【試し読み版】将棋世界ノンフィクション “元奨”の真実「あの時の決断に後悔はない」|将棋情報局

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【試し読み版】将棋世界ノンフィクション “元奨”の真実「あの時の決断に後悔はない」

伝説の三段が公式戦の舞台へ――。
平成4年9月、年齢制限を大きく下回る17歳という若さで三段リーグを去り、医師になった立石径さん。
それからおよそ30年後、突如として将棋界に復帰した立石さんはアマ大会で好成績を挙げ、プロ棋戦である加古川青流戦に出場。現役の奨励会三段に勝利する活躍を見せ、話題となりました。
そこで今回は、「なぜ立石さんは奨励会を去り、医師になったのか?」を追った『将棋世界ノンフィクション "元奨"の真実』(将棋世界2006年9月号より)をゴールドメンバー限定で全文公開いたします。
※本文中の段位は将棋世界本誌掲載当時のもの。

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あの時の決断に後悔はない


小児科医となった立石
のときの衝撃は忘れられない――。
平成4年9月。17歳の若き三段、立石径が突然奨励会を退会した。もちろん年齢制限ではない。谷川浩司、村山聖に続く関西棋界の逸材が、自らの意思でプロ棋士の道を放棄したのだ。
退会のニュースは、たちまち将棋界に広まった。その事実を知った者は、一様に「えっ、なんで……」と言い、しばし固まった。
立石の実力、才能からすれば、四段昇段は時間の問題だったからだ。辞める理由が見当たらない。関係者の多くは彼を「将来のA級候補」と認めていた。

関西の先輩棋士、井上慶太は当時をこう語る。
「立石君と一緒に研究会をやってましてね。こちらはプロ棋士だから立場は上なんですけど、彼にあまり勝てなかった。だから、あるとき『次こそは勝ってやるぞ』って言ったら、立石君は『もう辞めるんです』って。結局、借りを返す機会はありませんでした。個人的には久保君より強いと思っていたので、やはり残念でしたね」

当時26歳で11期目の三段リーグを戦っていた北島忠雄はこう語る。
「もったいないな、と思いました。三段リーグで指したときは相矢倉から圧倒されました(三段リーグでは立石の2-0)。彼は飛び抜けて若かったから、こちら(関東)でも強い、と評判でした」

立石と入れ替わりに三段リーグに入った増田裕司は、こんな感想を持っていた。
「彼は私たちとは違い、エリートコースを歩んでいた。だから、三段リーグぐらいはすぐに抜けられる、あるいは抜けなければいけない、という気持ちがあったと思う。一方で勉強という選択肢もあった。彼は、将棋は世の中の役に立たないと言っていた。いろいろな葛藤があったと思います」

関東奨励会の幹事を務めていた大野八一雄は「そんなに俺たちの世界って魅力がないのかな」と嘆いた。

立石の退会には、それぞれの想いがあった。

奨励会を退会したのは「医者を目指すため」だった。その理由に、周りの者は再び驚かされる。患者と真摯に向き合う生命尊厳の世界――。勝たなければ生き残れない弱肉強食の世界とは、あまりにかけ離れていた。
当時、1級だった記者には到底理解ができなかった。小さい頃から将棋一筋で生きてきた人間が、しかも将来を嘱望された存在でありながら、どうしてこうも潔く人生の進路を変えられるのか。奨励会員としての最高の喜びは、プロ棋士になることではなかったのか――。立石は周りに多くを語らず、将棋界を去った。

あれから立石はどうしているのだろう……。
記者はサラリーマンになってからも、いつも心の中で彼のことが引っかかっていた。それは将棋記者になっても同じだった。立石とは、奨励会時代よく遊んだ。修行中の身としては禁止されている麻雀やパチスロも、一緒によく打った。徹夜もしょっちゅうだった。彼は3歳年上の記者を、いつも立ててくれた。そんな仲間だからこそ、気になるのだ。

「医者になった」と風の噂では聞いていた。しかし、本当に納得して医者になったのか、あのときの決断に後悔はなかったのか。それは分からないままだった。幸い、その機会を得た。ぜひ、聞きたい。ぜひ、本人に会って、あの時の気持ちを確かめてみたい――。
そんな思いを抱きながら、記者は新幹線に乗っていた。向かった先は、神戸市北区にある社会福祉法人恩賜財団「済生会兵庫県病院」。高台に位置する立派な建物の総合病院だ。
 
取材場所となった病院。立石のネームプレートがある

院内のソファで待っていると、立石が現れた。
「どうも、お久しぶりです」
14年ぶりの再会だった。人なつこい笑顔は奨励会時代と変わっていない。上半身こそ白衣に聴診器という医者らしい出で立ちだったが、下はズボンにスニーカーシューズと、想像以上にラフな格好だった。小児科の先生なので、親しみやすい雰囲気を出しているのだろう。(本当に医者になったんだ……)
奨励会三段のイメージが刷り込まれている記者には、立石の白衣姿がとても新鮮に映った。

石が本格的に将棋を指し始めたのは小学3年生のときだった。

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