2022.10.12
広瀬八段が水も漏らさぬ指し回しで稲葉八段戦を制して3勝目 第81期A級順位戦
第81期A級順位戦(主催:朝日新聞社・毎日新聞社)4回戦は▲広瀬章人八段―△稲葉陽八段戦が10月11日(火)に名古屋将棋対局場で行われ、151手で広瀬八段が勝利しました。この結果、今期順位戦の成績は勝った広瀬八段が3勝1敗、敗れた稲葉八段が2勝2敗となりました。
■稲葉八段の注文で力戦に
今期のA級順位戦は、3回戦を終えた段階で全勝者がいない混戦となりました。ともに2勝1敗で迎えた本局は、名人挑戦を目指すうえでの急所の一番です。
角換わりの出だしで始まった本局ですが、10手目に後手の稲葉八段が△4四歩と突いたことによって雁木や右玉といった力戦の将棋にシフトしていきます。先手の広瀬八段はこの3日前に行われた竜王戦七番勝負第1局で角換わりを用いて藤井聡太竜王に勝利を収めており、このことが稲葉八段の作戦選択に影響したと想像されます。
定跡があまり整備されていない形に誘導する代償として、稲葉八段は序盤の主導権を広瀬八段に譲ります。具体的に、広瀬八段は自玉を矢倉囲いの堅陣に収めつつ、攻めの主軸を担う右銀を素早く右辺に繰り出して先制攻撃を仕掛ける権利を得ました。
■長い中盤戦
盤面右方からの攻撃を見せられた稲葉八段は、得意の雁木囲いに組むことをあきらめて右玉の構えを採りました。右玉に組むことによって後手は玉を先手の攻めから遠ざけることができます。また、場合によっては盤面右方の金銀を用いて先手の攻撃陣を押さえ込んでしまう狙いも生じました。
とはいえこの右玉にも欠点はあり、(1)玉飛接近の愚形になるため先手からの思わぬ一撃を食らわないよう細心の注意をもって受けに回る必要があること、(2)具体的な攻めの狙いがないため手詰まりになりやすいことの2点が課題となりました。そこを突いて広瀬八段は着々と攻撃準備を進めます。局面は長期戦の様相を呈してきました。
■盤面を制圧した広瀬八段の▲5六銀
細々とした指し手争いが続いたあと、局面が動き出したのは夕食休憩明けの午後7時頃でした。3筋と4筋に楔のように打たれた2枚の歩によって、広瀬八段は押さえ込みを狙っていた稲葉八段の金銀を押し返します。盤面右方の制空権を失った稲葉八段は垂れ歩の手筋を駆使しつつ先手陣を乱そうと試みますが、広瀬八段はその切っ先を見抜いて丁寧に対応していきます。
形勢良しとみた広瀬八段はその後も自然な手を積み重ねて優位を拡大していきます。2筋からの飛車先逆襲を見せる稲葉八段のプレッシャーにも負けず、鷹揚とした態度で攻めの飛角銀桂を好形につけます。85手目に▲5六銀と上がったことによって、盤面左方の矢倉囲いと右方の攻撃陣が調和した先手の美しい陣形が完成しました。この局面が本局のハイライトと言ってもいいでしょう。このあたりは後手の稲葉八段にも誤算があったようで、不本意な予定変更を余儀なくされました。
■水も漏らさぬ完勝譜
右辺からの逆襲をあきらめて反対の9筋から暴れる稲葉八段に対し、広瀬八段はその後も一貫して丁寧に対応します。相手に攻めさせておいてバランスを崩したところを反撃する、いわゆる「打たせて取る」指し回しは終局まで乱れることがなく、結局一度も形勢の針を後手に譲ることはありませんでした。
広瀬八段の指した151手目▲5五金を見て稲葉八段は投了。23時36分の終局の時点で広瀬八段は持ち時間を46分残していました(持ち時間6時間)。丁寧な指し回しで完勝した広瀬八段が名人挑戦権争いに貴重な白星を重ねました。5回戦では△広瀬八段―▲藤井聡太竜王、△稲葉八段―▲佐藤康光九段の対局が予定されています。
完璧な右玉対策を見せた広瀬八段(提供:日本将棋連盟)
水留啓(将棋情報局)
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