2024.07.12
【試し読み版】私の戦い方vol.6 増田康宏八段「繊細さと向上心」
26歳という若さで順位戦A級に昇級し、初戦を勝利で飾った増田康宏八段。順風満帆にも見える棋士人生を、ご本人はどう考えているのでしょうか。また、好調の要因は何なのでしょうか。
本記事では『私の戦い方 Vol.6 増田康宏八段「繊細さと向上心」』(将棋世界2024年8月号より)をゴールドメンバー限定で全文公開いたします。
※タイトル及び本文中の段位は将棋世界本誌掲載当時のもの。
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歯に衣着せぬ発言が目立つ増田だが、活躍の裏にはさまざまな苦悩や葛藤があった。
自分自身についてありのままに語ってくれた本インタビューで増田康宏という棋士の戦い方と人となりがよくわかると思う。
【インタビュー日時】2024年5月24日 【写真】上条幸一 【記】島田修二
※本文中の段位は将棋世界本誌掲載当時のもの
―本日はよろしくお願いいたします。
「よろしくお願いします」
―まずは現在の将棋界についてということで、いま行われているタイトル戦についてお聞きしたいと思います。まずは叡王戦から。ここまで挑戦者の伊藤匠七段が2勝1敗とリードしてタイトル獲得まであと1勝と迫っています。
「ここまでは伊藤さんがうまくやっている印象ですが、伊藤さんが力をつけてきたのか、藤井さんの調子が悪いだけなのか、まだはっきりとはわかりません。伊藤さんが勝ってタイトルを奪取したら本物だな、ということになると思います」
―伊藤七段の将棋についてはどんな印象ですか?
「AIで研究して練習将棋を多めにこなしているので、やっていることは永瀬さんに似ています。私はそのやり方だと伸びが止まるのかなと思っていたんですけど、順調に成長している気がします」
―いきなり興味深いお話です。どうして伸びが止まってしまうんでしょう?
「このやり方はAIの手を覚えることに大半の時間を割くことになるんですよ。そうなると知っている局面はいいですけど、そうじゃない局面に対応できなくなるので、そこで成長が止まってしまうのかなと思っていました。でも伊藤さんはAIの研究も生きているように見えますし、終盤も安定してきています。奨励会員やこれからの若い子たちはみんな伊藤さんを目指すんじゃないでしょうか」
―練習将棋が多いという話がありましたが、そこでAIの研究を試してみるということでしょうか。
「それもあるでしょうし、指した将棋を振り返って経験を蓄積しているんだと思います。これがいまの関東の主流のやり方で、永瀬さんと伊藤さんの二人が結果を残しているのでみんなそれに倣っている感じです」
―藤井八冠はまた違うやり方をされているんでしょうか。
「違うと思いますが、藤井さんが何をやっているかは謎ですね。AIで研究しているのは間違いないんですけど、練習将棋は多くないと思うのでそこで何をしているか。自分で課題局面を見つけたりして、何らかのトレーニングを一人ですることが可能なんでしょうね、藤井さんの場合は」
―確かに、練習将棋を指さないでどうやって研究を深めているのか不思議です。
「おそらく、この局面は深く研究したほうがいいとか、これはやる必要がない、ということがすぐにわかるんでしょうね。それで序盤をクリアしている。中終盤に関してはよくわかりませんが、AIと指したりして調整しているんでしょうか。具体的には謎ですが、ほかの棋士が真似するのが難しいのは確かです」
―続いて名人戦について。現在は藤井名人が3連勝したあとに豊島九段が1勝を返したという状況です。
「第2局を駒テラスで解説したのですが、藤井さんらしくない手がいくつかありました。終盤、藤井さんに決め手があったところで逃したりしていたので、ちょっと調子が悪いのかなという感じはしました。結果的には勝たれていましたが」
―第4局も終盤で互角の形勢から崩れてしまったのは意外でした。
「何なんでしょうね。強すぎて本来なら気にしなくていい手まで気になってしまっているのか、単純に手が見えなくなっているのか、まだわからないです」
―挑戦者の豊島九段のほうはいかがでしょうか。
「粘って局面のバランスを保つのがうまいなと思いました。2局目も相当差がついている感じがしたんですが、あれを互角にして優勢まで持っていくのはなかなかできることではないです」
―この名人戦は、豊島九段が力戦に持ち込む作戦を採られています。
「第1局や第4局を見ると、うまくいっている感じがします。定跡形だと藤井さんのいちばん強い部分に当たってしまうので、そこを避けるのは普通かなと思います」
―やはり藤井八冠相手に角換わりの定跡形などで勝負するのは大変ですか。
「そこは伊藤さんが勝負しているので、同じ対策を使われてしまうのが嫌だったんじゃないでしょうか。藤井さんにラクをさせてしまうことになるので」
―なるほど。伊藤七段のように定跡形で勝負するのと豊島九段のように力戦形で勝負する2つの戦い方がありますが、増田八段が藤井八冠と番勝負で戦うならどういう戦い方をされますか?
「うーん、そうですね。特に後手番のときにどうするかですね。……困りますね(笑)。定跡を外したところでこちらがうまく指せるかわからないので、外すリスクはあります。定跡形をやりつつ、ちょっと変化を加えるということができればいいんでしょうけど、それもなかなか難しいんですよね」
―後手番が大変、ということでいうと、藤井八冠も最近は角換わりの後手番で苦労されている印象があります。
「そうですね。特に対伊藤戦では嫌がっているように見えます。伊藤さんのような相手と戦う場合、ちゃんと定跡を頭に入れていかないと木っ端みじんにされてしまうので大変です。また、角換わりといっても広いので相手がどこを詳しく研究しているのかわからないというのも難しいところです。だから知識がある人が有利ですし、もっというと知識があると思われている人がいちばん有利ですね。相手が勝手に変化球を投げてきてくれるので」
私の戦い方vol.6 増田康宏八段「繊細さと向上心」
トップ棋士に現在の将棋界とそこでの戦い方を語っていただく本コーナー。第6回はA級昇級を果たした増田康宏八段に話をうかがった。歯に衣着せぬ発言が目立つ増田だが、活躍の裏にはさまざまな苦悩や葛藤があった。
自分自身についてありのままに語ってくれた本インタビューで増田康宏という棋士の戦い方と人となりがよくわかると思う。
【インタビュー日時】2024年5月24日 【写真】上条幸一 【記】島田修二
※本文中の段位は将棋世界本誌掲載当時のもの
定跡で戦うか、力戦で戦うか
―本日はよろしくお願いいたします。
「よろしくお願いします」
―まずは現在の将棋界についてということで、いま行われているタイトル戦についてお聞きしたいと思います。まずは叡王戦から。ここまで挑戦者の伊藤匠七段が2勝1敗とリードしてタイトル獲得まであと1勝と迫っています。
「ここまでは伊藤さんがうまくやっている印象ですが、伊藤さんが力をつけてきたのか、藤井さんの調子が悪いだけなのか、まだはっきりとはわかりません。伊藤さんが勝ってタイトルを奪取したら本物だな、ということになると思います」
―伊藤七段の将棋についてはどんな印象ですか?
「AIで研究して練習将棋を多めにこなしているので、やっていることは永瀬さんに似ています。私はそのやり方だと伸びが止まるのかなと思っていたんですけど、順調に成長している気がします」
―いきなり興味深いお話です。どうして伸びが止まってしまうんでしょう?
「このやり方はAIの手を覚えることに大半の時間を割くことになるんですよ。そうなると知っている局面はいいですけど、そうじゃない局面に対応できなくなるので、そこで成長が止まってしまうのかなと思っていました。でも伊藤さんはAIの研究も生きているように見えますし、終盤も安定してきています。奨励会員やこれからの若い子たちはみんな伊藤さんを目指すんじゃないでしょうか」
―練習将棋が多いという話がありましたが、そこでAIの研究を試してみるということでしょうか。
「それもあるでしょうし、指した将棋を振り返って経験を蓄積しているんだと思います。これがいまの関東の主流のやり方で、永瀬さんと伊藤さんの二人が結果を残しているのでみんなそれに倣っている感じです」
―藤井八冠はまた違うやり方をされているんでしょうか。
「違うと思いますが、藤井さんが何をやっているかは謎ですね。AIで研究しているのは間違いないんですけど、練習将棋は多くないと思うのでそこで何をしているか。自分で課題局面を見つけたりして、何らかのトレーニングを一人ですることが可能なんでしょうね、藤井さんの場合は」
―確かに、練習将棋を指さないでどうやって研究を深めているのか不思議です。
「おそらく、この局面は深く研究したほうがいいとか、これはやる必要がない、ということがすぐにわかるんでしょうね。それで序盤をクリアしている。中終盤に関してはよくわかりませんが、AIと指したりして調整しているんでしょうか。具体的には謎ですが、ほかの棋士が真似するのが難しいのは確かです」
―続いて名人戦について。現在は藤井名人が3連勝したあとに豊島九段が1勝を返したという状況です。
「第2局を駒テラスで解説したのですが、藤井さんらしくない手がいくつかありました。終盤、藤井さんに決め手があったところで逃したりしていたので、ちょっと調子が悪いのかなという感じはしました。結果的には勝たれていましたが」
―第4局も終盤で互角の形勢から崩れてしまったのは意外でした。
「何なんでしょうね。強すぎて本来なら気にしなくていい手まで気になってしまっているのか、単純に手が見えなくなっているのか、まだわからないです」
―挑戦者の豊島九段のほうはいかがでしょうか。
「粘って局面のバランスを保つのがうまいなと思いました。2局目も相当差がついている感じがしたんですが、あれを互角にして優勢まで持っていくのはなかなかできることではないです」
―この名人戦は、豊島九段が力戦に持ち込む作戦を採られています。
「第1局や第4局を見ると、うまくいっている感じがします。定跡形だと藤井さんのいちばん強い部分に当たってしまうので、そこを避けるのは普通かなと思います」
―やはり藤井八冠相手に角換わりの定跡形などで勝負するのは大変ですか。
「そこは伊藤さんが勝負しているので、同じ対策を使われてしまうのが嫌だったんじゃないでしょうか。藤井さんにラクをさせてしまうことになるので」
―なるほど。伊藤七段のように定跡形で勝負するのと豊島九段のように力戦形で勝負する2つの戦い方がありますが、増田八段が藤井八冠と番勝負で戦うならどういう戦い方をされますか?
「うーん、そうですね。特に後手番のときにどうするかですね。……困りますね(笑)。定跡を外したところでこちらがうまく指せるかわからないので、外すリスクはあります。定跡形をやりつつ、ちょっと変化を加えるということができればいいんでしょうけど、それもなかなか難しいんですよね」
―後手番が大変、ということでいうと、藤井八冠も最近は角換わりの後手番で苦労されている印象があります。
「そうですね。特に対伊藤戦では嫌がっているように見えます。伊藤さんのような相手と戦う場合、ちゃんと定跡を頭に入れていかないと木っ端みじんにされてしまうので大変です。また、角換わりといっても広いので相手がどこを詳しく研究しているのかわからないというのも難しいところです。だから知識がある人が有利ですし、もっというと知識があると思われている人がいちばん有利ですね。相手が勝手に変化球を投げてきてくれるので」
気持ちが大事
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