細かすぎて伝わらない!『令和3年版将棋年鑑』藤井聡太インタビューの微妙なニュアンスの補足 第4回|将棋情報局

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細かすぎて伝わらない!『令和3年版将棋年鑑』藤井聡太インタビューの微妙なニュアンスの補足 第4回

(1)無理のある謙遜
(2)増田先生からの藤井先生
(3)優しさ
(4)無極

お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中 皆さんこんにちは。「言語の限界が世界の限界である」でお馴染みの編集部島田です。

『令和3年度版将棋年鑑』の藤井聡太二冠インタビューの微妙なニュアンスをお伝えするこの企画。30人、いや10人の心に突き刺さることを目的に取り組んでまいりました。



この1カ月ほどは「次は何を書こうかな」と自分自身楽しめましたし、皆さんの温かいメッセージにも励まされて、ここまで続けることができました。とはいえ、そろそろお腹いっぱいになってきた頃だと思いますので(笑)、今回をもって最終回にしたいと思います。

というわけで、ラストオーダー!
いってみましょー。

今回のMENUは以下の通りです。
 
(1)無理のある謙遜
(2)増田先生からの藤井先生
(3)優しさ
(4)無極

ここまでMENU3つでやってきたんですけど、最後まさかの4品です(笑)。
どれか一個削ろうかと思ったんですが、全部語りたいので4ついっちゃおうと思います。
ラストオーダーで大量に注文して最後お腹いっぱいで後悔するパターン、にならないように頑張ります。

では、(1)からいきましょう!

(1)無理のある謙遜
一皿目は「無理のある謙遜」です。かの有名な妙手▲4一銀に関する以下のやり取りで現れました。

――▲4一銀は、ソフトの示した手を藤井先生が指すかどうかで盛り上がるという、これまでの将棋の見方にはないものでした。
「ソフトによる予告があったことでより盛り上がった、それで番組を観られた方もいらっしゃるでしょうし、私はそういう風に盛り上がるのは面白いことだと思います」

▲4一銀は将棋鑑賞において新しい楽しみ方を提示した、ということでも意義深いものでした。それを肯定的に捉える藤井二冠。ここまでは「ふんふん、そうですよね」と聞いていたのですが、面白かったのはこの後です。

「▲4一銀というのはある程度棋力がないとなかなか難しい(笑)」
――いや、相当難しい(笑)。
「そういう手なので、ソフトがあることで、多くの方に面白いと思っていただけるというのはやっぱりいいことだと思います」

いやいや、藤井先生!!
▲4一銀ってなかなか難しいどころか、人間で見えたのあなただけですよね(笑)。

さすがの私も二冠に対して失礼と思いながら突っ込んじゃいました。

藤井二冠って、基本すごいんですけど、それが自慢のように聞こえるのを嫌がりますし、優しいから謙遜するんですよね。でもやってることがすごすぎるために、その謙遜がどう考えても無理のある謙遜になることがある。

そういう風に謙遜がうまくいかなかったときの藤井二冠の苦笑いがたまらなく好きなんですよね。

その優しさとお茶目な一面に「ありがとうございます」って言いたくなります。


(2)増田先生からの藤井先生
さて、続いては「増田先生からの藤井先生」です。今回の将棋年鑑インタビューでは変わったことが起きました。先生の日程の都合で特集4の増田康宏先生のインタビューの翌日に特集3の藤井二冠インタビューが行われたのです。これによって、世にも珍しい「インタビューを横断する質問」が生まれました。

ちょっと何言ってるかわからないと思いますので、次の文を見てください。

――チームメイトとの仲は深まりましたか?
「どうなんでしょうね(笑)。永瀬さんとは研究会も始まりましたし、かなり深まった気はします。藤井さんは接してみてわかったんですけど、穏やかで誰とでも和気あいあいとできる方なので、底が見えないですね。仲良くなったのかわからないので、藤井さんに聞いてみてください(笑)」
――わかりました。聞いてみます(笑)。

そうです。これは増田先生のインタビューの一部になります。

もうなんか、全体が青春ですよね。

「俺のことどう思ってるか、あの子に聞いといて」って友達に言われた中学生時代を思い出しましたよ。増田先生も相当藤井先生のことが好きと見える。

と、いうわけで、翌日藤井二冠にも「チームメイトとの仲は深まったか」という同じ質問をぶつけた私。

――チームメイトとの仲は深まりましたか。
「そうですね、やっていくうちにだんだんチームのバランスというか、チームワークもよくなってきたかなと思います。特に決勝はそれが理想的な形で出たと思っています」

どうですか、この微妙な答え(笑)。
「チームのバランスというか、チームワークも」という藤井二冠ならではの謎の言い換えをピリリと効かせつつ、すべてをオブラートで包んだ小籠包みたいな回答になってます。

結局仲良くなったのかイマイチわからなかったんですが、一つ補足しておきたいのが藤井二冠の回答が私の質問の途中で、食い気味に入って来たということです。

回答のはじめのところ、原稿段階では消してしまったんですけど、本当は「あ~、そうですね」と言っています。この「あ~」の部分が質問の最後と重なっていた、ということです。

この記事を読まれている皆さんならわかると思いますが、藤井二冠がインタビュアーの質問が終わる前にしゃべり出すのは非常に珍しい。

だから、藤井二冠がしゃべり出した時「これは相当いい反応があるんじゃないか」と期待しましたよ。期待したんですが、出てきた言葉は割と冷静でした。肩透かし、からの、はしご外し。
藤井二冠、いけずです。


(3)優しさ
さて、続いては「優しさ」です。これは藤井二冠が自分の課題だとおっしゃっている時間配分についての質問で現れました。

――(時間がなくても)ついつい考えてしまうということですか。
「時間で区切ってしまう、という方法もあると思うんですけど、そうすると判断がまとまっていないまま指してしまうことになるので、それよりはある程度まとまったところで指す、というのは自然かなと思います」
――自分で納得してから指すということですね。
「そうですね。5分で指しても50分で指しても結果的に同じ手を指すということは多いんですけど(笑)」

インタビュアーが質問して、回答者が回答して、それに対してインタビュアーが「〇〇ということですね」と話をまとめるのはよくある流れです。

そこで話は一回終わっているんですけど、そこでまたちょっと別のことをしゃべってくれる人がいます。そういう回答者はインタビュアーにとっては最高にやりやすい人です。

私の経験だと羽生先生がまさにそういうタイプで、話の引き出しをいくつ持ってるんだろうっていうくらい、同じテーマでも角度を変えていろんなことをしゃべってくれます。

藤井二冠のこの最後の一言もこのパターンで、私が話をまとめた後に別の情報をくれました。それが謙遜になっているのが藤井二冠らしくていいですよね。

これだけだったらここで取り上げるほどのことではないんですけど、この場面では文字には表れない微妙なやり取りがあったのです。

実は、この時私、「自分で納得してから指すということですね」と言った後、次に何を質問するかちょっと迷って、間が空いてしまったんですよね。3秒くらいだと思うんですけど。そこで藤井二冠がその間隙を埋めるように「まぁ時間をかけても結局同じ手になることも多いんですけど」と本来言わなくても良かったことを言って、場を和ませてくれたんです。

「島田さん、焦らなくていいですよ」と言ってくれているようでした。

優しいなぁと。

なんて優しいんだろう。思い出すだけで泣いちゃいますね。


(4)無極
さて、長かった連載もついに最後のテーマを残すのみとなりました。名残惜しいですねぇ。当然のようにここから最高潮に気持ち悪くなりますのでご注意を(笑)。では悔いのないようにいきましょう。最後は「無極」です。極まることがない、藤井聡太二冠の好きな言葉ですね。以下のやり取りをご覧ください。

――タイトルは棋士にとって一つのゴールだと思いますが、藤井先生への「将棋が強くなること」への渇望はまったく揺るがないように見えます。そのモチベーションはどこからくるのでしょうか。
「まず、強くなればそれだけ結果が出る、というのが一つ。もう一つは強くなることでより将棋が面白く感じられるんじゃないかという。それが二つ目の理由ですね」

これは、今回どうしても聞きたかった質問です。これだけ勝ってるのにいつも聞くたびに「もっと上へ、もっと先へ」と答えられる。その無尽蔵のモチベーションはどこからくるのかと。

藤井先生曰く、理由は2つある。一つは結果が出るから。でも1年間全勝したとしても強くなり続けたいと先生はおっしゃってました。それは二つ目の理由があるからです。

強くなればより将棋が面白く感じられるんじゃないか。

ここで大事なのは「強くなればより将棋が面白く感じられるから」じゃないんですよね。
「強くなれば将棋がより将棋が面白く感じられるんじゃないか」。あくまで推測なんです。本当に面白く感じられるかどうかはわからない。ここがポイントです。

この回答には続きがあります。

――無限といっていい将棋という世界の中で、光が照らされている空間が増えることで楽しさもより見つけられる、というようなイメージでしょうか。
「そうですね。ただ、これまでのところでは、あまりそういうことはないんですけど(笑)。強くなれば違うことが見えてくるかもしれないですし、それが目指すものなのかなと思いますね」

これは驚きました。
無尽蔵のモチベーションの核に当たる部分は、なんと、これまでに経験したことがないというのです。

強くなれば違うことが見えてくるかもしれない―。

たったこれだけの推測が藤井二冠の揺るぎない気持ちを支えているとは・・・。

私がこの回答を聞いて強く思ったのは藤井二冠の「将棋に対する信頼」です。

将棋というゲームは自分の一生を捧げる価値のあるものだということ。

すべての労力をかけて強くなったとしても、その深淵はこれっぽっちも見えない。
だから全力で臨む。その先に将棋の新たな一面が、違う面白さが垣間見えるかもしれない。その可能性だけに人生を賭けてもいい。

有り余る才能を持って生まれてきた藤井二冠にとって、将棋は自分のすべてをぶつけられる唯一の存在なのかもしれません。であれば、将棋こそ彼の人生でしょう。

・・・敵わんなぁ。と思いますね。

果てることがない、無極。

どこまで続くかわからない、代償が得られる保証もない道を進む藤井二冠。私はその尊い姿を見守ることしかできないです。

でも、藤井二冠と同時代に生きて、その姿を見ていられることが何よりうれしいんですよね。

これからも命ある限り、彼の行く末を追い続けたいと思います。



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おまけ

(5)ありがとうの資格

――本日はお疲れのところ、長時間にわたってお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
「こちらこそありがとうございました」

この日、インタビューの予定は1時間半でした。前日の順位戦の激戦の疲れもあったに違いないのに、藤井二冠は2時間のインタビューを受けてくださいました。

インタビューの最後はインタビュアーの「ありがとうございました」に対して回答者も「ありがとうございました」と返すのが普通で、私と藤井二冠の挨拶もそうなりました。

でも、考えてみると、このインタビューで私は藤井二冠に素晴らしいものをたくさん与えていただいたのですが、私は藤井二冠に「ありがとうございました」と言っていただけるようなことは何一つしていません。

このインタビューであった驚きも、感心も、笑いも、感動も、それは全部藤井先生にいただいたものです。私から藤井先生に与えたものなど一つもありません。

だとしたら?

私が藤井先生に感謝される資格があるとしたら、それは先生にいただいたものを皆さんに伝えたときでしょう。それしか私にできることがありません。

そしてこの連載がその役割を少しでも果たせたとしたら、うれしいです。

ここまで読んでいただいて、皆さん本当にありがとうございました。

そして藤井先生、本当にありがとうございました。

また来年、お会いしましょう。

(完)









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