤井さんに関しては現状、そういうものが全く見られません。単に勝ちたいという欲望だけではなくて、純粋に将棋が強くなりたいという気持ちがぶれないというのはすごいと思います」
―もし稲葉八段が藤井竜王・名人と番勝負で戦うとしたらどういう戦い方で臨みますか?
「最近は公式戦で振り飛車を採用しているので、振り飛車も含めて何かしら変化球を投げるような感じになると思います。ただ、最近の藤井さんはそういう将棋も見慣れてきているので、簡単に通用することはないでしょう。理想はこちらがよく知っていて、相手があまり知らない形に誘導することですけど、そういう形が多いわけでもありません。結局は地力をつけて勝負するしかないと思います」
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私の戦い方 vol.7 稲葉陽八段「変化のとき」
トップ棋士に現在の将棋界とそこでの戦い方を語っていただく本コーナー。第7回は稲葉陽八段に登場いただいた。長年にわたってトップ棋士として安定した結果を残している稲葉だが、今期は「棋士人生でいちばん変化をつける年」になるという。その考えに至った心境と現在の取り組みについて、詳しく語ってもらった。今回の主役、稲葉陽八段
【インタビュー日時】2024年6月14日 【写真】荒井勝 【記】島田修二
※本文中の段位は将棋世界本誌掲載当時のもの
藤井聡太竜王・名人と伊藤匠新叡王
―本日はよろしくお願いします。
「よろしくお願いします」
―まずは現在の将棋界についてというところで、直近のタイトル戦についてお話を伺えればと思います。まずは名人戦についてお願いします。
「豊島さんの工夫があって、見応えのあるシリーズでした。1、2局目は豊島さんに勝機があったと思うんですが、そこを連敗してしまって苦しい流れになってしまったかなという印象です」
―豊島九段が力戦を主体にした組み立てにしていたのが印象的でした。
「そうですね。本人に直接聞いたわけではないですが、中盤の力という強みを生かすには、研究将棋より力戦のほうがいいというコメントをされていました」
―豊島九段は昔からの長い付き合いという感じでしょうか?
「私は奨励会に小学校6年生で入ったのですが、そのときからよく指していました。基本的には豊島さんのほうがずっと格上だったので、教えてもらうという感じでしたね。プロになってからも数年はそういう関係が続いていましたが、豊島さんが人と指すのをやめた時期があって、それからは対局や仕事以外で会う機会はほとんどなくなりました」
―続いては叡王戦です。現状は2勝2敗で次が大一番という状況です。ここまでの戦いを振り返っていかがですか?
「伊藤さんはこの叡王戦が始まる時点では藤井さん相手に10連敗していました。そこで普通の棋士ならスタイルを変えることを考えますけど、変えたことでかえって調子を崩してしまうこともあります。藤井さんとタイトル戦で戦って負けた棋士には結構そういう傾向があるように思います。その中で伊藤さんの場合は、10連敗しても全くスタイルを変えませんでした。これは伊藤さんの心の強さが表れたところかと思います」
―確かにそうですね。真正面からぶつかっていくというか。
「年齢的な部分でもまだスタイルを変えるのは早いという判断だったのかもしれません。短い期間に3回もタイトルに挑戦しているので実力があるのは間違いないですが、メンタルの強さもすごいなと思います」
―一方で、藤井竜王・名人の調子が悪いのではないかという話もあります。
「人間ですから多少調子の悪い時期というのはあると思います。ただ、藤井さんの調子が悪いというのはトップ棋士の普通くらいのレベル感ではあるので(笑)、調子が悪いからといって簡単に勝てるということはありません。また、藤井さんは負けず嫌いな性格ですから負けが込んでくると、そこで調子を上げてくるかもしれません」
―負けず嫌いというのは稲葉八段も感じたことがあるのですか?
「NHK杯で藤井さんが深浦九段に敗れたときに解説を務めていたのですが、負けたあとに藤井さんが机に突っ伏すシーンがありました。子どもだったら『ああ、負けず嫌いなんだな』と思うだけですけど、そのとき既にタイトルホルダーだったので、少年の心を忘れていないのはすごいなと思いました」
―ピュアですね。
「ただ感想戦になると自然な感じに戻っていたので、その切り替えの早さにも感心しました」
―続いては棋聖戦です。まだ1局が終わったところですが、挑戦者が山崎隆之八段ということで注目が集まっています。
「山崎さんなので自由な将棋を観たいという気持ちはあります。ファンの方もそれを期待されているんだと思いますが、第1局は先手番ということもあって、相掛かりの定跡っぽい形を指されていました。途中からちょっと変わったことをしようと動いていったんですが、それにうまく対応されたという印象です。山崎さんがもっと藤井さんをかく乱するような指し方をしたときにどうなるのか見てみたいですね。次局は後手番で自由に指していきやすい面があるので、そこでどんな将棋を見せてくれるか期待しています」
―第2局が注目ですね。
「お互いの囲いが見たことがないような形になれば、少し悪くなっても逆転のチャンスは出てくると思います。第1局は藤井さんの玉がかなりしっかりしていたので、ミスが少ない藤井さんのよさが出やすい展開でした」
―最近のタイトル戦については以上ですが、改めて現在の藤井1強時代についてどうお考えですか?
「デビューしてから勝率8割を切ったことがないというのは尋常ではありません。もちろん同じ時代にいる棋士としては悔しいところではありますが、結果と内容を見ると仕方ないという部分もあります」
―改めて藤井竜王・名人の強さはどこにあると思いますか?
「全てにおいてハイレベルですが、プロになってからも強くなり続けているというのが特筆すべきところかと思います。デビュー当時から既に強かったので、そこからさらに強くなるのは大変だと思うのですが、着実に強くなり続けています。人間、ある程度勝ったら満足してしまうという部分はあると思いますし、ましてや八冠を独占すれば大きな達成感がありそうですけど、藤井さんに関しては現状、そういうものが全く見られません。単に勝ちたいという欲望だけではなくて、純粋に将棋が強くなりたいという気持ちがぶれないというのはすごいと思います」
―もし稲葉八段が藤井竜王・名人と番勝負で戦うとしたらどういう戦い方で臨みますか?
「最近は公式戦で振り飛車を採用しているので、振り飛車も含めて何かしら変化球を投げるような感じになると思います。ただ、最近の藤井さんはそういう将棋も見慣れてきているので、簡単に通用することはないでしょう。理想はこちらがよく知っていて、相手があまり知らない形に誘導することですけど、そういう形が多いわけでもありません。結局は地力をつけて勝負するしかないと思います」
振り飛車採用の理由
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