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時代を超える天才・伊藤看寿 第3回  飛車で鋸を引く 第43番

江戸時代の天才詰将棋作家、伊藤看寿の魅力に迫る!


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ゴールデンウィークなどを挟んでだいぶ間が開いてしまいましたが、将棋図巧の素晴らしい作品をご紹介していきたいと思います。
今回取り上げるのは第43番。飛車鋸という趣向の一号局であり、看寿らしさが随所に現れる傑作です。


(初形)

本作もすごい配置。ほとんど全駒使用の大作ですが、それぞれの駒が持つ意味について、手順を追いながらひも解いていきましょう。

初手からの手順
▲7七歩 △同と ▲6五銀 △同玉 ▲7四銀 △5六玉 ▲4五竜 △同玉 ▲1八角 △5五玉


(1図)

鑑賞のポイント① 作品価値を高める序奏

冒頭6手くらいまでの手順が序奏にあたる部分。この6手の中にも、看寿らしい演出がすでに盛り込まれています。まずは何より作品のメイン部分を露骨に出さずに隠しておくということが序奏の機能なのですが、本作ではそれだけでなく、こっそりとメイン部分とつながっています。何気なく動かした▲7四銀がそれ。実は将来邪魔駒になるのですが、邪魔駒が最初から邪魔駒としてあるのではなく、ある時点では必要な手として動かした記憶が残ることでその意外性が高まるという演出になっているわけです。
もうひとつ、作品のトータルとしての完成度を高めるために、すべての駒に意味を持たせるという狙いがこの序奏には込められています。この後の手順中に玉方が桂合をできると詰まない場所があり、桂を売り切れにしておくことが必要になっています。特に9九の桂などは桂合を枯らすために置かれている面が強い駒なのですが、この序奏を入れたことによって、玉を8七に逃がさないこと、という直接的な機能も与えられることになりました。ある駒が意味もなく置かれているか、能動的な意味を持って置かれているか、ということは解く側にとってはほとんど関係のないことだと思うのですが、そうした解答者の価値観とは独立した作家としての基準を確立し、自らに課していることがこの序奏からは伺えます。

鑑賞のポイント② 謎の提示とそのエレガントな解決

エレガント、という言葉は第2回で用いた表現とそっくり同じですが、看寿の作品を語るのにもっとも適した言葉はまさにそれです。
まずはどんな謎が仕掛けられているのか見ていきましょう。以下自然に進めると次のようになります(自然、というには少し難しいですが)。長手数になりますが進めます。


(再掲1図)

仮想手順
▲4八飛 △5六玉 ▲4五角 △同玉 ▲4六歩 △5五玉 ▲4五歩 △5六玉 ▲4六飛 △5五玉 ▲4九飛 △5六玉


(2図)

▲4七銀 △4五玉 ▲3六金 △同金 ▲同銀 △同玉 ▲4六飛 △3五玉 ▲2六金 △3四玉 ▲3六飛 △4三玉 ▲3二飛成 △4四玉 ▲3五金 △5三玉


(3図)

この手順自体かなりさばけるので、詰将棋として違和感なく進められるところだと思います。実際、これはほとんど作意なのですが、3図の局面ではたと手が止まります。▲5四歩が打ち歩詰になっていて打てません(遠く離れた1九角にもご注意ください)。このとき7四に銀がいなければ、玉が6三に逃げられるので5四歩が打てますが、まずそのことに気付けるかどうか。先述の通り、7四銀は序奏の流れの中で動かしてきた駒ですから、それを消すということにいささかの抵抗感のようなものが加わっています。
また、ではこの銀を消そうと思ったところでどのように消すのでしょうか。たとえばどこかで▲6五銀と捨てるとして、△同玉以下広い左辺に逃げ出されてしまっては元も子もありません。このように、解決のカギははっきりしているのにその具体的な手段が見えてこない、というのが看寿らしい謎解きの設定です。
それだけでなく、解決の手段に趣向の風味がある、というのが看寿の特徴。詰将棋における趣向手順というのは、しっかりした定義こそ難しいものの、単純に遊び心のようなものと理解していただければ十分と思います。本作では飛車鋸という趣向手順を用いて7四銀の消去を実現させていきます。飛車の鋸引き。どのような手順なのでしょうか。


(再掲1図)

以下の手順
▲2七飛


(4図)

先ほどの仮想手順では▲4八飛と横に振ったのですが、▲2七飛と縦にひとつだけ上がるのが飛車鋸の始まり。これは短期的には1八角の利きを閉じることを意図しています。4図以下△5六玉と逃げたとき、▲5七歩が打てるのが角を遮る意味。角の利きが通っていると打ち歩詰で打てないことに注意してください。▲5七歩と押さえられてしまうと玉が狭くなって簡単に詰んでしまうため、玉の逃げ場所は4五のみになります。


(再掲4図)

以下の手順
△4五玉 ▲3七飛 △5五玉


(5図)

△4五玉に対して、またじっとひとつだけ▲3七飛と移動。今度は1九角の利きを閉じるのがさしあたっての意図。ここで△5六玉にはやはり角を遮った効果で▲5七歩ですね。なお△3六合もありますが、これは何を合駒しても▲同金以下ごちゃごちゃやって詰みます。詳細は略しますが、鑑賞する上ではとにかく早詰であることだけ分かっておけばOKです。
さて、この飛車の移動は角の利きを閉じるのが短期的な意味だったと申し上げましたが、角の利きを閉じる手を積み重ねた結果として、飛車が2八から3七へと移動したことがおわかりいただけるでしょうか。そのほかの駒の状態は一切変わっていません。ということは、片方の角を飛車で閉じた状態さえ続けていれば、飛車と玉の距離を自在にとったり詰めたりすることができるわけです。その時の飛車の動きが鋸を引くように見えることから、これを飛車鋸と呼んでいるのですが、本作が歴史上の1号局。以下、飛車鋸を行けるところまで進めてみましょう。


(再掲5図)

以下の手順
▲3六飛 △4五玉 ▲4六飛 △5五玉 ▲4五飛 △5六玉


(6図)

飛車が4五まで進むと、角の利きがどちらも通っていますので▲5七歩は打ち歩詰で打てません。しかし、この局面では4五飛の力で次の手が生じていました。

▲6五銀


(7図)

飛車鋸を進めた効果で、△同玉とは取れない形で銀捨てを入れることができました。これで先ほど想定していた局面で▲5四歩が打てるという寸法です。手順を進めるスイッチは2八飛の状態で▲4八飛と横に振る手でしたから、飛車鋸でいま来た道を戻っていきます。

以下の手順
△6五同香 ▲4六飛 △5五玉 ▲3六飛 △4五玉 ▲3七飛 △5五玉 ▲2七飛 △4五玉 ▲2八飛 △5五玉


(8図)


(再掲1図)

8図と1図を比較してみてください。
22手かけて銀だけを捨てた局面が実現されています。このように解決すべき問題がワンイシューではっきりしていること、それだけのために周到な伏線手段が必要であること、その手段自体が感覚的に面白い趣向手順であることなど、前回の1番でも述べたような看寿の特徴がてんこ盛りです。以下は仮想手順をなぞっていき、最後に▲5四歩が打てるようになります。


(再掲8図)

以下の手順
▲4八飛 △5六玉 ▲4五角 △同玉 ▲4六歩 △5五玉 ▲4五歩 △5六玉 ▲4六飛 △5五玉 ▲4九飛 △5六玉 ▲4七銀 △4五玉 ▲3六金 △同金 ▲同銀 △同玉 ▲4六飛 △3五玉 ▲2六金 △3四玉 ▲3六飛 △4三玉 ▲3二飛成 △4四玉 ▲3五金 △5三玉 ▲5四歩


(9図)

鑑賞のポイント③ 収束:消えることの美学

本作の構造を理解した後だと、このつなぎ部分も美しい手順に見えてくるのではないでしょうか。つまりこの手順は、飛車鋸という非常に制約の大きい趣向を展開させるための舞台装置をきれいさっぱりさばいてしまうための手順でもあったわけですね。このように、メインの舞台を残さず片付けてしまうのも看寿の特徴。飛車鋸を構成していた主役中の主役ともいうべき駒は、1九の角と3二竜が残っていますが、これも以下の収束で消していきます。


(再掲9図)

以下の手順
△6三玉 ▲6四歩 △7三玉 ▲7四歩 △8三玉 ▲8二竜 △同玉 ▲6三歩成 △9三玉 ▲8二角成


(10図)

銀と刺し違えて竜が消え、さらに角が大きい軌跡を印象に残して成り捨てられます。あまりにもぴったりの手順が続いて、これで飛車鋸を構成していた駒はすっかり消え去りました。ここまでさばけることが分かっていれば、初形の駒数もそれほど気にならなくなってくるのではないでしょうか。特に看寿のような作家の作品であれば、駒数は複雑さを表すものではなく、充実した内容を示すものであるだけなのです。


(再掲10図)

以下の手順
△8二同玉 ▲7三歩成 △9二玉 ▲8三銀 △9三玉 ▲8二銀不成 △9二玉 ▲9三歩 △同金 ▲8一銀不成 △同玉 ▲7二と右 △9二玉 ▲8二とまで85手詰


(詰上り図)

最後は小駒だけの詰上り。銀捨てが入るなど最後までまとまっています。

ということで、飛車鋸の傑作をご紹介しました。前述のとおり、飛車鋸というのは作図する上で非常に制約の多い趣向です。まず角での開き王手で進めるのが基本になりますので、本作の構図では飛車1枚に加えて角2枚をほぼ固定で使うことになります。さらに、開き王手というのはそもそもかなり制御しづらい暴れ馬です。直接王手をかけるのとは違って、どこに動かしても王手になるわけですから、それを鋸引きできる位置への移動だけに限定するというのは非常に難しい。本作では、2枚の角の利きが同時に開放されていると打ち歩詰を避けられない逃げ場所を作っておくことで巧みに飛車の軌跡をコントロールしています。このように使用駒の観点からも空間処理の観点からも大変な難条件であるにもかかわらず、それをまったく感じさせない超絶技巧で完璧にさばき切ってしまうのが看寿の神業です。1号局にして完成された傑作でした。

本作でも看寿の先進性、論理性、芸術性がお分かりいただけたことと思います。
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