2022.10.27
詰将棋作家が解説する斎藤慎太郎八段の詰将棋
「もっと将棋が楽しくなる詰将棋フェア2022」の開催を記念して、詰将棋作家の久保紀貴氏に詰将棋に関する記事を書いていただきました。
テーマは「斎藤慎太郎八段が作った詰将棋」。どうぞお楽しみください。
ほとんどの方、はじめまして。詰将棋が大好きな一般人、久保紀貴と申します。
少し前に書籍『1・3・5手ランダム詰将棋』『3・5・7手ランダム詰将棋』に参加させてもらった縁で、このたびここで詰将棋について好きに書ける機会をいただきました。よろしくお願いします。
さてじゃあ何を書くかということですが、このたび斎藤慎太郎先生がご結婚されたということで、先生の詰将棋を2作紹介したいと思っています。先生は以前に「詰将棋を愛している」と仰っていましたが、どちらもまさに愛のこもった傑作です。
まずは『詰将棋パラダイス』2013年9月号で発表された27手詰をご覧ください。
自力で解くぞという方はここで一時停止を。私はどちらかといえば解かずに正解手順を見て楽しむタイプなのですぐに答えを書いてしまいます。
▲3五銀△同玉▲4五金△2四玉▲3四金△同玉▲3三桂成△3五玉▲3四成桂△同玉▲4三馬△3五玉▲5三馬△2四玉▲3三銀△1五玉▲1四と△同玉▲4四龍△2三玉▲2四龍△1二玉▲2一龍△同玉▲3一馬△同玉▲3二銀打まで27手詰。
手順を並べてみると、次々に駒が消えていって最後はなんと3枚だけの詰上がりとなります。全駒から3枚になるものを煙詰といいますが、それのミニチュア版ということでミニ煙と呼ばれる趣向です。条件としては煙詰より容易になる分内容に求められるハードルは高くなりますが、本作はそれを軽々と越えてきます。
まず全編通してほとんどが捨駒で構成されており、他方駒取りはほぼありません。序の細かいやり取りや、中盤取れない捨駒として打たれる▲3三銀が味よく、研ぎ澄まされた印象の手順になっています。
そして何より13手目の▲5三馬。突然ソッポに馬をやるこの手は、一見ありえない手です。まして次に▲3三銀と打つのですから、▲4四馬としておきたいのが人情でしょう。しかし▲4四馬~▲3三銀と進めると、その後△1五玉▲1四と△同玉となったとき、龍を活用する手がなく困ってしまいます。▲5三馬は4四に龍を活用する手を見た深謀遠慮の妙手でした。
このように、洗練された手順に加え一手で訴える妙手まで実現させた本作は非常に高水準で、発表当時ほぼ満点近い評価を得て半期賞を受賞しました。詰将棋にも色々なジャンルがあるのですが、その中で[ミニ煙]の史に間違いなく残る傑作です。斎藤先生の初期の代表作といえば本作でしょう。
さて時は過ぎて2020年、久しぶりに『詰将棋パラダイス』誌に登場した斎藤先生は、また違った世界を見せてくれました。次の作品は2020年10月号で発表されたものです。
前作とうってかわって大きく広がった初形に面食らった方もいるかもしれません。一般に、駒数が多かったり大模様だったりするのは嫌われますが、それは内容次第。作品の手順・狙いを実現する最小限の駒であることが肝要で、本作はその意味で”好形”と言えます。
左側に固まった大駒を使いたいところですが、すぐに動かすと玉が広く失敗します。▲6五馬が指せるうちに▲4三銀と捨てて退路を絞っておくのが気の利いた序です。△同玉は▲6五馬からちょっと難しいながら早詰があるので△同歩に、そこで▲6七馬とほぐしにいきます。
対して△同桂成には▲3六龍△4四玉▲4五銀△5五玉▲5六龍△6四玉▲6五龍まで簡単。初手の効果ですね。また、△4五合には▲3六龍、△4四玉には▲5三銀打で、これらもやはり簡単に詰んでしまいます。
困ってしまったところ、△5六銀合!と中空に銀を捨てて受けるのが玉方の秘手でした。
タダに見えますが取ってしまうとさらに△4五銀合とされ、このとき▲3六龍と回れないので詰まなくなります。
ここは取れる銀を取らずに▲4五銀と捨てるのが好手。対しては△同銀なら▲3六龍とできますし、△同玉には▲5六龍があるので、苦しいながら△3五玉と躱します。これに▲4七桂と打てば、△同銀不成で中合の銀が不成で動く展開となり、筋に入った感触があります。
ここで実は4五の銀が邪魔駒になっています。銀がなければ▲6五龍とできますね。そこで▲3六銀と消しにいけば、当然玉方は△同銀不成。また銀が動きました。なお、不成でいくのは▲6五龍に△4五銀打合を用意するためです。
再度▲4七桂と打てば、今度△同銀には▲6五龍があるので、△4四玉と逃げるよりありません。▲4六龍と回ってゴールは目前です。
▲4六龍には△5四玉だと▲5五龍~▲5三龍~▲7三龍の追い詰め、△4五金合だと▲同馬があるため、安い桂を合駒するのが最善です。△4五桂合に、一度▲5五龍△3四玉としてから▲4五龍と取るのが好手順。△同銀となって、またまた銀がお引越しです。
▲4五桂△4四玉に▲7七馬が駒不足を解消する決め手です。△6六桂合が最善の応手ですが、▲同馬△同歩と切り飛ばして▲5六桂と打てば……△同銀で銀が元の位置に戻ってきました!
銀が一回転したところで、▲5四馬まで。27手詰となります。やりたいことを終えたらすぐ着地するのが美しいですね。
本作は明らかに「中合銀の一回転」というやりたかったこと、つまりテーマがあって、それを実現するという作品になっています。
真相は作者にしか分かりませんが、先に紹介したミニ煙のようなある条件・形式美のもとでどこまでやれるかという作品とは全然違う作り方になっているんじゃないかと。前作は美や洗練を突き詰めた印象ですが、本作からは斎藤先生の「遊び」を感じます。
あれがやりたいこれがやりたいという作りはすごく共感するところで、個人的にはますます斎藤先生の詰将棋が好きになりました。
ファンとしてはもっともっとこれらのような熱もとい愛のこもった作品が見たいわけで、となると奥様には、詰将棋への浮気は大目に見ていただきたいところです(笑)
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