2024.08.16
【将棋世界9月号販売中!】歴史に残るシリーズ 第9期叡王戦五番勝負第1局~第4局を振り返る
第9期叡王戦五番勝負第5局にて、伊藤匠七段が藤井聡太叡王を破り、初タイトル「叡王」を獲得しました。2度の失敗を乗り越えて伊藤七段が初タイトルを獲得し、番勝負無敗を誇っていた藤井叡王が初失冠するという歴史に残るシリーズとなりました。
決着局となった第5局の詳細は、2024年8月2日に発売の『将棋世界2024年9月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)に掲載されている伊藤新叡王による自戦記でご覧いただけます。本記事では、第5局に至るまでの軌跡を振り返るため、過去の『将棋世界』に掲載された観戦記から第1局~第4局のハイライト部分を抜粋してお届けします。
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途中、伊藤七段が勝ちに近づくチャンスもあったようですが、藤井叡王の終盤が的確でした。
(以下抜粋)
先手陣に潜んでいた2枚の攻め駒が前線に躍り出た。ぎりぎりの局面で、めいっぱい駒を働かせるのが藤井将棋の真骨頂である。
それにしても、先手玉は危ない。「本当に大丈夫なのか?」と控室の声。
「この先手玉がしぶといのが誤算だった」と局後の伊藤はうめくように言った。
第1図で、
①△8七銀は▲同桂△同歩成▲同金△8六歩▲9七金△8七銀▲7九玉△6六桂▲6七銀で、あと一押しがない。
②△7六銀と突っ込むのは、▲6三歩成△5一玉▲5二角成△同金▲同と△同玉▲6三角で先手勝ち。
実戦の△6六歩を見て、藤井の読みがフル回転を始めた。▲8四歩△同飛▲6五桂(第2図)が絶妙の手順だった。
では後手勝ちかといえば、そうではない。△6五同桂には▲6三銀△6一玉(それ以外の逃げ場所は▲6二角の王手飛車で先手勝ち)に▲6六飛と歩を取る手が詰めろ逃れになる。
以下△7三桂の頑張りには▲5二角打△5一玉と形を決めてから▲8九玉(A図)と引けば、後手は駒を渡す攻めができないので先手勝ち。
秒読みになっていた伊藤は△6四金としたが、やはり▲6六飛と歩を取られて万事休した。後手が攻めを続けるには△6五桂しかないが、藤井はノータイムで飛車を切った。
以下はぱたぱたと▲6三銀(投了1図)まで進み、伊藤が投了した。
投了1図からは玉を逃げても▲6二角の王手飛車がかかる。8四の飛車を取られては先手玉が寄らない形になるから後手絶望だ。
振り返ってみれば、伊藤の新構想は見事に成功した。藤井の先手角換わりに対し五分以上の分かれを作り、2度も勝ちに近づくチャンスを作ったのだ。終盤勝負にしたいという念願も果たした。
しかし、結果はまたも藤井勝ち。伊藤にとっては1勝が遠い。
(将棋世界2024年6月号より 第9期叡王戦五番勝負第1局「壁は動かず」/【記】鈴木宏彦)
たくさんの駒がぶつかる難解な将棋を抜け出したのは、伊藤七段でした。
(以下抜粋)
まず①△4七銀は、▲4一銀△4二玉(△同玉は▲6三馬が王手馬取り)▲6三馬△4六角に、▲7六金と飛車を取った手が幸便。②△4五銀は▲同銀△2八角成▲3四銀△8九飛▲7九歩に、△8七歩成なら▲3三銀成~▲4五桂と殺到して、先手がよさそう。
3番目の手として③△2七銀(参考図)が検討された。
▲同飛△同桂成▲7六金△8七歩成▲7九金△2九飛なら後手もやれそうだが、参考図から▲2四歩が入るかが難しく、△同歩なら▲2七飛と取る手や、▲6三馬と入ってどうか。お互いがいつでも飛車が取れる形だけに、難解極まりない。
実戦は④△6六飛▲同歩に△8七歩成と踏み込んだが、結果的によくなかった。
「明らかに(先手玉が)広くなってしまった。どれか勝負できる順が発見できなかった」と藤井。
先手にとって決めどころだが、匠の技で寄せの網を絞っていく。
▲4五同銀△同桂▲同馬△2八角成の瞬間が一瞬甘く、玉のコビンを攻める▲4四歩が痛打になった。△4四同歩なら▲3四馬と潜り込み、△3三金と抵抗しても、▲2三銀△同金▲4三銀から後手玉を下段に落としていけば、寄り筋になる。
△4七飛の攻防手にも、伊藤は慌てなかった。既に一分将棋に入っていながらも、馬を攻防に利かしながら確実な寄せで収束した。
投了2図からは△7三玉と逃げても、▲7四歩△同玉▲8六桂△7三玉▲6五桂までの即詰み。
タイトル戦初勝利の伊藤は「早い段階から前例の少ない将棋になり、午前中から激しい展開でしたが、午後に入ってから一手一手、選択肢の広い局面が続いて非常に難しい将棋だったかなと思う」。
一方の藤井は、「こちらから動いていくような将棋だったが、伊藤七段に手厚く受け止められて、最後はきっちりカウンターを合わされてしまった」と振り返った。
(将棋世界2024年7月号より 第9期叡王戦五番勝負第2局 伊藤、13局目の初勝利―無双 藤井の連勝止まる―/【記】編集部)
(以下抜粋)
第5図は放置すれば△8七銀打から先手玉が詰む。
藤井は慌てた手つきで▲8七銀と受けたが疑問手。AIの評価値は先手有利から後手有利に逆転した。
戻って、▲8七銀では▲7九桂△6八歩成▲7七銀打(B図)という受けがあった。
以下△7八と▲同玉と進むと、7九桂が6七の地点も守っていて、後手の攻めが難しかった。藤井も「対局中には気が付きませんでしたが、▲7九桂で明快だったと思います」と後日に語った。
本譜は馬取りに構わず、△6八歩成が好手。▲8六銀には△7八と▲同玉△6七銀打以下の詰みがある。先手は後手の馬を取ることができなかったので、▲8七銀の受けがまずかったのだ。
△6八歩成に先手が▲7六銀とした局面で、伊藤も一分将棋に突入。△7八との王手が自然だが、▲同玉△7六馬に▲6七銀がしぶとい受けで、攻めきるのは大変だ。△7六同馬が正着で、控室では歓声が上がったが、糸谷八段は「まだワナがあるはず」とつぶやいた。
その言葉通り、藤井はさまざまな勝負手を繰り出していく。第一弾が▲7七銀(第6図)だ。
「△6八歩成は▲同玉のあとに明快な順が見えなかった」と伊藤。後手は7六馬が攻めるために重要な駒なので、この位置でキープさせたい。
△8八銀打が好判断。7七銀を消すのが急所で「本譜で銀2枚を渡すものの、後手玉がいきなり詰まされることがなさそうなので選びました」と伊藤。
△6六歩(第7図)で先手受けなしと思われたが第二弾の勝負手が飛んできた。
以下、△同金▲2三桂△同金▲3二銀△同玉▲4三歩成△同馬▲2一銀と進み、圧倒的な詰将棋力を持つ藤井の連続王手に、控室では「藤井さんに王手されたら怖い」の声も挙がった。
▲2一銀に対して伊藤の第一感は△同玉だったが、以下「▲4一飛成に①△3一桂は▲3二銀△同馬▲1二金(C図)から詰み。②△3一銀は▲4三竜のときに先手玉の詰みが見えなかったです」と言う。
本譜は消去法で△3三玉を選んだが、▲5五馬~▲6六飛成(第8図)と進んだ局面は、先手玉への詰めろが外れたうえに、竜と馬が強力な守備駒となった。
アベマで本局の解説をした中村太地八段は「受けがなかったはずの先手玉が安全に。魔法のような手順」と驚いた。続けて「ここでの後手の指し手の難易度が高かったと思います。ここからの指し手の正確さが『勝因』となりました」。
▲3七玉に△2五桂を見た勝又七段は「この桂が最後に跳ねたんだね」とポツリ。
77手目の▲1四香以降、いつでも取られてしまう状態にあった1三桂が、最後の寄せで大活躍した。「勝ち将棋鬼のごとし」だ。
△1五桂(投了3図)が詰めろ逃れの詰めろで決め手。
藤井は大きく息を吐き、姿勢を正してから投了を告げた。
大激戦を制した伊藤が、2勝1敗で叡王獲得に王手をかけた。藤井が初めてカド番のピンチを迎えた次局は、大注目の一戦となる。
最後に、糸谷八段は「伊藤さんが秒読みで正確な寄せでした。『糸谷』なら逆転していました」と本局を総括した。
(将棋世界2024年7月号より 第9期叡王戦五番勝負第3局 勝ち将棋鬼のごとし/【記】竹内貴浩)
伊藤七段も辛抱強くチャンスを待ちますが、手順に自陣に引き付けた馬を起点に伊藤七段の守り駒を削り切り、藤井叡王が勝利を収めました。
これで、決着は最終局へ持ち越しとなりました。
(以下抜粋)
ここが本局のポイントとなる局面だった。
伊藤の▲9五同歩には、控室でも意外そうな声が上がった。やや先手が損と見られていたからだ。
後手の持ち駒に2歩あるので、歩のタタキで香を9六に吊り上げることができる。そこで△8六歩▲同歩△同飛と走って、香取りが受けづらい。2筋が素通しなので、▲2一飛成と成り込むことはできるが、その攻めよりも△9六飛と王手で香を取られるほうが厳しい。
後手陣は△3一金と竜を弾けば1手で安定するが、先手玉の周りには駒が少なく、生きた心地がしない。
そこで伊藤は△8六同飛に▲8七角と自陣に角を手放した。遠く3二の金をにらんでいて、▲7五歩~▲5五銀左のような進行になれば働く可能性があるが、この時点では受け一方でつらい。伊藤も「(この展開は)本意ではなかった。指してみるとかなり角が負担になる展開だった」と局後に話している。
△8一飛▲8六歩に△6四角は「形で打ってしまいました」と藤井が語った手だが、先手の8七角と比べていかにも好位置で、この働きの差だけ後手がリードを奪った。▲6五歩と追いにいくと△8六角が5九の金に当たるのも先手としては悔しい。
8七の角を活用したい伊藤は▲7五歩と突いたが、△6五歩とがっちり押さえる手が利いた。
△6五歩に伊藤は▲7七銀と辛抱した。▲7七銀は伊藤の粘り強さを示した手で、こうしておけばまだ難しい。
藤井も局後、ポイントの局面を尋ねられると、この局面を真っ先に挙げて「手の組み合わせがいろいろあると思った」と述べた。
少し進んで、▲9四歩(第10図)は伊藤の待望の反撃。
△8五歩には▲7六角と先受けする。目標にしたかった先手の角が安定してしまったのが藤井としては不満なところだ。
とはいえ形勢はまだ藤井がいい。△3五歩と桂頭に手をつけて戦線を拡大する。
▲9三歩成、▲8二歩と自陣に侵入してきた攻め駒の圧力を△3一飛とかわして、
△3七歩成から△5七角成と馬を作ることに成功した。
その馬を△7五馬(第11図)と引きつけたところで、両者とも「馬が手厚い(藤井)」「思った以上に痛い(伊藤)」と、差が開いたという認識で一致した。
以下、この馬を中心に伊藤の守り駒を削り切り、△9六歩(投了4図)までで伊藤が投了。
▲9六同銀△9七馬が銀取りと△7七角からの詰めろになっており、攻防ともに見込みがない。
負ければ失冠、しかも後手番の一局を藤井はしのいだ。
(将棋世界2024年8月号より 第9期叡王戦五番勝負第4局 ポスト八冠時代の光景/【記】會場健大)
それはもちろん、決着局となった第5局にも言えることです。第5局で起こったドラマの詳細は、2024年8月2日発売の『将棋世界2024年9月号』に掲載されている、伊藤新叡王の自戦記でご覧ください!
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目次
第1局:壁は厚かった 伊藤七段にとって遠い1勝
第2局:対藤井戦ついに初勝利 伊藤七段、前例の少ない将棋を見事に切り抜ける
第3局:藤井叡王の御株を奪う正確な終盤 伊藤七段、連勝で叡王獲得に王手
第4局:藤井叡王、負ければ失冠の一局をしのぐ 決着は最終局へ
第5局:伊藤新叡王による自戦記は将棋世界2024年9月号にて!!
第1局:壁は厚かった 伊藤七段にとって遠い1勝
第2局:対藤井戦ついに初勝利 伊藤七段、前例の少ない将棋を見事に切り抜ける
第3局:藤井叡王の御株を奪う正確な終盤 伊藤七段、連勝で叡王獲得に王手
第4局:藤井叡王、負ければ失冠の一局をしのぐ 決着は最終局へ
第5局:伊藤新叡王による自戦記は将棋世界2024年9月号にて!!
第1局:壁は厚かった 伊藤七段にとって遠い1勝
角換わりの出だしから伊藤七段が新構想を見せ、五分以上の戦いを繰り広げた本局。途中、伊藤七段が勝ちに近づくチャンスもあったようですが、藤井叡王の終盤が的確でした。
(以下抜粋)
フル回転する藤井の読み
▲6九飛~▲7七桂(第1図)。先手陣に潜んでいた2枚の攻め駒が前線に躍り出た。ぎりぎりの局面で、めいっぱい駒を働かせるのが藤井将棋の真骨頂である。
それにしても、先手玉は危ない。「本当に大丈夫なのか?」と控室の声。
「この先手玉がしぶといのが誤算だった」と局後の伊藤はうめくように言った。
第1図で、
①△8七銀は▲同桂△同歩成▲同金△8六歩▲9七金△8七銀▲7九玉△6六桂▲6七銀で、あと一押しがない。
②△7六銀と突っ込むのは、▲6三歩成△5一玉▲5二角成△同金▲同と△同玉▲6三角で先手勝ち。
実戦の△6六歩を見て、藤井の読みがフル回転を始めた。▲8四歩△同飛▲6五桂(第2図)が絶妙の手順だった。
壁は動かず
第2図で△6五同桂と取れば、先手玉は詰めろ。後手玉は詰まない。では後手勝ちかといえば、そうではない。△6五同桂には▲6三銀△6一玉(それ以外の逃げ場所は▲6二角の王手飛車で先手勝ち)に▲6六飛と歩を取る手が詰めろ逃れになる。
以下△7三桂の頑張りには▲5二角打△5一玉と形を決めてから▲8九玉(A図)と引けば、後手は駒を渡す攻めができないので先手勝ち。
秒読みになっていた伊藤は△6四金としたが、やはり▲6六飛と歩を取られて万事休した。後手が攻めを続けるには△6五桂しかないが、藤井はノータイムで飛車を切った。
以下はぱたぱたと▲6三銀(投了1図)まで進み、伊藤が投了した。
投了1図からは玉を逃げても▲6二角の王手飛車がかかる。8四の飛車を取られては先手玉が寄らない形になるから後手絶望だ。
振り返ってみれば、伊藤の新構想は見事に成功した。藤井の先手角換わりに対し五分以上の分かれを作り、2度も勝ちに近づくチャンスを作ったのだ。終盤勝負にしたいという念願も果たした。
しかし、結果はまたも藤井勝ち。伊藤にとっては1勝が遠い。
(将棋世界2024年6月号より 第9期叡王戦五番勝負第1局「壁は動かず」/【記】鈴木宏彦)
第2局:対藤井戦ついに初勝利 伊藤七段、前例の少ない将棋を見事に切り抜ける
伊藤七段が藤井聡太に挑むこと13局目の本局。藤井叡王の角換わり△3三金型早繰り銀に対して、自陣に馬を引き付け手厚く指す伊藤七段。たくさんの駒がぶつかる難解な将棋を抜け出したのは、伊藤七段でした。
(以下抜粋)
攻め方いろいろ
第3図の場面で先手玉への迫り方は多岐にわたり、感想戦でも多く時間を割かれた局面でもあった。まず①△4七銀は、▲4一銀△4二玉(△同玉は▲6三馬が王手馬取り)▲6三馬△4六角に、▲7六金と飛車を取った手が幸便。②△4五銀は▲同銀△2八角成▲3四銀△8九飛▲7九歩に、△8七歩成なら▲3三銀成~▲4五桂と殺到して、先手がよさそう。
3番目の手として③△2七銀(参考図)が検討された。
▲同飛△同桂成▲7六金△8七歩成▲7九金△2九飛なら後手もやれそうだが、参考図から▲2四歩が入るかが難しく、△同歩なら▲2七飛と取る手や、▲6三馬と入ってどうか。お互いがいつでも飛車が取れる形だけに、難解極まりない。
実戦は④△6六飛▲同歩に△8七歩成と踏み込んだが、結果的によくなかった。
「明らかに(先手玉が)広くなってしまった。どれか勝負できる順が発見できなかった」と藤井。
藤井の連勝止まる
先に飛車を切ってから△4五銀と打ったのが第4図。先手にとって決めどころだが、匠の技で寄せの網を絞っていく。
▲4五同銀△同桂▲同馬△2八角成の瞬間が一瞬甘く、玉のコビンを攻める▲4四歩が痛打になった。△4四同歩なら▲3四馬と潜り込み、△3三金と抵抗しても、▲2三銀△同金▲4三銀から後手玉を下段に落としていけば、寄り筋になる。
△4七飛の攻防手にも、伊藤は慌てなかった。既に一分将棋に入っていながらも、馬を攻防に利かしながら確実な寄せで収束した。
投了2図からは△7三玉と逃げても、▲7四歩△同玉▲8六桂△7三玉▲6五桂までの即詰み。
タイトル戦初勝利の伊藤は「早い段階から前例の少ない将棋になり、午前中から激しい展開でしたが、午後に入ってから一手一手、選択肢の広い局面が続いて非常に難しい将棋だったかなと思う」。
一方の藤井は、「こちらから動いていくような将棋だったが、伊藤七段に手厚く受け止められて、最後はきっちりカウンターを合わされてしまった」と振り返った。
(将棋世界2024年7月号より 第9期叡王戦五番勝負第2局 伊藤、13局目の初勝利―無双 藤井の連勝止まる―/【記】編集部)
第3局:藤井叡王の御株を奪う正確な終盤 伊藤七段、連勝で叡王獲得に王手
第2局で対藤井戦かつタイトル戦初勝利を果たし、勢いに乗りたい伊藤七段。戦型は3局連続での角換わり戦となります。終盤戦、藤井叡王の勝負手を前にしても、伊藤七段が正確な指し手を見せました。(以下抜粋)
藤井に疑問手
第5図は放置すれば△8七銀打から先手玉が詰む。
藤井は慌てた手つきで▲8七銀と受けたが疑問手。AIの評価値は先手有利から後手有利に逆転した。
戻って、▲8七銀では▲7九桂△6八歩成▲7七銀打(B図)という受けがあった。
以下△7八と▲同玉と進むと、7九桂が6七の地点も守っていて、後手の攻めが難しかった。藤井も「対局中には気が付きませんでしたが、▲7九桂で明快だったと思います」と後日に語った。
本譜は馬取りに構わず、△6八歩成が好手。▲8六銀には△7八と▲同玉△6七銀打以下の詰みがある。先手は後手の馬を取ることができなかったので、▲8七銀の受けがまずかったのだ。
△6八歩成に先手が▲7六銀とした局面で、伊藤も一分将棋に突入。△7八との王手が自然だが、▲同玉△7六馬に▲6七銀がしぶとい受けで、攻めきるのは大変だ。△7六同馬が正着で、控室では歓声が上がったが、糸谷八段は「まだワナがあるはず」とつぶやいた。
その言葉通り、藤井はさまざまな勝負手を繰り出していく。第一弾が▲7七銀(第6図)だ。
好判断の△8八銀打
▲7七銀は6一飛の利きを通した受けの勝負手で、伊藤も頭を悩ませたようだ。「△6八歩成は▲同玉のあとに明快な順が見えなかった」と伊藤。後手は7六馬が攻めるために重要な駒なので、この位置でキープさせたい。
△8八銀打が好判断。7七銀を消すのが急所で「本譜で銀2枚を渡すものの、後手玉がいきなり詰まされることがなさそうなので選びました」と伊藤。
△6六歩(第7図)で先手受けなしと思われたが第二弾の勝負手が飛んできた。
魔法のような手順
▲4三桂の王手が豊富な持ち駒を生かした迫力満点の勝負手。以下、△同金▲2三桂△同金▲3二銀△同玉▲4三歩成△同馬▲2一銀と進み、圧倒的な詰将棋力を持つ藤井の連続王手に、控室では「藤井さんに王手されたら怖い」の声も挙がった。
▲2一銀に対して伊藤の第一感は△同玉だったが、以下「▲4一飛成に①△3一桂は▲3二銀△同馬▲1二金(C図)から詰み。②△3一銀は▲4三竜のときに先手玉の詰みが見えなかったです」と言う。
本譜は消去法で△3三玉を選んだが、▲5五馬~▲6六飛成(第8図)と進んだ局面は、先手玉への詰めろが外れたうえに、竜と馬が強力な守備駒となった。
アベマで本局の解説をした中村太地八段は「受けがなかったはずの先手玉が安全に。魔法のような手順」と驚いた。続けて「ここでの後手の指し手の難易度が高かったと思います。ここからの指し手の正確さが『勝因』となりました」。
伊藤が叡王獲得に王手
△6七歩が好手。▲同竜は△7五桂の追撃がある。本譜は▲5九玉と逃げたが、くさびが入ったのが大きい。以下△4七桂から王手を続け、△3六銀成▲同玉△3五銀が自玉を安全にしながらの寄せ。▲3七玉に△2五桂を見た勝又七段は「この桂が最後に跳ねたんだね」とポツリ。
77手目の▲1四香以降、いつでも取られてしまう状態にあった1三桂が、最後の寄せで大活躍した。「勝ち将棋鬼のごとし」だ。
△1五桂(投了3図)が詰めろ逃れの詰めろで決め手。
藤井は大きく息を吐き、姿勢を正してから投了を告げた。
大激戦を制した伊藤が、2勝1敗で叡王獲得に王手をかけた。藤井が初めてカド番のピンチを迎えた次局は、大注目の一戦となる。
最後に、糸谷八段は「伊藤さんが秒読みで正確な寄せでした。『糸谷』なら逆転していました」と本局を総括した。
(将棋世界2024年7月号より 第9期叡王戦五番勝負第3局 勝ち将棋鬼のごとし/【記】竹内貴浩)
第4局:藤井叡王、負ければ失冠の一局をしのぐ 決着は最終局へ
もはや後がなくなった藤井叡王。角換わり相腰掛け銀の定跡形から伊藤七段が穴熊に囲ったところ、藤井叡王は果敢に仕掛けていきます。伊藤七段も辛抱強くチャンスを待ちますが、手順に自陣に引き付けた馬を起点に伊藤七段の守り駒を削り切り、藤井叡王が勝利を収めました。
これで、決着は最終局へ持ち越しとなりました。
(以下抜粋)
窮屈な角
△9五歩(第9図)。ここが本局のポイントとなる局面だった。
伊藤の▲9五同歩には、控室でも意外そうな声が上がった。やや先手が損と見られていたからだ。
後手の持ち駒に2歩あるので、歩のタタキで香を9六に吊り上げることができる。そこで△8六歩▲同歩△同飛と走って、香取りが受けづらい。2筋が素通しなので、▲2一飛成と成り込むことはできるが、その攻めよりも△9六飛と王手で香を取られるほうが厳しい。
後手陣は△3一金と竜を弾けば1手で安定するが、先手玉の周りには駒が少なく、生きた心地がしない。
そこで伊藤は△8六同飛に▲8七角と自陣に角を手放した。遠く3二の金をにらんでいて、▲7五歩~▲5五銀左のような進行になれば働く可能性があるが、この時点では受け一方でつらい。伊藤も「(この展開は)本意ではなかった。指してみるとかなり角が負担になる展開だった」と局後に話している。
まだ難しい
△8一飛▲8六歩に△6四角は「形で打ってしまいました」と藤井が語った手だが、先手の8七角と比べていかにも好位置で、この働きの差だけ後手がリードを奪った。▲6五歩と追いにいくと△8六角が5九の金に当たるのも先手としては悔しい。
8七の角を活用したい伊藤は▲7五歩と突いたが、△6五歩とがっちり押さえる手が利いた。
△6五歩に伊藤は▲7七銀と辛抱した。▲7七銀は伊藤の粘り強さを示した手で、こうしておけばまだ難しい。
藤井も局後、ポイントの局面を尋ねられると、この局面を真っ先に挙げて「手の組み合わせがいろいろあると思った」と述べた。
馬が手厚い
少し進んで、▲9四歩(第10図)は伊藤の待望の反撃。
△8五歩には▲7六角と先受けする。目標にしたかった先手の角が安定してしまったのが藤井としては不満なところだ。
とはいえ形勢はまだ藤井がいい。△3五歩と桂頭に手をつけて戦線を拡大する。
▲9三歩成、▲8二歩と自陣に侵入してきた攻め駒の圧力を△3一飛とかわして、
△3七歩成から△5七角成と馬を作ることに成功した。
その馬を△7五馬(第11図)と引きつけたところで、両者とも「馬が手厚い(藤井)」「思った以上に痛い(伊藤)」と、差が開いたという認識で一致した。
以下、この馬を中心に伊藤の守り駒を削り切り、△9六歩(投了4図)までで伊藤が投了。
▲9六同銀△9七馬が銀取りと△7七角からの詰めろになっており、攻防ともに見込みがない。
負ければ失冠、しかも後手番の一局を藤井はしのいだ。
(将棋世界2024年8月号より 第9期叡王戦五番勝負第4局 ポスト八冠時代の光景/【記】會場健大)
第5局:伊藤新叡王による自戦記は将棋世界2024年9月号にて!!
いかがでしたでしょうか。シリーズ全体を通して見ても、第1局~第4局のそれぞれの将棋に注目しても、たくさんのドラマがあったことが分かると思います。それはもちろん、決着局となった第5局にも言えることです。第5局で起こったドラマの詳細は、2024年8月2日発売の『将棋世界2024年9月号』に掲載されている、伊藤新叡王の自戦記でご覧ください!
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