2022.03.02
耀龍四間飛車 長すぎたタイトルと大橋先生の先見の明
斬新すぎた戦術書『耀龍四間飛車』の内容と制作秘話を担当編集者が語ります
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皆さんこんにちは。
ここでは編集部がオススメの将棋書籍を紹介していきます。
単に内容を解説するだけでは面白くもありませんから、編集部員ならではの内部事情、制作秘話や苦労話なども交えつつ紹介できればと思います。
記念すべき第1弾は大橋貴洸六段の『耀龍四間飛車』です。
正確なタイトルは『耀龍四間飛車 美濃囲いから王様を一路ずらしてみたらビックリするほど勝てる陣形ができた』。長いです。果てしなく長いです。
このタイトルにたどり着くまでの話は後ほど書くとして、まずは本書の内容について解説していきます。
『耀龍四間飛車』というのは簡単に言うと、金無双+四間飛車のことです。四間飛車の囲いと言えば美濃囲いか穴熊というのが将棋界の常識だったわけですが、そこに相振り飛車でよく用いられる金無双を持ち込んだことが新しい。
実際は金無双に組む前に戦いを起こすこともありますが、ポイントは玉を(後手番の場合)7二に置いて戦うということです。美濃囲いの玉の定位置は8二なので、一路(一列)ずれています。だからタイトルも「美濃囲いから王様を一路ずらしてみたら」となるのですね。
では、玉を8二から7二にするとどんなメリットがあるんでしょうか?
それは居飛車穴熊相手に端攻めしやすい、ということです。四間飛車の大敵は居飛車穴熊。そして穴熊の弱点は端ですが、端は美濃囲いにとっても弱点なので、これまで振り飛車の端攻めは諸刃の剣だったんですね。でも耀龍四間飛車は玉が7筋にいますから、端が戦場になった場合、戦場から一路遠い!この差が大きく、「ビックリするほど勝てる陣形」になるのです。
藤井猛先生が「藤井システムは玉を囲わない美濃囲いという発想が新しかったが、耀龍四間飛車は美濃囲い自体を放棄するということで、藤井システムに匹敵する衝撃」とおっしゃってました。なるほどですね。
そして、耀龍四間飛車がすごかったのは「本が出てから戦法が流行した」ことです。普通は「流行している戦法を本にする」ものです。ゴキゲン中飛車が流行したらゴキゲン中飛車の本を出し、エルモ囲いが流行したらエルモ囲いの本を出します。ところが耀龍四間飛車の場合はそれが逆で、書籍が出た当初は誰も知らない戦法でした。それが出版後に多くの棋士が採用するようになり、升田幸三賞を受賞するに至ったのは皆さんご存じのとおりです。これは将棋界でも稀有な例だと思います。大橋先生の将棋センス、先見の明に脱帽するばかりです。
本書にはもう一つ稀有な部分があります。そうです。タイトルです。
『耀龍四間飛車 美濃囲いから王様を一路ずらしてみたらビックリするほど勝てる陣形ができた』
こんなに長いタイトルの将棋書籍は見たことがありません。空前にして絶後ではないかと思っています。
どうしてこうなったのか。その変遷を追ってみましょう。
話は本書の依頼時にまで遡ります。まず、大橋先生に戦術書をお願いしたとき、最初の企画は、驚くなかれ「振り飛車破り」でした。大橋先生はエルモ囲いをはじめ、斬新な対振り急戦を指していましたので、「大橋流対振り急戦」をまとめてほしいというオーダーだったのです。
それが、ある日先生から「金無双+四間飛車でいきたいと思います」と連絡が来たから驚きです。いやまじか!!
・・・方向性が180度変わった瞬間でした。
というわけでタイトルも『大橋流対振り急戦』から変更です。まず考えたのは
『常識破りの▲3八玉型! 耀龍四間飛車』でした。
耀龍四間飛車という言葉を入れることは最初から決まっていましたが、それだけではどんな戦法なのか皆目見当がつかないので、内容がわかる言葉を前につけました。これは私の案です。
これをたたき台として、大橋先生に「何かいいタイトル案があればお願いします」と伝えたところ、返ってきたのは
『これが最強の武器だ!耀龍四間飛車』
でした。▲3八玉型のような将棋の専門用語は使いたくないというのが先生の意向でした。敷居を低くして手に取りやすい本にしたいという意図で、先生の優しさがにじみ出ております。
ただ、「最強」という言葉がやや曖昧である上に、やはりこのタイトルでは戦法の中身がわからないという弱点があります。それを先生にお伝えしてもう一回考えていただきました。
そしていただいたのが次のメールです。
タイトルですが、
『耀龍四間飛車 美濃囲いから王様を一路ずらしてみたらビックリするほど勝てる陣形ができた』
こちらでお願いできないでしょうか。
タイトルを長めにして特徴的にすることで、読者の興味を引く狙いがあります。
また、「四間飛車」や、「美濃囲いから王様を一路ずらした陣形」と本書の内容についても言及しつつ、内容を見るためにページを開いてもらえるのではないかと考えました。
正直、最初に見た時は愕然としました。いやいや先生、ラノベじゃないんだからと。
どうやって先生に納得して諦めてもらうか、ずっと考えていました。
・・・しかし、そうやって何回もこのタイトルを眺めているうちに、あれ?これアリなんじゃね?と思えて来たんですよね。少なくともこのタイトルで話題になることは間違いない。そして戦法の斬新さとタイトルの斬新さが相まって、これはひょっとするとひょっとする?
ここで、このタイトルと心中する覚悟を決めました。
結果的にこの判断は正解だったようで、本書は発売前から大きな話題になり、ヒット作となりました。
今思えばこのタイトルで行って良かったですし、考えていただいた大橋先生には感謝しかありません。本当にありがとうございました。
この戦法をいろいろな棋士が採用してくれるたびにうれしかったですし、増刷が決まったときも、升田幸三賞を受賞した時も本当にうれしかったです。
大橋先生は「こだわりの強さ」と「物腰の柔らかさ」が同居している本当に魅力的な先生で、本書ではその両方がいいバランスで配合されています。
将棋の戦法としては有段者向けの内容ですが、大橋先生の優しく語るような文章を堪能できますし、思いを綴ったコラムも素晴らしいので、(特に「コラム2 おさかな組」)指す将の方はもちろん、観る将の皆様にもぜひ手に取って読んでいただきたい一冊です。
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ここでは編集部がオススメの将棋書籍を紹介していきます。
単に内容を解説するだけでは面白くもありませんから、編集部員ならではの内部事情、制作秘話や苦労話なども交えつつ紹介できればと思います。
記念すべき第1弾は大橋貴洸六段の『耀龍四間飛車』です。
正確なタイトルは『耀龍四間飛車 美濃囲いから王様を一路ずらしてみたらビックリするほど勝てる陣形ができた』。長いです。果てしなく長いです。
このタイトルにたどり着くまでの話は後ほど書くとして、まずは本書の内容について解説していきます。
『耀龍四間飛車』というのは簡単に言うと、金無双+四間飛車のことです。四間飛車の囲いと言えば美濃囲いか穴熊というのが将棋界の常識だったわけですが、そこに相振り飛車でよく用いられる金無双を持ち込んだことが新しい。
実際は金無双に組む前に戦いを起こすこともありますが、ポイントは玉を(後手番の場合)7二に置いて戦うということです。美濃囲いの玉の定位置は8二なので、一路(一列)ずれています。だからタイトルも「美濃囲いから王様を一路ずらしてみたら」となるのですね。
では、玉を8二から7二にするとどんなメリットがあるんでしょうか?
それは居飛車穴熊相手に端攻めしやすい、ということです。四間飛車の大敵は居飛車穴熊。そして穴熊の弱点は端ですが、端は美濃囲いにとっても弱点なので、これまで振り飛車の端攻めは諸刃の剣だったんですね。でも耀龍四間飛車は玉が7筋にいますから、端が戦場になった場合、戦場から一路遠い!この差が大きく、「ビックリするほど勝てる陣形」になるのです。
藤井猛先生が「藤井システムは玉を囲わない美濃囲いという発想が新しかったが、耀龍四間飛車は美濃囲い自体を放棄するということで、藤井システムに匹敵する衝撃」とおっしゃってました。なるほどですね。
そして、耀龍四間飛車がすごかったのは「本が出てから戦法が流行した」ことです。普通は「流行している戦法を本にする」ものです。ゴキゲン中飛車が流行したらゴキゲン中飛車の本を出し、エルモ囲いが流行したらエルモ囲いの本を出します。ところが耀龍四間飛車の場合はそれが逆で、書籍が出た当初は誰も知らない戦法でした。それが出版後に多くの棋士が採用するようになり、升田幸三賞を受賞するに至ったのは皆さんご存じのとおりです。これは将棋界でも稀有な例だと思います。大橋先生の将棋センス、先見の明に脱帽するばかりです。
本書にはもう一つ稀有な部分があります。そうです。タイトルです。
『耀龍四間飛車 美濃囲いから王様を一路ずらしてみたらビックリするほど勝てる陣形ができた』
こんなに長いタイトルの将棋書籍は見たことがありません。空前にして絶後ではないかと思っています。
どうしてこうなったのか。その変遷を追ってみましょう。
話は本書の依頼時にまで遡ります。まず、大橋先生に戦術書をお願いしたとき、最初の企画は、驚くなかれ「振り飛車破り」でした。大橋先生はエルモ囲いをはじめ、斬新な対振り急戦を指していましたので、「大橋流対振り急戦」をまとめてほしいというオーダーだったのです。
それが、ある日先生から「金無双+四間飛車でいきたいと思います」と連絡が来たから驚きです。いやまじか!!
・・・方向性が180度変わった瞬間でした。
というわけでタイトルも『大橋流対振り急戦』から変更です。まず考えたのは
『常識破りの▲3八玉型! 耀龍四間飛車』でした。
耀龍四間飛車という言葉を入れることは最初から決まっていましたが、それだけではどんな戦法なのか皆目見当がつかないので、内容がわかる言葉を前につけました。これは私の案です。
これをたたき台として、大橋先生に「何かいいタイトル案があればお願いします」と伝えたところ、返ってきたのは
『これが最強の武器だ!耀龍四間飛車』
でした。▲3八玉型のような将棋の専門用語は使いたくないというのが先生の意向でした。敷居を低くして手に取りやすい本にしたいという意図で、先生の優しさがにじみ出ております。
ただ、「最強」という言葉がやや曖昧である上に、やはりこのタイトルでは戦法の中身がわからないという弱点があります。それを先生にお伝えしてもう一回考えていただきました。
そしていただいたのが次のメールです。
タイトルですが、
『耀龍四間飛車 美濃囲いから王様を一路ずらしてみたらビックリするほど勝てる陣形ができた』
こちらでお願いできないでしょうか。
タイトルを長めにして特徴的にすることで、読者の興味を引く狙いがあります。
また、「四間飛車」や、「美濃囲いから王様を一路ずらした陣形」と本書の内容についても言及しつつ、内容を見るためにページを開いてもらえるのではないかと考えました。
正直、最初に見た時は愕然としました。いやいや先生、ラノベじゃないんだからと。
どうやって先生に納得して諦めてもらうか、ずっと考えていました。
・・・しかし、そうやって何回もこのタイトルを眺めているうちに、あれ?これアリなんじゃね?と思えて来たんですよね。少なくともこのタイトルで話題になることは間違いない。そして戦法の斬新さとタイトルの斬新さが相まって、これはひょっとするとひょっとする?
ここで、このタイトルと心中する覚悟を決めました。
結果的にこの判断は正解だったようで、本書は発売前から大きな話題になり、ヒット作となりました。
近日中にサイン本予約はじめます!
— 将棋情報局編集部 (@mynavi_shogi) March 17, 2020
大橋貴洸先生の新刊
『耀龍四間飛車 美濃囲いから王様を一路ずらしてみたらビックリするほど勝てる陣形ができた』 pic.twitter.com/QadeygSwTm
今思えばこのタイトルで行って良かったですし、考えていただいた大橋先生には感謝しかありません。本当にありがとうございました。
この戦法をいろいろな棋士が採用してくれるたびにうれしかったですし、増刷が決まったときも、升田幸三賞を受賞した時も本当にうれしかったです。
大橋先生は「こだわりの強さ」と「物腰の柔らかさ」が同居している本当に魅力的な先生で、本書ではその両方がいいバランスで配合されています。
将棋の戦法としては有段者向けの内容ですが、大橋先生の優しく語るような文章を堪能できますし、思いを綴ったコラムも素晴らしいので、(特に「コラム2 おさかな組」)指す将の方はもちろん、観る将の皆様にもぜひ手に取って読んでいただきたい一冊です。
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