『四間飛車至上主義』棋書アンバサダーによるレビュー 一梨透様|将棋情報局

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『四間飛車至上主義』棋書アンバサダーによるレビュー 一梨透様

『四間飛車至上主義』棋書アンバサダーによるレビュー、第2弾です!

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レビュー第2弾は、一梨透様です。

高段者代表ということで書いていただきました。井出先生のこれまでの戦術書の内容を交えつつ、詳細なレビューを書いていただき感謝感激です。ありがとうございます!

それでは、どうぞ。

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こんにちは。
このたび棋書アンバサダーとして記事を書かせていただける運びとなりました、一梨透です。
日頃は将棋を指したりラーメンを食べたりしています。

将棋歴は10年以上になりまして、将棋ウォーズでは四段、将棋倶楽部24の最高レートは2350くらいです。将棋に初めて触れたときから四間飛車が好きで、楽しい思い出も悔しい思い出も四間飛車とともにありました。

今は本当に四間飛車が楽しい時代ですよね。一口に四間飛車といっても、そこから派生する局面がものすごく多くなりました。居飛車側の四間飛車対策が山のようにあるのは昔からですが、この数年で四間飛車側の駒組みが見直され、新たな陣形がたくさん生み出されました。ほんの少し前までは四間飛車の囲いといえば美濃囲い・高美濃・銀冠の美濃三人衆、ときどき穴熊、といった程度だったのに、いまでは耀龍四間飛車や振り飛車ミレニアムなど、多種多様な駒組みが試みられるようになりました。

このように活況を呈している四間飛車界隈ですが、このムーブメントを牽引してきた一人が『四間飛車至上主義』の著者の井出隼平先生。井出先生は従来の常識にとらわれない見方で四間飛車を捉え直し、プロ棋界に新風を吹き込んだ……というようなお話をいつぞやの『将棋世界』で見聞きした記憶があります。

井出先生の四間飛車は、どんなところが新しいのでしょうか。
『四間飛車至上主義』の中から「これは新しい!」と印象に残った箇所をいくつかピックアップしてみましょう。

まずはこちら。



先手はよくある居飛車穴熊の駒組みです。僕も将棋ウォーズなんかでよく当たります。金銀四枚の穴熊で大変な強敵なのですが、しかしこの形を井出先生は「弱い穴熊」だと喝破します。

「(前略)居飛車穴熊といってもさまざまなバリエーションがあるという話をしたが、この穴熊はその中でも最も弱い穴熊の一つといっていいだろう。これなら高美濃+△5二銀の方が堅い」

たしかにこの形の穴熊は数ある穴熊の中では比較的堅くない部類に入るとは思いますが、この形の穴熊をはっきり「弱い」と表現した例は見たことがありませんでした。

たかが言葉遣いかもしれませんが、「穴熊の中では弱い方」という表現と「弱い穴熊」という表現では、言葉から受ける心理的な影響に差があります。実質的に同じ事をいっているのだとしても、ズバッと「弱い穴熊」と言い切ってもらえた方が、四間飛車側としては苦手意識が薄れますよね。

このように井出先生の言葉遣いを丁寧に見ていくと、先生がいかに常識に縛られていないかが分かってきます。

僕が衝撃を受けたのがダイヤモンド美濃に対する先生の評価です。



 本書57ページ第2図の四間飛車側はダイヤモンド美濃と呼ばれる形で、金銀四枚を菱形に並べた姿から、堅さと美しさをダイヤモンドになぞらえられてきました。少なくとも僕はそのように教わりましたし、いま見ても△7三桂と跳ねた形が攻守両面によく働いていて、万能の理想形のひとつだと思います。

しかし井出先生の見解は違いました。

「(前略)△7四歩・△7三桂型のダイヤモンド美濃。これは本当に薄い。桂頭も薄いし、7三の地点も薄いので、この形で仕掛けるにはリスクが大きすぎる」

なんと酷評です。
「本当に薄い」なんてわざわざ太字で強調されていますし、65ページの「第1章まとめ」においてもダメ押しのように「△7三桂型のダイヤモンド美濃は本当に薄い」と繰り返されます。
ボロクソにこき下ろされている感がありますが、では全然ダメかというとそういうわけではないようです。先生によると、「ダイヤモンド美濃は「これで完成」という囲いではなく、あくまで「囲いの途中」である」とのこと。
一体どういうことでしょうか? 
続きが気になる方は『四間飛車至上主義』を買って読みましょうね。

このように先入観にとらわれない井出先生の考え方が随所に出てくる『四間飛車至上主義』、ぜひ多くの方に手に取ってもらいたい一冊となっておりますが、どうしても皆様にお伝えしなければいけないことがあります。
この本、けっこう難しいです。

『四間飛車至上主義』は井出先生の実戦棋譜全30局を、戦型別に順序よく並べて解説していくスタイルの棋書です。プロ棋士の先生方同士が実際に対局した手順をなぞっていくのですから、当然ながら大変高度な手の応酬が繰り広げられます。井出先生は分かりやすい語り口で解説してくれるのですが、紙面の都合上、どうしても解説しきれない要素が出てきてしまいます。実戦の進行では登場しなかった水面下にひそむすべての変化手順を解説し切ることは不可能です。だから必然的に、「ここまでは解説するけど、ここからは解説しなくても分かるよね?」というように、解説を端折るところが出てきます。

たとえば111ページには、「(前略)▲2四歩△同歩▲同角となったときに△2二飛で対抗する例の筋はなくなったので、先手は当然のように▲2四歩と仕掛けてきた」という記述がありますが、この文章をすんなり理解できる読者は初段くらいの実力があるように思います。逆に言うと、初段くらいの棋力がなければこの本をうまく咀嚼できないような気がします。先述の箇所における「例の筋」が本文中で説明されることはなく、読者は「ああ、あの筋ね」と頷けるようでなければその先の展開に付いていくのは難しいでしょう。

このように、ある程度の前提知識が必要な記述がときどき出てきますので、最低でも初段くらいはないとこの本に手を出すのは控えておいた方がいい、と僕は考えます。級位者が初段~二段くらいを目指すのにふさわしい棋書は他にもあります。無理なチャレンジをして挫折するよりは小刻みにステップアップしていくことをオススメします。

それでは、『四間飛車至上主義』はどのような方に薦められる棋書なのでしょうか?

初段以上の有段者です。
序盤・中盤の解説がかなり手厚くなっていますので、四間飛車対居飛車の序盤・中盤に磨きをかけて、さらなるステップアップを目指す有段者にこそ読んでいただきたい内容になっています。ただ終盤に関しては、解説があるにはあるのですが相当な駆け足の解説になっていますので、本書だけで終盤力まで鍛えるのは難しいかもしれません。ですが序盤・中盤に関しては四段くらいまでは十分に目指せる内容になっています。僕もレベルアップさせていただきました。


さて、ここからは『四間飛車至上主義』のとっておきの使い方をお伝えします。

〈とっておきの使い方①〉

将棋盤に駒を並べて実際に動かしながら『四間飛車至上主義』を読み進めてください。


そう、棋譜並べです。『四間飛車至上主義』は最新の四間飛車対居飛車の対抗形を勉強するのに絶好の教材です。すでにさらりと述べましたが、本書には四間飛車の棋譜が30局収録されています。2016年から2022年までの四間飛車の棋譜が、しかも四間飛車が勝った棋譜が、しかも第1手目から最終手まで1局丸々並べられる棋譜が、30局も収録されています(実は井出先生が居飛車側を持った将棋が1局ありますが、四間飛車の勝局が30局収録されている事実に変わりはありません)。30局もの棋譜が収録されているというのは実はとんでもないことで、実質的には『井出隼平四間飛車勝局集』と呼べる内容になっています。
このように表現すると、普段からそれなりに棋書に接しているかたならその豪華さが分かっていただけるでしょうか。プロ棋士本人が自分の棋譜を解説する機会というのは、実は意外なほどに少ないのです。
将棋年鑑』や『振り飛車年鑑』はもとより、『四間飛車名局集』などの名局集シリーズや、『美濃・銀冠勝局集』などの実戦集には一局毎に解説が付けられていますが、対局者本人とは別の第三者が執筆している場合が大半です。それにこれらの実戦集の解説は、一手あたり1~2行程度のごくささやかな解説文が付いているだけ(だけ、というのも失礼ですが)のことが多い印象です。もっと詳しい変化が知りたいのに……対局者本人の思考が知りたいのに……このように思った経験があるかたは僕だけではないはずです。
 それらと比較すると『四間飛車至上主義』はどうでしょうか。井出先生が指した30局の将棋を、本人の詳細な解説付きで並べられるのです。これが贅沢といわずして何というのでしょう。想像してみてください。将棋盤に駒を並べます。本を開きます。ページをめくって解説と棋譜を行ったり来たりしながら、手を動かして盤上の駒を一手ずつ動かします。本文を読むと、会ったことも聞いたこともないはずの井出先生の声が脳内で勝手に再生されます。

「最後の▲6六歩が自らの飛車道を止めるので指しにくい感じがするかもしれないが、私はこういう歩を喜んで打つ」



ええーッ!!
そんなところに歩を打っちゃっていいんですか!?
せっかく飛車先の歩が切れてるのに……

「理由としてはこのあと▲6四飛という符号が出る未来がないこと、また、▲6六歩と角道を止めれば、このあと▲4五銀から角をいじめる未来が見えることだ」

いかがでしょうか。
一局当たり見開き8ページ程度という制限があるにせよ、イマジナリー対局者本人と一緒に棋譜並べができると考えると、とんでもない時代がやってきたと思いませんか。

少し話が脱線しました。
『四間飛車至上主義』のとっておきの使い方をお伝えしている途中でした。

〈とっておきの使い方②〉

井出先生の前著『現代後手四間飛車のすべて』と2冊合わせて読んでください。


現代後手四間飛車のすべて』は、2021年1月に同じレーベルのマイナビ将棋ブックスから出版された井出先生の著作です。『四間飛車至上主義』と違って実戦の棋譜が収録されておらず、純然たる戦法解説書(定跡書)といえます。

この2冊は相互補完的な関係にあります。
次の表を見てください。

 

これは『四間飛車至上主義』と『現代後手四間飛車のすべて』に登場する戦型をまとめたものです。
それぞれの本に登場する順序は違いますが、大部分の戦型が共通しているのが一目瞭然でしょう。

共通しているのは戦型だけではなく、細かな手順も少なからず共通している箇所が見受けられます。
同一著者の著作といえども、扱っている戦型がここまで似通っている例は珍しいように思います。

とはいえ細かな差異もいくつか発見できます。

はっきり大きく異なるのがミレニアムの扱いで、『現代後手四間飛車のすべて』では対策として△6四金型を主軸に解説しており、『四間飛車至上主義』で猛プッシュされている駒組みは姿を見せません。呼称も前著では「トーチカ」と「ミレニアム」が混在していたのがミレニアムに統一されました。

その他、振り飛車ミレニアムの駒組みにも違いが見られます。『現代後手四間飛車のすべて』では△9五歩と端の位を取る△8二銀・△7一金型が解説されていましたが、『四間飛車至上主義』では△9四歩・▲9六歩と端を突き合う△7一銀・△7二金型に焦点が当てられています。

それでも2冊の間にかなり多くの共通項があることは間違いありません。
『四間飛車至上主義』には2016年~2022年の棋譜が収録されているのですが、推測するに、
(1)その中にも収録されている2016年~2020年の棋譜を下敷きとして『現代後手四間飛車のすべて』が制作され、
(2)2022年までの棋譜を追加して合計30局の実戦集として『四間飛車至上主義』が制作された、
という背景が浮かび上がってきます。
(1)と(2)の間にどのような経緯があったのかは僕には分かりません。『現代後手四間飛車のすべて』が飛ぶように売れて続編を期待する声が多く寄せられたのか、井出先生ご本人が企画を持ち込んだのか、それとも当初は「研究編」と「実戦編」の前後編2冊組として刊行する予定だったのか。

いろいろな可能性が考えられますが、それはともかく確実に言えるのは、この2冊を合わせて読むことで四間飛車に対する理解が飛躍的に高まるということです。

2冊を合わせて読む、とはどういうことでしょうか。具体例を示しましょう。

①四間飛車の対抗形の中で、対応に困っている戦型や、今よりもっと深く理解したいと思う戦型を思い浮かべてください。
②『現代後手四間飛車のすべて』と『四間飛車至上主義』の2冊を用意して、その戦型が解説されている箇所を見つけてください。
③その箇所の2冊の記述を見比べてください。
③読みやすい方、面白そうな方だけを1冊選んで読んでください。
④わからない箇所があったらもう片方を読んでください。

あくまで一案ですが、いかがでしょうか。

たとえば、あなたが居飛車穴熊対策を探している場合なら、『現代後手四間飛車のすべて』と『四間飛車至上主義』のどちらの居飛車穴熊対策の方がよりあなたにマッチしていそうかを見比べてください。実戦譜と定跡書という違いだけでなく、語り口や紙面のレイアウトも異なるので、直感的に好みで決めてしまってかまいません。表紙のデザインに惹かれたという理由で『四間飛車至上主義』を選んでも全然OKです。そして読んでください。読んでいると、疑問に感じる点や理解し切れない箇所がきっと出てきます。そこでもう片方の『現代後手四間飛車のすべて』を開いて、居飛車穴熊を扱っている箇所を探し出して読んでください。このようにして2冊を照らし合わせることで戦型に対する理解が爆速で伸びていきます。

戦法解説書と実戦解説書の違いを僕なりに表現すれば、広く浅い手順に強いのが前者、深く狭い手順に強いのが後者であるといえます。

『四間飛車至上主義』による実戦譜の解説だけでは水面下の細かい変化を追い切れませんが、『現代後手四間飛車のすべて』の網羅的な解説を参照すれば複数の変化手順を確認できます。逆に『現代後手四間飛車のすべて』の手順がウマくいきすぎているようで本当に解説通りに進むのか不安になったり、実戦例を確認したくなったりしたときには『四間飛車至上主義』を並べればいい。
2冊はそのような、極めて理想的な相互補完関係にあります。

以上が、僕がおすすめする『四間飛車至上主義』の読み方です。
まとめると、
・本文を読みながら棋譜並べをしてください。
・『現代後手四間飛車のすべて』と合わせて読んでください。
きっと対抗形を指すのが楽しくなりますよ。



僕のレビューは以上になります。
長いレビューを読んでいただいた皆様、ここまで読んでいただきありがとうございました。皆様の将棋ライフにご多幸がありますように。
著者の井出先生、素晴らしい棋書を書いていただき本当にありがとうございます。今後のますますのご活躍を応援しております。
マイナビ出版編集第2部の島田修二様、この度は棋書アンバサダーとしてレビューを書かせていただきありがとうございました。これからもマイナビ将棋ブックス様には、面白い棋書をたくさん出していただけることを期待して筆を擱きます。
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