詰将棋作家・藤井聡太 第7回(最終回)探求の果てに見えるものは|将棋情報局

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詰将棋作家・藤井聡太 第7回(最終回)探求の果てに見えるものは

藤井聡太が創作した詰将棋を本格批評!

お得で気軽に参加できる将棋大会『第6回 将棋情報局最強戦オンライン』11月13日開催! エントリー受付中 先日、「藤井聡太の将棋トレーニング」をプレイしました。この中に収録されている詰将棋もかなり好作揃いでしたので、みなさまぜひ遊んでみてください。

今回取り上げる作品はこちら。


2019年将棋カレンダー表紙

やや縦長の初形。ぱっと目に付くのは飛車を打つ手です。

仮想手順
▲2二飛



これに対しては、△1三玉と逃げます。


 
この局面では、鋭い一手があります。

以下の手順
▲3五角



これがなかなか手ごわい一手で、△2四合駒は▲同飛成の両王手まで。△1四玉には▲4一馬があります。


 
以下△3二合駒は▲同馬△同飛▲2四飛成まで。△1五玉は▲2六飛成までです。
というわけで、この▲3五角は△同飛と取る一手。


 
ここで上部を押さえながら▲2五飛成と空き王手するのが効率のいい手となりますが…。

以下の手順
▲2五飛成 △3一飛


 
上図まで進んで打ち歩詰。というわけで、この手順を念頭に置いたうえで、どう打ち歩詰を打開するかというのが本作の基本的な問題設定になります。

ここで、ややフライング気味ですが本作の詰上がり図を見てみましょう。
それがこちら。


 
なんと最終手はその▲1四歩まで。2一銀があるかないかの違いはありますが、ほとんど先の失敗図と変わりません。どうしたらこの▲1四歩までという手が可能になるのでしょうか? 以下藤井七段の仕掛けた謎をひも解いていきましょう。

詰上がり図を見ればなんとなく察せるかもしれませんが、初形に戻って、飛車打ちのかわりに好手があります。


 
以下の手順
▲1二銀不成


 
△同玉は▲1三飛まで。かわす手も飛車を打って簡単に詰みなので、香で取ることになります。

以下の手順
△同香 ▲2一飛


 
結局初形から銀を消したことになり、空いた空間に▲2一飛と打てるようになるのが捨て駒の効果でした。先ほどは▲2二飛と打ったので△1三玉とされましたが、2一から打てば馬の利きが通っていてそれができません。そこで1四玉と逃げると、以下の手順があります。

以下の手順
△1四玉 ▲4一馬 △3二桂合 ▲同馬 △同飛 ▲1五歩 △1三玉 ▲2五桂


 
長手数進めましたが、とにかく4一馬と寄って合駒請求すれば、以下は▲1五歩から取った合駒を打って詰みます。このとき△3二歩合ができれば詰みませんが、3七に玉方の歩が置いてあって二歩になることに注意してください。
この手順があるので、▲2一飛に対して玉方はひねった手で対応します。


 
以下の手順
△2二歩合


 
この捨て合が妙防。喜んで▲同飛成と取ると…

以下の手順
▲2二同飛成 △1四玉


 
この局面まで進んで、攻め方の勢力が強すぎて打ち歩詰になっています。▲4一馬の手段はここでもありますが、△3二桂合とされると、桂を取っても▲1五歩が打てない以上使い道がありません。
そこで、△2二歩合に対しては攻め方もさらに妙手で切り返します。



以下の手順
▲2二同飛不成


 
飛車不成で取り返すのが正解。これで1三への利きがなくなるので、将来▲1五歩を打ち歩詰にならずに打つことができます。
さて、この手に対し△1三玉と逃げた局面を、最初に検討した手順と比較してみましょう。 


 【銀捨てを入れない図】



 【銀捨てを入れた図】 


1二に利いていた2一の銀は消えましたが、それを取り返した香が1二にいるため、将来1四歩と打った時に1二に逃げられない事情は変わりません。ですから、すぐに▲3五角とすると…

以下の手順
▲3五角 △同飛 ▲2五飛成 △3一飛


 
…と進んで、やはり1四歩は打ち歩詰。ではどこが変わったのか? 実は変わったのは盤上の状態ではなく、駒台のほうでした。持駒が歩1枚から歩2枚に増えていますね。

2一の銀を消したことで、飛車を遠くから打つことが可能になり、それを嫌った玉方に捨て合の対応を取らせたので、そのぶん持駒に歩が1枚増えています。つまり、初手の銀捨ては盤上の銀を持駒の歩に変換するための伏線だったということができます。持駒が歩二枚になることで、▲3五角の前に次の下準備を入れることができるようになります。


 
以下の手順
▲1四歩


 
先に▲1四歩と叩いてしまいます。△同飛は▲3五角△2四合▲同飛成まで。

以下の手順
△同玉 ▲1五歩 △1三玉 ▲3五角


 
持ち歩が2枚になったことで、連打してあらかじめ1五に歩を置いておくことができるようになりました。ここから想定していた通りに進めれば…

以下の手順
△3五同飛 ▲2五飛成 △3一飛


 
お気づきでしょうか。先ほどは持駒から▲1四歩と打ったので打ち歩詰になったわけですが、この図ではあらかじめ盤上に歩が置いてあります。打ち歩詰は反則ですが、突き歩詰は反則ではないですね。これが藤井七段の仕掛けた謎の答えでした。

以下の手順
▲1四歩まで15手詰。


 
本作の構成をもう一度整理しましょう。
(1)初手から2二飛と攻めると、1四歩が打ち歩詰になる。
(2)2一の銀を消しておくことで、飛車を遠打することができるようになる。
(3)玉方は捨て合の妙防を繰り出すしかないが、その代償として攻め方に1歩渡すことになる。
(4)その増えた歩によって、1五にあらかじめ歩をセットしておくことができるようになる。
(5)1四歩が駒台から打たれるのではなく盤上の移動になるので、反則ではなくなる。


①の問題設定から⑤の解決まで、一本筋の通った明快な謎解きになっていることがおわかりいただけたでしょうか。このように、「謎の提示とその解決」という構成で詰将棋を作れる作家は、そう多くありません。また、問題解決の手段も、捨て合や飛車不成を含みにした邪魔駒消去という高級手筋の組み合わせになっており、作品価値を高めています。

なお、本作のメインの仕掛けは「先打ち突き歩詰」と呼ばれるもので、これ自体は前例のある構想。ただ、何より藤井七段らしい点は、謎解きの部分も高級手筋の部分も無理なく一体となって流れの中に溶け込んでいることです。そのことによって、作品全体の印象は非常にクリアなものになっています。本連載で再三強調してきたことではありますが、こういうところが藤井七段の詰将棋センスというものです。つまり、ただ読みが深いというだけのことではなく、作品全体の構成をコントロールできるということです。非常によくまとまった短編作品でした。



そうはいっても、藤井七段の読みの深さが好きという人もいっぱいいらっしゃると思いますので、また少しおまけの話をしてみたいと思います。

本作で、4三の駒はなぜ香なのでしょうか?

作意の上では、単に4三玉と逃げられる手を消すための枠の駒に見えます。であれば歩でもいいはずですが、藤井七段はとんでもない筋を読んでいました。
4三が歩のとき、作意手順中の△2二歩合に▲同馬とする手があります。これが詰んでしまうと余詰の不完全作なので、作者としては逃れていてほしいところ。ただ、一見して細そうな攻めに見えますが…。


 
以下△1四玉▲2三馬△2五玉▲3四馬と飛車を取ります。


 
△同玉には▲3五飛△4四玉▲2四飛成△5三玉▲5五飛△6三玉▲5四竜以下詰み。


 
以下詰みって言われても! という感じだと思いますが、追ってみると意外に狭くて捕まっています。なおこの変化は4三が香でも詰み。問題は3六玉の変化です。


 
以下の手順
△3六玉 ▲3五馬 △4七玉 ▲5七飛 △3八玉 ▲3七飛 △4九玉 ▲3九飛!



なんとここまで追って飛車のタダ捨てが飛び出します。△同玉は▲5七馬以下詰み。よってこの飛車は取れず、広いほうへ逃走をはかりますが…。

以下の手順
△5八玉 ▲5九飛 △6七玉 ▲5七馬 △7七玉 ▲7九飛


 
すごいところまで追ってきました。茫洋とした局面ですが、なんとこれが詰み。合駒の組み合わせやら玉の微妙なルートの違いやらで、変化はここに書きつくせないほど多岐にわたりますが、とにかくどれも詰みです。
ざっと書いておくと、△7八合駒、▲7一飛成、△7六合駒は、2枚の合駒が安い駒の組み合わせなら▲5九角として、△8七玉には▲8一竜、△8八玉には▲8九歩の筋。高い合駒が出てくれば▲7八飛から▲7六竜が強力です。合駒せず単に△8七玉が一番長いですが、▲8一飛成以下左隅に追い込んで詰みます。

こういう恐ろしい筋があるので、先の▲3九飛を△同玉と取れるように4三の駒は香なのでした。このときは、△3九同玉▲5七馬に△4八歩合が利きます。藤井七段の詰将棋はクリアに作られていると書きましたが、完成図としてわれわれに届けられる手順は、作者である藤井七段の読み筋の氷山の一角に過ぎないということは強調しておきたいと思います。


さて、皆様にお読みいただいて続いてきた本連載ですが、今回でいったん一区切りとなります。取り上げられていない作品もありますが、ご容赦ください。

詰将棋もすごいと言われる藤井七段のすごさというのは具体的にどういうものなのか、ということをお伝えするのが本連載の役割でした。改めて一言で要約するならば、やはり表現者としてすごいのだ、ということになるでしょう。見るだけで楽しい手順や構想をまずは思いつけること、これがまず稀有な才能です。そして超人的な読みの力は、むしろ作品から複雑さを取り除くために使われているというのが、勝負師としての藤井七段だけ見ていると見えない顔なのではないかな、と思います。

一方で、指し将棋と詰将棋とに共通する部分も見て取ることができました。たとえば桂の使い方であったり、駒が大きく鋭く動いていく爽快感であったり、というところは、藤井七段の実戦にも通じるところがありますね。そんなふうに、詰将棋を通すことで藤井将棋がよりはっきり見えてくることがある、と考えるのもおもしろいかもしれません。

私は将棋が弱いので、藤井七段の将棋をみてもその意味はよくわかりません。しかし、棋力がなくとも、藤井七段の詰将棋を通じては、藤井七段がどんな手順を美しいと感じ、実現させたいと思っているかを感じとることができます。そして、こういう手順に美を感じる人はきっと、勝負の場においてもリアリズムだけではない何かを持ち合わせているのではないか、と思います。

そもそも表現するというモードは、勝負するというモードとはかけ離れたものであるはずです。将棋で相手に勝つために必要なのは、好むと好まざるとにかかわらず、局面の最善手を追い求めていくことなのであって、そこに「こんな手で勝てたらかっこいい」というような思考の入り込む余地はありません。

けれど藤井七段は、将棋というゲームにおいて、究極的にはやはり正しい手と美しい手とが一致するということを、深いところで知っているのではないでしょうか。だから一手一手にファンは沸き、驚き、酔いしれるのではないでしょうか。そうした盤上の探求の一部として詰将棋をとらえていただき、こちらのほうにも改めて注目していただけるようになれば、本稿は役割を終えたと言えます。

今後も藤井七段は将棋界のトップを目指して戦い続けていくのでしょう。勝つことが同時に表現でもある稀有な棋士の快進撃を、私も皆様と一緒に見届けていきたいと思います。

そして、タイトルをとった暁には、安心して大作詰将棋を作ってほしいと思います! 永世名人として詰将棋作品集を編まれた谷川先生のように。


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