20歳のゼットと穴熊の暴力~ 『機動力 & 防御力 中飛車穴熊で勝つ』新刊紹介|将棋情報局

将棋情報局

20歳のゼットと穴熊の暴力~ 『機動力 & 防御力 中飛車穴熊で勝つ』新刊紹介

お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中
アマチュアにはプロの棋戦では流行っていないような戦法を武器に勝ちまくる人がいる。大学将棋の3強の一角、早稲田大学将棋部の現主将で昨年の学生名人、朝日杯でプロに2勝した川島滉生さんが得意とするのは中飛車穴熊。この本は20歳の川島さんが、その得意戦法を解説したもの。一時期流行った中飛車左穴熊ではなく、右に穴熊を囲う。

堅く囲った上で中飛車らしい攻めも繰り出せるという戦法で、表紙には「蝶のように舞い、熊のように殴る」と書いてある。川島さんは細身でいかにも頭が良さそう、失礼ながらケンカは強くはなさそうな雰囲気の大学3年生。それでも盤上では熊のように殴れてしまうのだから将棋って本当に素晴らしい。

穴熊の暴力という言葉がある。この本にも何度も出てきて具体的な手順も紹介されている。自分から駒損していくような乱暴な攻めであっても、穴熊ですぐに王手がかからないようにしておけば攻めをつなげて勝てるというような意味で使われる。昨年の朝日杯、川島さんが北島忠雄七段に勝った将棋では角を切って攻めていたので「あのような将棋を穴熊の暴力と言うのか」と質問してみたら「あの程度では暴力のうちに入りません」と返信が来た。学生将棋界では川島さんはもっと穴熊の暴力的な将棋を指して恐れられているらしい。

収録されている川島さんが書いた2本のコラムも秀逸で、1つには伊藤匠六段と同じ三軒茶屋将棋倶楽部(伊藤六段の師匠である宮田利男八段の将棋道場)に通い、ライバル争いをしていた小学生時代のことも書いてある。川島さんは藤井聡太竜王・名人、伊藤匠六段と同じ学年。小学生の学年ごとのナンバーワンを決定する「第9回小学館学年誌杯争奪全国小学生将棋大会」の3年生の部では優勝した。準優勝の伊藤匠少年、3位の藤井聡太少年の間、川島さんが真ん中に写った写真をネットで見たことがある人も多いだろう。


(写真は第9回小学館学年誌杯争奪全国小学生将棋大会」の3年生の部の表彰式。左から伊藤匠六段、川島滉生さん、藤井聡太竜王・名人 写真提供:伊藤雅浩さん)

川島さんはライバルの伊藤匠少年に少し後れをとったものの小学4年生で関東研修会のC2クラス。Bクラスが合格ラインと言われる奨励会を十分に狙える実力があった。しかし「自分はプロになるほど将棋への情熱があるのか」など小学生とは思えない冷静さで熟考し「プロは目指さない。奨励会には入らない」と決断。伊藤匠少年が小5で奨励会入りしたのと同時に研修会を辞め、以降、別々の道を歩んできた。

川島さんは学業を優先しつつも、棋譜並べ、詰将棋、実戦という従来の将棋勉強法で力を付け、特に大山康晴十五世名人の棋譜をよく並べた。現代将棋とはかけ離れた昭和の香りのする棋風の平成14年生まれだ。

プロならばAIを使った最新の研究をぶつけ合うことが当たり前だろう。しかし川島さんはAI研究は「性に合わないから」ほとんどしないと言う。間違いのない内容でこの本を書くためにAIの示す手を参照したけれど、使う時はそれくらいだそう。

振り飛車も、穴熊もAIに評価されるような戦法ではない。バランスが重視される現代の将棋では、穴熊はバランスが悪いとされてしまう。しかし、川島さんが推すのはAIとは違う実戦的な勝ちやすさ。「穴熊は実戦的な勝ちやすさを徹底的に追求した人間らしさあふれる戦法である」と書いてある。

中飛車穴熊はアマの大会では十分に通用し川島さんも実際に活躍している。アマ名人戦など県代表を決めるような大会の運営に長年関わっている筆者が良く見るのは、プロが指す将棋より玉を堅くして戦うアマ強豪の姿だ。玉の薄い、評価値上は良くても1手間違えたら負けてしまうような将棋はアマチュアにはあまり適さないのかもしれない。

この本でよく紹介されているのはゼット(絶対に詰まない形)。穴熊はこのゼットを作りやすい。必然的に分かりやすくなる。トッププロのように攻めの手と受けの手をそれぞれ読んで終盤に正確な手を指すのはアマには難しい。読みの力にプロとアマで差があるからだけではない。アマの大会は持ち時間が少ないのだ。特に終盤は1手30秒で指さなくてはいけなくなることが多いのはもちろん、切れ負け勝負の大会では時計の叩きあいになり、ほんの数秒で指さなくてはいけないこともある。そんなとき、穴熊で王手をかけられる心配を無くし、攻めに専念できれば、それだけで勝ちやすくなるのではないだろうか。 

大駒を切って相手の守りの金銀と交換する、攻める時はスピード重視、など穴熊を指しこなすコツが随所にちりばめられていて、どのような方針で指せばいいかが分かりやすい。こんな風に指せたらスカッとするし、それで勝てたら気分爽快だろう。

アマチュアであればプロの最新形を指しこなす必要も、評価値ばかり気にする必要もない、自分が指して楽しい戦法を選べばいい。この本を読むとそんなポリシーが伝わってくる。プロは目指さないと自分で決めた川島さんの生き方がこの戦法に表れているようだ。そして、期待の若手棋士として活躍するかつてのライバル伊藤匠六段より、アマの川島さんが先に戦術書を出すことになるとは、人生何が起こるか分からない。

この本に出てくる穴熊は、基本的には1九玉、1八香、2九桂、2八銀、3九金と玉を囲う。左の金銀は臨機応変に攻めに使ったりもするけど、相手の出方や自分の作戦によっては、穴熊囲いに使うこともある。ビッグ4という金銀4枚とも囲いに使う指し方も紹介されている。

1~3章の居飛車の穴熊、急戦、銀冠、左美濃に対しての指し方を読み終わると、最後の4章に出てくるのは終盤の手筋だ。正直、1~3章は級位者にはちょっと難しく、地道に盤に並べる必要があるのだけれど、4章は比較的理解しやすい内容になっている。

穴熊が崩されてしまったときの「穴熊の再生」では「穴熊は再生する手に悪手は存在しないといっても過言ではない」とか「基本的に穴熊を再生するには金を打つ」「安全第一」など、分かりやすい言葉で穴熊の心得が綴られる。

4章の最後の「ゼット」では川島さんが学生名人戦など大事な対局で実際に指した将棋から逆転勝ちを収めるまでの応酬が紹介されている。かなり苦しい局面から「気迫と執念でもって相手玉に多少なりとも嫌味をつけ局面の複雑化を図り、動揺を与えるのが実戦における逆転のテクニック。ゼットを信じて諦めないのが穴熊党の矜持である」と書いてあった。川島さんがこの戦法を相棒として、最後まで信じてやっていくという気持ちが伝わり、なんだか胸が熱くなった。
 


宮田聖子(将棋情報局)  

お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中
将棋情報局では、お得なキャンペーンや新着コンテンツの情報をお届けしています。

著者