藤井聡太竜王・名人へのインタビューを終えて|将棋情報局

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藤井聡太竜王・名人へのインタビューを終えて

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マイナビ出版の方から「藤井聡太竜王・名人のインタビューと記事作成をお願いできないか」という連絡をもらったのは、4月8日のことだった。

掲載媒体は『将棋年鑑』、インタビュー日程は4月27日だという。

まず反射的に、私には無理だと思った。『将棋年鑑』と言えば、昭和43年から続く日本将棋連盟の歴史ある定期刊行物。将棋界の1年間を丸ごと記し、棋譜データも収録された永久保存版な本である。

ここ数年の定番となっている藤井聡太竜王・名人のインタビューも、各タイトル戦の振り返りや詰将棋の具体的な話など、技術的な内容がメインで、とてもではないが将棋に関してはズブの素人である私に務まるわけがない。

だが、メールの文面には、
〈将棋年鑑をご購入される層も少しずつ変化してきており、将棋の技術的な内容を目的にプレイヤーの方が購入されるというよりも、棋士のファンの方がメモリアルとして購入される意味合いが強くなってきております。盤面の話はもちろん、それ以外のお話のほうが読者に喜ばれる傾向にございます。ぜひ芦沢先生の視点で、勝負の世界に生きる藤井竜王・名人のお話を引き出していただければと考えております〉
とあった。

なるほどそれなら……と考えたのは、自分には無理だと思いながらも、依頼を断ったりすれば一生後悔することになるとわかっていたからだ。勝負の世界に生きる藤井竜王・名人のお話――将棋に魅せられて将棋小説を書いてきた人間として、聞きたくないわけがない。千載一遇の機会だ。これを逃せば、こんなにありがたい話は二度といただけないだろう。

正直に喜びと不安を伝え、「事前に質問項目案を提出し、過不足があれば指摘してもらうという形で挑戦させていただけないか」と返信を送ったところ快諾してもらえ、その日から質問項目案を考える日々が始まった。

いや、正確には最初のメールをもらった時点で既に質問項目案を考え始めていた。何せ、伺いたいことはたくさんある。ただ、あくまでも今回任されたのは、『将棋年鑑』に収録されるインタビューの聞き手と記事作成なのだ。文芸誌の誌面で対談するのとはわけが違う。

私はまず2025年度の『将棋世界』のバックナンバーをすべて読み返し、各棋戦やインタビューにおいて藤井先生がどんな発言をしてこられたのか、他の棋士の方々が藤井先生についてどういったことを語られているのかを調べた。様々な記事、動画や番組をチェックし、小説の担当編集者に相談して「インタビュアーの心得」を聞いた。

自分が取材をされる機会はそれなりにあるものの、自分が取材をする側というのは小説執筆のための勉強としての取材しか経験がなく、それはただひたすら聞きたいこと、自分が面白いと感じることを掘り下げて聞かせてもらう場であり、録音して文字起こしすることも、そこから記事の原稿を作成することもない。

万が一にも録音に失敗することがないよう、編集者からICレコーダーを借り、取材でスマートフォンのボイスメモを使うときに注意すべきことを確認し、何とか取材日の数日前に質問項目案を作り終えて送信した。

質問項目案についてはOKをもらったが、おそらく私の不安がメールの文面からも伝わったのだろう。当日はインタビューの1時間前に将棋会館併設の棋の音カフェでマイナビ出版の方々と待ち合わせて、作戦会議をさせていただくことになった。

 

集合時間のさらに30分前に着いて、ずらりと並んだ将棋グッズをそわそわしながら眺めていると、前に棋の音カフェに来たときのことが思い出された。職団戦に日本推理作家協会の将棋同好会チームが出場した際、会場でお会いした髙見泰地七段が我々将棋同好会のメンバーを連れてきてくださったのだ。

人格者として有名な髙見先生は噂で耳にする以上に気さくで気遣いの人で、我々は「ここは僕のホームなんで」とスマートにおもてなしくださる高見先生にすっかり甘えてしまった。

申し訳なかったけれど楽しい時間だったな、としみじみ思い出に浸っていると、見覚えがある方が目の前を通った。

「え、髙見先生?」

何と、ちょうど思い出していたばかりの髙見先生が現れたのである。

まさかの展開に驚きすぎて、一拍遅れて何者か名乗らなければと気づいたが、結局それよりも早く髙見先生が「芦沢先生じゃないですか。どうしたんですか今日は」と笑顔で話しかけてくださった。

「あ、実は、将棋年鑑の藤井先生の取材を担当させていただくことになりまして」

「えーすごい!」

「いやでも、私は将棋の内容とか技術的なことは全然わからないので、本当に私が聞き手で大丈夫なのか不安しかないんですが……」

「芦沢先生が藤井さんからどんな話を引き出されるのか、めちゃくちゃ楽しみですよ!」

何とお優しい……。今こうして書き出してみると、フォロー待ちのような弱音の吐き方をしてしまった気がして恥ずかしい限りだが、髙見先生のフォローは完璧だった。

「盤面の難しい話を聞いてほしいなら専門の人に頼んでいるはずなので、芦沢先生に頼んだってことは、きっとそうじゃない話を聞いてほしいんですよ」

マイナビ出版の方々からも「過去の記事と同じような方向性にする必要はないので」と言っていただいていたが、このときようやく、それはそうかもしれない、と腑に落ちた。たしかに、将棋の内容について突っ込んだインタビューを期待しているのなら、よりによって私になどは依頼しない。

髙見先生のお言葉のおかげで肩の力が抜けた私は、その後の作戦会議にも落ち着いて参加することができた。そして、読者の方々からの質問項目と、編集部の方でご用意くださった各タイトル戦に関する質問項目を受け取って、いざ、将棋会館へと向かったのだった。

 

 

会議室へ現れたスーツ姿の藤井先生は、朗らかで腰が低く、けれど不思議な澄んだオーラのある方だった。

 

実のところ、私が藤井先生にお目にかかるのは、これで3度目だ。1度目は、第34期竜王戦七番勝負の、2度目は第72期王将戦第3局の観戦記をそれぞれ担当させていただいたときである。どちらも、主催社の方からご紹介いただく形でご挨拶したのだが、当然のことながらタイトル戦の会場という場では無駄口を叩けるはずもない。少しでも周囲の空気を乱すようなことはしたくなく、本当にただひと言名乗るのみで失礼し、あとは離れた場所から静かにその張り詰めたオーラを感じ取っていた。

対局中に入室させていただいたのは昼食休憩明けの五分ほどだったが、そのときの藤井先生はものすごく大きく見えた。思考が身体の周囲まで広がり続けて対局室一杯に詰まっているようで、息を吸うことすら憚られたのをよく覚えている。

張り詰めたオーラというのは、他者を圧する意図などなくても、人を寄せ付けなくなるものなのだと感じた。たとえあのとき、「今自由に話しかけていいですよ」と言われたとしても(そんなことはありえないが)、私は一歩も近づくことができなかっただろう。

むしろ私は消えてしまいたかった。自分という不純物が場に紛れていることが許しがたく、両対局者の視界の隅にも入りたくないと願っていた。タイトル戦の場だからという以上に、この将棋は二度と生まれないものなのだという認識が塊のような重量感を伴って押し寄せてきたのだ。

両対局者が莫大な準備と思考を重ねて一手一手指されてきたこの将棋は、今この瞬間にしか生きていない。あとから棋譜を並べても、そこには可能性の息吹がなく、次の一手によってどのような姿にも変わりうる緊張感は損なわれている――

蘇る記憶に硬直しかけたが、今回はインタビューの聞き手として正面から質問を投げかけるのが任された仕事だ。私は、質問項目をプリントアウトしてきた紙にすがるようにしてインタビューを開始した。

まずは「読者の方々からの質問」として預かってきた項目を投げかけた。好きなアイスクリームの味は、好きなサンドイッチの具はなど、楽しい質問ばかりだ。場を和らげるために冒頭に持ってきたつもりだったが、緊張が和らいで救われたのは私の方だった。

ほとんど雑談のような将棋に関係しない話題の中にも、ハッとする瞬間があった。

たとえば、鉄道の面白さについてのこんな回答だ。

 

〈私の地元を走っている「しなの」も振り子式なんですけど、カーブもきつくて勾配がある割と厳しい線区です。でもその地域的な困難を、技術的に乗り越えていくところは、鉄道の面白さの1つだと思います〉

 

何だか、将棋に対する姿勢とも通ずるような視点な気がしないだろうか?

緊張よりも「もっとお話を伺いたい」という気持ちが上回ってきた私は、続いて将棋関連で聞いてみたかった質問を投げかけていった。どうやってモチベーションを維持しているのか、「研究したはずなのに思い出せない」となったときの思考、苦しいときの粘り方、「間違える」ということについてどう考えるか――藤井先生は、どんな質問に対してもにこやかに、丁寧に言葉を選びながら回答してくださった。

様々な回答に何度も驚き、痺れ、感動したが、リアルタイムで聞いていたときよりも時間が経ってじっくり染みてきたのは、

 

〈苦しい局面って、考えたら好転するってことはないので〉

 

という言葉だ。

インタビューの中では、苦しい局面での思考について詳しく伺っていて、その中には「苦しいなりに考える要素がある手を見つけ出していく」というお話があった。だが、たしかに正しく粘る手を見つけ出せたとしても、その時点では局面自体は一切変わっていない。

もしかしたら、藤井先生が纏う不思議な透明感は、この現状認識の客観性、思考を自身の感情の内側に置かず、少し離れた位置から観察するような距離感と関係があるのではないか。
苦しい局面にて活路を見出したいと願うとき、多くの人は、何とかして事態が好転しないだろうかという願いを捨てられない。自分の現状認識が間違っていただけで実はそこまでひどい状況じゃないのかもしれない、と思いたくて認知を歪めてしまったり、一発逆転の方法はないかと期待してしまったりする。

けれど藤井先生は、現状認識を歪めない。「考えても好転することはない」という冷静さを持ちながら、だからこそ曇らない目で最善を探し続けることができる――

 

 

観戦記執筆のためにタイトル戦にお邪魔させてもらったときは、帰宅後、あまりに疲れ果てて泥のように眠った。

今回のインタビューを終えた私は、地に足がついていないような感覚で将棋会館を後にすると、帰途で原稿の構成案を練り、自宅に着くなり書き始めた。そのまま仮眠を取ることもなく原稿を書き続け、気づけば朝になっていた。

音声を録音しているとはいえ、すぐに書いてしまわなければ細かなニュアンスが掴みきれなくなってしまうような焦燥感があった。ひとまず最後までまとめ終えてようやく安心して眠りにつき、昼前に目を覚ますと、編集部からこんなメールが届いていた。

 

〈インタビューという形でしたけど、芦沢さんの文章を読みたいという方も多いと思うのでリード文やインタビューの途中に地の文が入っても面白いと思いました〉

 

私は想定外のご提案に動揺しながら、インタビュー原稿の枚数を数えた。何と、既に原稿用紙換算で40枚も書いてしまっている……!

ちょっとした短編小説の文量である。

枚数制限については考えなくていいと言われていたが、さすがにここまで長いことは編集部としても想定していないだろう。さらにここに私の地の文まで入れたら、とんでもない長さになってしまう。
悩んだ結果、こうして別口でエッセイを書いてみた。

このエッセイも結局15枚……やはりインタビューに盛り込まなくて正解だったが、それにしても我ながら書きたいことがありすぎる。

幸いにも、マイナビ出版の編集部からは「『将棋世界』で将棋小説の執筆を」とのご依頼もいただいているので、このありあまるほどの感情の動きは、小説家らしく、いつか小説という形で昇華させたい。

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著者

芦沢央(著者)