【演劇】【将棋】 詰将棋の世界を擬人化した異色のファンタジー 『将棋無双・第30番 ~神局のヴァンパイア~』がいよいよ開幕!|将棋情報局

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【演劇】【将棋】 詰将棋の世界を擬人化した異色のファンタジー 『将棋無双・第30番 ~神局のヴァンパイア~』がいよいよ開幕!

詰将棋と物語がリンクした異色の演劇舞台『将棋無双・第30番 ~神局のヴァンパイア~』(作・演出 太田守信)の上演が、4月10日より「上野ストアハウス」(東京都台東区北上野1-6ー11 NORDビル B1)で始まる(14日まで)。
舞台上に設置された3.6メートル四方の大きな将棋盤に詰将棋が配置されており、その上で駒の化身として擬人化された役者たちが縦横無尽に駆け回って物語を展開するわけだが、ストーリーに従って盤上の駒も詰め上がり(収束)に向かって動いていくという、これまでにない新しいエンターテイメント演劇だ。
江戸時代に実在した将棋名人・三代 伊藤宗看(1706年~1971年)。時の幕府に献上した詰将棋作品集『将棋無双』は、「詰むや詰まざるや」の芸術作品として知られており、中でも第30番は詰め上がりが逆十字の形になる傑作で「神局」と呼ばれている。本作は、この詰将棋をモチーフにしたファンタジーになるという。
本番まであと8日に迫った4月2日に都内の稽古場を訪問。作・演出を手掛ける劇作家の太田守信さん(黒薔薇少女地獄/エムチキビート所属)に話を伺った。
(取材・田名後健吾)

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稽古場の床に仮設した巨大な将棋盤の上に立つ太田守信さん。本番ではよりスタイリッシュに造り込まれたものになる

●稽古の風景を見させてもらいましたが、役者の皆さんの勢いと熱気に圧倒されました。だいぶ形になってきているような感じを受けましたが、実際どんな状況なのでしょうか。

太田守信「すでに稽古の終盤に入ったので、仕上げにかかっている感じですね。今日は歌と踊りと殺陣のシーンを中心に動きを確認しています。立ち稽古はあと5日ですが、進行状況は順調です」

●昨年の4月に上演された前作『将棋図巧・煙詰 ~そして誰もいなくなった~』は、江戸時代の棋士・伊藤看寿 贈名人(1719年~1760年)が遺した詰将棋作品集『将棋図巧』から有名な「煙詰(けむりづめ)」を題材に、在学中に壮絶ないじめを受けてきた少女が絶海の孤島に呼び出した同窓生一人一人に復讐していくというミステリーで、好評を博しました。

昨年4月に上演された『将棋図巧・煙詰 ~そして誰もいなくなった~』の上演風景(写真提供:合同会社 E-Stage Topia)

今回は、その看寿の兄である伊藤宗看(七世名人)が遺した詰将棋作品集『将棋無双』から、第30番の作品を題材にされたということですが、より詰将棋の内面に入り込む作品のようですね。

太田「そうです。いわゆるヴァンパイア物の王道ファンタジーを目指しています」

【あらすじ】
清らかな心を持ちながら、人の血に飢え求め続ける悲しき運命を背負って生まれたヴァンパイア・玉将。しかし9×9=81マスに閉じ込められたこの世界は、伊藤宗看の怨念によって作られたモノだった。世界を憎しみで満たそうとする宗看。それに対し玉将は、次々と立ちはだかるヴァンパイアハンターたちとの戦いを繰り広げながら、世界を神・宗看の呪いから解放すべく善悪の狭間で苦悩し続ける。そして、罪を重ねて詰みとなり、叛逆の逆十字が描かれたその先に、奇跡は起こる――。

●「神局」と呼ばれる『将棋無双・第30番』を題材に選んだ理由を教えてください。

太田「もともと『将棋図巧』も『将棋無双』も知っていたわけではないんです。芝居の題材になりそうな凄い詰将棋とか有名な詰将棋はないかとネットで検索をかけまくった末に巡り合いました。この詰将棋が、逆十字の形に詰み上がるというところがまず興味深かったんです。その神局の作者ということで宗看を〈詰将棋の神〉に。また、正十字じゃなくて逆十字っていうことは、主人公は神に逆らう存在だろうということで、玉将を不死の存在の怪物であるヴァンパイアに設定しました」


●この詰将棋が、宗看の怨念によって解き放たれ、世界を憎しみで満たそうと企むという設定が面白いですね。実際に三代 伊藤宗看は、元文2年(1737年)に「碁将棋席次争い」を起こしたといわれています。江戸時代は将棋家元よりも碁家元のほうが上とされ、御城碁将棋の席順に不満を抱いた宗看が変更を御上に申し立てたというのが争いの発端。現代で言うなら一種のストライキみたいなものでしょうか。しかし、守旧派であった大岡越前守が「席次はそのままに」との裁定を下して、宗看の訴えを取り下げたとされます。このエピソードが、そのまま戯曲に生かされていますね。

太田「歴史的なことはネットで調べただけなんですけれども、宗看がいた時代には碁の家元に傑出した人がいなかったことから起こした争いだったとか。宗看のことを調べるほど、彼はかなりの自信家で、自分の将棋の実力を過信しているところもあったんじゃないのかと想像しました。自分の訴えを御上からダメと言われて、相当“ぐぬぬ~”ってなったんじゃないのかなって(笑)。私の中で、神に逆らう存在であるヴァンパイアと、御上に逆らおうとしている宗看がキャラクターとしてつながり、これは良い脚本が書けるぞと思いました(笑)」

●だから「叛逆の逆十字」なんですね。なんだか宗看の第30番が、このお芝居のために作られた詰将棋に思えてきました(笑)。脚本を読ませていただいてまず印象的だったのは、この詰将棋における2枚の「不動駒」5一の桂と5三の成桂の存在に着目されたことです。これがお芝居の中での重要なカギとしてうまく生かされていますね。

太田「シェークスピアの『マクベス』の冒頭で《綺麗は汚い、汚いは綺麗》と言う、主人公のマクベスに何かを示唆しに来る魔女が登場するのですが、そのイメージがパッと思い浮かんだのです。《綺麗は汚い、汚いは綺麗》は表裏一体な感じで、合わせ鏡のように向かい合う桂と成桂がそれっぽくていいなってひらめいたんですね。最初から最後までその場所から動かず主人公をただ見ているだけの存在。それを物語にどう絡ませようかとなった時に、だったら魔女の役がいいんじゃないのかなっていうふうに、僕の物語ストックの中から結び付いたというわけです(笑)」

角行役の桜井あゆ(左)と玉将役の御寺ゆき(右)

●実に演劇的で面白い発想ですね。ところで、太田さんが物語と詰将棋を融合させようと思ったきっかけは?

太田「将棋は何となく好きだったんですよね、ずっと。5手詰ぐらいまでの詰将棋なら子どもの頃から解いていたんです。私が詰将棋を題材にして戯曲を初めて書いたのが30歳前ぐらいのときで、ネットで見つけたある15手詰ぐらいの詰将棋をもとにした短編作品が最初。その時に、詰将棋と物語は合わせられるなと気づいたんです。大きな将棋盤が舞台上にあって、お芝居と盤上の指し手が一緒に進んでいったら面白いだろうなっていう、本当にワンアイデア。もともと僕の心の中に習慣としてあった詰将棋と、仕事としてやっている作劇が無理なく融合したということです」

●なるほど。

太田「詰将棋って展開がありますよね。長いものだと序盤・中盤・終盤の3つの展開に分けられるじゃないですか。脚本の書き方にも〈三幕構成(序破急)〉というテクニックがあって、序盤の展開があり、中盤の盛り上がりがあり、終盤のクライマックスがある。将棋もきっと同じように捉えているんじゃないのかなと思った。あと、詰将棋には作意があるでしょう。指し手に創り手の思惑が入っているということは、物語になるはずだと思ったんですね」

大立ち回り(中央左:飛車役の川本紗矢、中央右:銀将役の熊倉功)と詰将棋手順が同時進行

●太田さんから見て、宗看と看寿の詰将棋の魅力はどんなところにあると思いますか?

太田「やっぱり、現代にあるジャンルの礎を築いた人たちですから、始祖に対するリスペクトを感じます。特に『将棋無双』が興味深いのは、不完全作があることでしょう」

●その点も今回の戯曲に生かされていますよね!

太田「江戸時代の大名人として称えられた宗看でも失敗をする。まだ詰将棋の創作技法が確立されていない時代だったからこそ、こういうミスも起こるのかなと。ただ、そこに宗看の人間臭さが感じられるし、創作にチャレンジする過程の中での苦労を想起させます。宗看は当然、完全作のつもりで創ったのだと思いますが、後の研究によって不完全作だとわかった。それは将棋という長い歴史の進化でもあるじゃないですか。そこに何か巨大な大河ドラマを感じます」

●宗看は、あえて詰まない作品も『将棋無双』の中に忍ばせたのではないかと見る向きもあるようです。

太田「だから〈詰むや詰まざるや〉といわれているわけですけれど。近代になって原本が発見されて、やっとわかったんですものね。それまでの数百年のあいだ多くの棋士たちが、詰むのか詰まないのか悩みながら繰り返し解答を試みてきたんだろうなと想像するとわくわくします。今回の戯曲にも、この世界は何度でも繰り返しているんだっていう形で物語に反映させました」

役者に演出プランを伝える太田さん(左)

●ネタバレになるので詳しくは言いませんが、衝撃のラストシーンが用意されています。詰将棋は決まった詰め上がりに向かって進んでいくものなので、最後はどういうふうに物語を面白く完結させるのだろうと思いましたが、台本を読んで声を上げてしまったくらいです(笑)。太田さんにとっても会心のエンディングではないでしょうか。

太田「はい。自分のやりたいことができたなという感じですね。あの結末を思いついたときは、やった!と思いました(笑)」

●この『将棋無双・第30番 ~神局のヴァンパイア~』で、初めて演劇や詰将棋の世界に触れる人もいると思います。

「詰将棋というのは、いままでは将棋が分かる人にしか伝わらないアート作品としての凄さだったと思うのですが、それを演劇にしたら将棋が分からない人にも伝わるんじゃないかと考えてやってきました。私はその懸け橋になれたらいいなと思っています。将棋を知らない人でも、宗看の〈逆十字〉の詰め上がり図には美しさを感じるだろうし、宗看がこめたメッセージ性をさらに可視化できるのが演劇だと思います。私の解釈とひらめきで作った物語ではありますが、詰将棋の凄さやアート的な美しさが観客に伝わってくれたらいいですね」


馬鋸(うまのこ)のシーンで自ら動きをつける太田さん

●4月10日からいよいよ幕が上がります。前作はダブルキャストでしたが、今作はシングルキャストで、全部で8ステージ。見どころを教えてください。

太田「前作はミステリーということもあって、緊張感のある駆け引きであったり、次は誰が殺されるんだろうみたいな、ちょっとピリッとした空気感だったと思うんですけど、今回はもうザッツ・エンターテインメントとして理屈抜きに楽しんでいただきたいです。もちろん、今回も将棋の動きと物語のリンクを根幹としていますが、これまでよりも歌や踊りや殺陣をふんだんに盛り込んでいますので、将棋がわからない人には役者たちの躍動する姿を楽しんでいただきたい。また、将棋が分かる人には、この詰将棋の見どころの一つである馬鋸(うまのこ)という手法が演劇的にどう表現され、物語にどう演出されているのかっていうところも楽しんでいただきたいなと思います」

●今回も、ネットでの配信があるそうですね。

太田「コロナ禍以降、演劇業界は配信上演が増えてきています。配信の最大のメリットは、地方の方にも観ていただけること。もちろん、遠方からわざわざ上京して劇場まで観に来られるコアなファンもいらっしゃいますが、距離と時間の問題を埋めてくれるのが配信のよいところ。将棋ファンは海外にも大勢いらっしゃるわけですから、より多くの方に知っていただきたいという意味で、配信にも力を入れているところです。どうしても劇場に来られない方は、ぜひこちらをご利用いただければと思います」
(取材日/4月2日)



【太田守信 プロフィール】
作家・演出家。1982年生まれ。東京都出身。立教大学文学部ドイツ文学科卒。劇団エムキチビート所属。黒薔薇少女地獄主宰。アンドリーム(&REAM)所属。
舞台やドラマ脚本、漫画原作、小説など作品発表の場は多岐に渡る。

【公演の問合わせ先】https://kurobarasyoujojigoku.studio.site/
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