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時代を超える天才・伊藤看寿 第1回 『将棋図巧』3つの特徴

江戸時代の天才詰将棋作家、伊藤看寿の魅力に迫る!


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将棋情報局でも本の発売を盛り上げるべく、看寿のすごさについて力説していきたいと思います。

「将棋図巧」は1755年に次代名人と目されていた伊藤看寿がまとめ、幕府に献上した詰将棋図式集です。この図式集が当時与えた衝撃は大きく、その才能を恐れた幕府は伊藤家の閉門を命じたとすらまことしやかにささやかれてきたほどです。このエピソードは後世の創作とされていますが、献上後ほどなくして夭逝し、名人位につくことがかなわなかった看寿はやはり不遇の天才というべきでしょう。看寿の詰将棋の特徴は大きく3つあります。
(1)先進性(2)論理性、そして(3)芸術性です。

(1)先進性
詰将棋というもので何ができるかということを、看寿は深く考えていた人だったのだと思います。看寿は神がかり的な3つの作品を残し、詰将棋における表現の可能性をはっきりと示しました。

一、煙詰

『将棋図巧』第99番


詰上り図

盤面に39枚の駒すべてを配値し、詰上りまでにそれが煙のように消え失せる煙詰。当時いくつかの試みはあったものの、完全なものは得られていませんでした。


二、裸玉

『将棋図巧』第98番

なんと盤面に玉が一枚だけ、という図式。これで詰将棋が作れるかもしれない、という発想がまずほとんどの人に浮かばないはずで、この図は驚きを与えました。というのも、玉だけということは当然攻め駒の手掛かりは盤上にないわけで、王手をかけながら拠点づくりを並行してやっていかなければならないわけです。そして、よしんば首尾よく詰んだとしても、それが詰将棋のルールの範囲内で成立しているかは別問題です。たとえば攻め方の駒が余ったり、複数の詰み筋があるかもしれない。ふつうはそれを修正するために駒を置くのですが、玉一枚という条件はそうした修正をはじめから拒絶しているのです。創作の難易度は想像を絶します。


三、超長手数

『将棋図巧』第100番


詰上り図

詰将棋というのは何手まで長くすることができるのか、というのも重要な問題意識のひとつでした。図巧が登場する前の長手数記録は将棋無双75番の225手。それを一気に倍以上更新したのがこの「寿」で、手数は実に611手。持駒変換という新奇な構想を取り入れたことで手数が飛躍的に伸びました。
オリジネーターというのは2種類あって、多数のフォロワーを生む者と孤高の存在であり続ける者とがいるわけですが、看寿は完全に後者でした。というのも、その後も多くの作家が看寿に続こうと創作を試みたのですが、煙詰の2号局ができたのは199年後の1954年。裸玉は1942年。寿の長手数が更新されたのはちょうど200年後の1955年。時代が看寿に追いつくまでにおよそ2世紀もの時間を要したのです。大げさにいえば、ほとんどオーパーツに近い図式集、それが将棋図巧なのです。この3作についてはここで多くは語りませんが、ぜひ『図式全集 将棋図巧』をご予約いただき、谷川先生の解説でご堪能ください。

(2)論理性
看寿は詰将棋においてロジックを表現することに自覚的な作家でした。ひとつひとつの駒の機能を、9×9の盤面という空間の特性を、透徹した視線で見通していた看寿はオリジナルな構想作を数多く残しています。
たとえば…


『将棋図巧』第17番

持駒が歩なら詰むけれど、香では詰まない、という奇妙な作品。そういう局面が存在するという気づきがまず秀逸ですが、それを「ふつうに攻めると香を取ってしまうので、取れる位置にある香をわざわざどかし、歩にすり替える」という巧妙な伏線で表現。



『将棋図巧』第8番

十字と直線の交点をずらす、という幾何学的な構想を表現した作品。龍の縦横のラインと香の縦のラインが7七で交差するようにすれば詰む、という構図があり、そのために鮮やかな角の遠打捨て駒で龍の十字をずらす伏線が必要になります。

…などが有名作。大駒の不成などはもう当たり前のようにそこかしこに盛り込まれたうえで、さらに高度な構想を表現しようという意欲にあふれています。名人位を襲名しようという人が、これだけ実戦からかけ離れた、純粋に論理的な手順を追求し続けていたのは驚異的。おそらく看寿にとって、詰将棋創作というのは将棋というゲームを解体し再構成する営みだったのに違いありません。

(3)芸術性
看寿を語るうえで、もっとも外せない要素だと思うのが芸術性です。芸術性、と一言でいいますが、その中にはいろいろな要素が含まれています。
まずはやはり華麗な駒さばき。これはやはり、駒を並べて感じていただくしかありません。これぞ看寿の駒さばき、という手順は図式集の全編にわたってあるのですが、ここではさばきに特化した小品をご紹介することとします。


『将棋図巧』第30番

▲2三飛成    △同 玉    ▲1三角成



△3四玉    ▲3五金



△同 馬    ▲4四金



△同 馬    ▲3三龍



△同 玉    ▲2三金    △4二玉    ▲3一馬



△同 玉    ▲4一成香    △同 玉    ▲3二金打まで

3手目の▲1三角成から怒涛の捨て駒が始まります。以下は手順のほとんどが捨て駒になりますが、注意していただきたいのは、駒を捨てていればさばいていることになるわけではないということ。そうではなく、駒ひとつひとつが輝いているということがまず大事で、その輝きを引き立たせる手段のひとつが捨て駒なのです。ここで輝いているというのは、たとえば玉方の馬の動きに対応した捨て駒の順序です。▲3五金と捨ててから、その馬が通り過ぎた地点である4四に捨てる金の感触。そうしてわざわざ呼び込んでから捨てる▲3三龍。もちろんこの龍は捨てられるのをただ待っていただけの駒ではなくて、▲1三角成の捨て駒や▲4四金に△同玉の変化でいっぱいに働いています。だから捨てられることに意外性がありますし、また役割を果たし切ったという爽快感があるわけですね。そうして最後に何もないところに飛び込む▲3一馬が決め手となって収束します。この馬も3手目に捨て駒として活用されて以降、表面でも水面下でも中心だった駒。このように、全部の駒が与えられえた役を完璧に演じ切り、いきいきと舞台を駆け巡っている、そういう感覚が看寿のさばきにはあるのです。こうしたさばきの感覚は、図巧において短編作だけでなく中編や長編でも意識的に取り入れられています。たとえば飛車の動きが印象に残るような大型の長編作であれば、収束でその飛車を捨てて詰め上げることであるとか、最後に動いて詰め上げる駒は、序盤に打たれた駒であったりだとか。そのように駒が複数の役割を与えられて、物語の中で個性を発揮している印象を与えるように看寿の詰将棋は作られています。

芸術性の2つ目は、作品の構成に対する美意識にあります。看寿の作品には必ずメインテーマがありますが、テーマを実現させるだけでなく、その見せ方に最大限のこだわりを発揮していることがどの作品からも見て取れます。看寿の見せ方の特徴のひとつは、主題の隠ぺいです。一見して「これが出てきそうだな」という作り方を看寿はしません。そのことによって、テーマ部分が出てきたときの驚きはいや増します。
たとえばこの作品。


『将棋図巧』第6番

すぐにはたくらみを感じさせないこの形から、37手後の局面がこちらです。



こつぜんと歩の壁が現れました! そしてここからこの歩の壁を活かした主題が展開されます。

以下の手順
△7一玉    ▲8一龍     △同 玉    ▲9三桂不成△8二玉   ▲9二金
△7一玉    ▲8一桂成  △6一玉    ▲7二桂成  △同 玉    ▲8二金
△6一玉    ▲7一成桂  △5一玉    ▲6二歩成  △同 玉    ▲7二金
△5一玉    ▲6一成桂  △4一玉    ▲5二歩成  △同 玉    ▲6二金
△4一玉    ▲5一成桂  △3一玉    ▲4二歩成  △同 玉    ▲5二金
△3一玉    ▲4一成桂  △2一玉    ▲3二歩成  △同 玉    ▲4二金
△2一玉    ▲3一成桂  △1一玉    ▲2二歩成  △同 玉    ▲3二金
△1一玉    ▲2一成桂まで81手詰


(詰上り図)

並んだ歩を成り捨てながら金と成桂がすり寄っていく趣向手順で詰み上がり。狙いのわからない初形を見ながら暗中模索、うんうんうなって考えていたら、こうした美しい手順が出てきて、驚きとともに正解を確信する、というのはとても快い体験です。結果的に主題の印象はより鮮烈に脳裏に刻まれることになるでしょう。このように、自分が見せたいものが最も映える見せ方を看寿はつねに考え、妥協なく実現させています。こうした態度は完全に芸術家のそれだと思うのですね。看寿はおそらく、どのようにしたら詰将棋が問題から作品になるのか、ということを突き詰めて考えたのです。そして、驚きや爽快感でもって人の心を揺さぶることができる、ということを示しました。私はこのことが看寿の最大の功績ではないかな、と思っています。

看寿という巨大な才能をどのようにみればよいのか、概観してきました。
次回以降は具体的な作品解説を通して看寿の先進性、論理性、芸術性を再確認していければと思います。
 
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