掌編小説「言葉」シリーズ

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【第11回】『安兵衛の血判状』

2015.01.31 | 岩村圭南

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 時代物ではなく、恋愛物です。

 

『安兵衛の血判状』         

               

 担当医が困惑顔で話を聞いている。

「私の腎臓を使ってください。一つくらいなくても、死にはしません。たとえ命を落としたとしても、妻との約束を果たすためなら本望です」

「そう言われても。奥様とどういう約束をされたのかはわかりませんが。激痛の原因は、尿路結石ですから。移植がどうのこうのという話ではありません。今回は念のため検査入院していただいただけです」

「先生」

「はい」

「教えてください」

「何を?」

「事実を」

「事実を?」

「隠さず」

「隠さずって、何も隠していませんよ」

「覚悟はできていますので」

 上半身を前に倒し医師の顔を覗き込む。

 それに合わせて医師が腕を組みながら体を後ろに反らす。眉間に皺を寄せ考え込む。

 少しして。

「うーん、何度も言いましたが、移植は必要ないんです。心配いりませんよ。明日にでも退院できます」

「明日退院できるんですか」

「そうです。そのように奥様にもお伝えしてあります」

「そうですか」

 何度か頷き、ようやく納得した様子で深々とお辞儀をし、診察室を出て行った。

「心配性なんでしょうかね。移植だなんて。『たとえ命を』とか言ってましたよね。それを聞いて、不謹慎かもしれませんが、私、吹き出しそうになっちゃいました」

 看護師がそう言いながら口元を抑えている。

 ノックの音。ドアが少し開く。隙間から顔を覗かせ目をしばたたかせている。

「あのう、先生」

「奥様は大丈夫です。心配はいりません。明日退院です」

 顔を引っ込め、そっとドアを閉めた。

 苦笑いしながらお互いの顔を見る医師と看護師。

「奥さんとどんな約束をしたんだろうね」

「『命を落としたとしても』ですからね。夫婦の間で命がけの約束だなんて。私、想像もつきません」

 

「お父さんに何て言ったの。あなたでしょう。移植の話をしたの」

 病室のベッドで横たわりながら姫乃(ひめの)が言う。

「あの苦しみ方はただ事じゃないわよ、って言っただけ。そうしたら、お父さんいろいろ調べたみたいで。それに昨日の夜、テレビで腎臓移植の番組をやってたから」

「先生に聞かれたのよ。ご主人に何て説明されたんですかって。移植が必要なら私の腎臓をとかなんとか、訳のわからない話をして、先生を相当困らせたみたい」

「えっ?それって私のせい?」

「そうよ。余計な話をするから、深刻に受け止めちゃったの。あの人、看病のためだって、会社を休みかねないし。長引くようだったら、きっと会社を辞めるって言い出すわ」

「嘘!」

「そういう人なんだから。夏姫(なつき)だってわかってるでしょう」

「どうして結婚相手にお父さんを選んだのか、不思議でしょうがない」

「学生時代からいつだって側にいて、私を見守ってくれてたのよ」

「何よそれ。お姫様お付きの侍じゃあるまいし。安兵衛だなんて古くさい名前して、お母さんの護衛役だったなんて」

「名前を付けたのはお爺ちゃんでしょう」

「お爺ちゃんも変だよ。お父さんと一緒になって時代劇の話ばかりしてる」

「忠臣蔵、赤穂浪士の熱狂的なファンだからね」

「あの二人、家の名字についてぶつぶつ言ってたりするでしょう。『井』と『部』がどうのこうの。忠臣蔵に何か関係があるわけ?」

「直接お父さんに聞いてみたら」

「えーっ。別にいいわ」

「お父さんの本当の良さは、年を重ねたらわかってくるわよ。十代のあなたには無理ね。でも、弟の武庸(たけつね)も含めて、一緒に守られてるって感じる時があるでしょう?」

「まあね。いつも後ろにいて見守ってくれてる気がしないでもないけど」

「お父さんて、そういう人なのよ」

「可愛いところもあるしね。お母さんが、ぷっつんして、怒鳴りつけたりするじゃない。『こら、安兵衛!』って。その時、お姫様に頭を下げてひれ伏したようになる。あの姿って笑える。私も後ろから急に『安兵衛!』って声をかけたりするの。そうすると、びくっとして振り向いて。私だとわかると、ほっとしたような顔で苦笑いするんだから」

「あら、からかったりして。夏姫だって、お父さんにとっては夏に生まれたお姫様なんだから。『安兵衛!』って言われたら、思わず『ははーっ』と言って頭を下げちゃいそうになるのよ」

 クスッと笑いながら冗談っぽく言う。

「そうか。私もお姫様なのか。武庸がいつも言ってる。『お姉ちゃんには大甘だけど、僕には大辛だ』って。なるほどね。あの子は立派な武士になるように躾けられてるんだ」

 姫乃は笑みを浮かべ黙って聞いている。

「ねえ、前から聞こうと思ってたんだけど、口べたな安兵衛が、美人のお姫様に、どうやってプロポーズしたの。興味があるなぁ」

「プロポーズの言葉ね……直接口に出して言わなかった。ある日突然黙って手紙を渡されたの」

「手紙?」

「そうよ。あの手紙、いつもバッグに入れて持ち歩いてるわ。だって、そうしてくれって言われたから。お守り代わりに」

「じゃあ、今もバッグの中に入ってるの?」

 姫乃がこくりと頷く。

「見たい、見たい。ねえ、見せて」

 姫乃が愛用のバッグからビーニル袋を取り出す。その中に古茶けた封筒が入っている。便箋を抜き取り渡す。夏姫がそれを広げる。

「最後に拇印が押してあるでしょう。今は黒ずんでるけど。それ親指の血なのよ。血判状のつもりで書いたんだわ。子供たちって、誰だかわかる?夏姫と武庸。当時はまだ生まれてないけどね。あの時、『武士に二言はない』とか言って、照れくさそうな顔をしてた」

 和紙の便箋には筆でこうしたためられていた。

 

 我が命に代えても

 姫乃と子供たちを守る   

      堀井安兵衛● (了)

 

 楽しい週末を。Have a nice weekend.


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