封じられたイナズマ 里見香奈女流五冠の棋士編入試験は0勝3敗で不合格に終わる|将棋情報局

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封じられたイナズマ 里見香奈女流五冠の棋士編入試験は0勝3敗で不合格に終わる

里見香奈女流五冠のプロ入りをかけた棋士編入試験は8月から10月にかけて試験対局3局が行われ、結果は里見女流五冠の0勝3敗で不合格となりました。本稿ではこの3局の将棋を、局面の推移に焦点を当てながら紹介していきます。

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■プロ編入試験まで

里見女流五冠は5月に行われた棋王戦で勝利を挙げ、「最もよいところから見て10勝以上、なおかつ6割5分以上」の成績を収めて棋士編入試験の受験資格を得ました。この勝利は女流棋士初の八大タイトル戦本戦進出としても大きな話題になりました。

棋士編入試験は新四段5人と対局を行い、3勝を挙げることができれば合格となるもの。合格した場合はフリークラスへの編入資格を得ます。今回の試験では徳田拳士四段、岡部怜央四段、狩山幹生四段、横山友紀四段、高田明浩四段との対局が組まれました。試験の期間中、里見女流五冠は女流名人リーグをはじめとする女流棋戦のほか先述の棋王戦本戦、そして西山朋佳白玲との白玲戦七番勝負も並行してこなします。事前に行われた記者会見で里見女流五冠は「自分の実力からすると厳しい戦いになるとは思うが、試験までにできる限りのことをして全力で挑みたい」と語りました。

■第1局:さばけなかった飛車

棋士編入試験の第1局は8月18日、関西将棋会館で行われました(持ち時間3時間)。試験官を務める徳田四段は山口県出身の24歳で、ここまで公式戦で12勝1敗の好成績を残しています(本試験ののち加古川青流戦で優勝)。後手番となった里見女流五冠は得意のゴキゲン中飛車に構えました。普段の指し方とは少し異なり、△5五歩の一手を保留することで乱戦になりやすい駒組みを展開。早くに△5五歩を突くと近年流行している超速▲3七銀戦法の定跡に巻き込まれる懸念があるため、乱戦を誘うことで最新研究を外した狙いがあったと考えられます。当日の指し手のペースを見るに、この作戦が里見女流五冠の用意であったことがうかがえました。

対する徳田四段は角交換を拒否しつつも素直に対応。手順に自陣の金銀を前線に繰り出して後手の飛車角を押さえ込む布陣を敷きました。局面の主題は里見女流五冠の飛車がさばけるか、徳田四段がこの飛車を押さえ込めるかに絞られました。しばらく難解な小競り合いが続いたあと、80手目に里見女流五冠が△6四銀と銀を引いたところで徳田四段がペースをつかみます。銀を引くと見た目以上に後手の飛車が狭く、結局先手に飛車が取られる展開になってしまったのです。大駒をさばく手段を失って以降、里見女流五冠は徐々に押し込まれる展開になりました。やがて17時25分に里見女流五冠が投了。感想戦で具体的な指し手の善悪を検討する中にも、敗戦という結果に憮然とした表情が見られる場面もありました。

■第2局:つかめなかったチャンス

第2局は9月22日に東京・将棋会館で行われました。対局相手の岡部四段は山形県出身の23歳。今年度の公式戦でここまで6勝6敗の成績を残しています。先手番の里見女流五冠は再びゴキゲン中飛車の戦型を選択。序盤は比較的リズムよく進み、局面は持久戦に展開していきました。後手の岡部四段は先手の早い仕掛けを警戒しつつも、局面が落ち着いたと見るや自玉を居飛車穴熊の堅陣に囲います。対する里見女流五冠は反対の盤面左方で戦いを起こすことで後手の玉の堅さに対抗しようという姿勢を見せました。

その後、岡部四段の注文により戦いは盤面右方にも及び、局面は全面戦争の様相を呈してきました。飛車角銀桂といったおたがいの攻め駒が飛び交う中盤戦は互角の形勢で進んでいきますが、岡部四段の攻めに生じた一瞬のスキを見逃さなかった里見女流五冠が手厚い受けの好手でリードを奪います。形勢をよくした先手ですが、持ち時間が20分を切る状況の中で直後にミスが出ます。「将棋はあとにミスをした方が負ける」とはよく言われる言葉ですが、本局もその例に漏れず、穴熊の堅さを生かして攻めた岡部四段が再び優位を手にしました。里見女流五冠はその後40手近く粘りましたが、形勢差は開くばかり。17時48分、岡部四段の132手△7七角成を見て駒を投じました。里見女流五冠は局後、記者の質問に対して「(終盤の)大事なところで間違えてしまったので(敗戦は)仕方ない」と振り返りました。質問に答える声は小さく、心なしか肩も落ちている様子でした。これで棋士編入試験は0勝2敗で後がなくなりました。

■第3局:押さえ込まれた飛車

第3局の狩山四段戦は10月13日に関西将棋会館で行われました。狩山四段は岡山県出身の20歳。ここまで公式戦で9勝9敗の成績を残しています。2連敗で後がない里見女流五冠は後手番で三たびゴキゲン中飛車を採用。第1局と同様に△5五歩を突かない力戦形を見せたものの、狩山四段が乱戦の誘いに応じなかったため超速▲3七銀戦法の定跡形に戻りました。とはいえ合流したのは最新の流行形ではなく、10年ほど前に盛んに研究された△5六歩交換型です。

5筋の歩交換に成功した代償として、里見女流五冠の飛車はそっぽに追いやられます。まだまだ形勢は互角で、狩山四段の盛り上がった金銀が里見女流の飛車をどれほど圧迫できるかが局面のポイントになってきました。押さえ込みに出た狩山四段ですが、59手目に▲8六銀と上がった局面では里見女流五冠の方から角を切ってくる強襲があるのではと気にしていました。実際、感想戦では後手陣が堅い状態のまま先手が飛車を取られる変化も検討されたように、この変化は十分成立していた可能性があります。また、直後の61手目には飛車を切っての猛攻の筋も潜んでいました。しかし里見女流五冠もこうした強襲の筋をメインの組み立てにしてはいなかったようで、結果的に局面は狩山四段の押さえ込みが成功する形に展開していきました。その後、里見女流五冠の飛車を奪うことに成功した狩山四段が徐々に駒得を拡大。最後まで里見女流五冠に逆転のチャンスを与えない指し回しを見せて勝勢を築きました。16時9分、刀折れ矢尽きた里見女流五冠が投了。これを受けて、里見女流五冠の棋士編入試験は0勝3敗の結果が確定しました。

試験終了後の記者会見で、里見女流五冠は「中終盤のねじり合いで読み負けている部分があった」と振り返りました。「こうした大きな舞台での敗戦を今後の糧にして成長したい」としたのち、今後の再受験については「今回は最後の挑戦といったところ(位置づけ)だったので今後考えることはないのかなと思う」と語りました。

今後の活躍が期待される里見女流五冠(写真は棋士編入試験第3局のもの 提供:日本将棋連盟)

水留啓(将棋情報局)

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