掌編小説「言葉」シリーズ

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【第6回】『あなたの話』

2014.08.02 | 岩村圭南

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 あなたの周りに、変身する人はいませんか。

 『あなたの話』

 私の周りには時折変身する人たちがいる。変身と言っても、お馴染みの掛け声とポーズとともに勧善懲悪のスーパーヒーローに姿を変えるわけではない。本人の意思や意図とは無関係に、何かのきっかけで隠れた自分が現れる。これもある種の変身である。
 前置きはこれくらいにして、いくつか具体例を挙げてみよう。まず、『管を巻く大トラ』から。
 深酒すると突如目が据わり、がらりと人柄が変わる。何やらぶつぶつ言いはじめたら危険信号、と思う間もなく猛獣のごとく吠えまくる。あたりかまわず管を巻く。酔った大トラは誰の手にも負えない。
 日頃控え目な性格なだけに、同じ人物とは思えぬあまりの豹変ぶり。同席者は戸惑いと驚きを隠せない。当の本人には、どれほど周りに迷惑をかけたのか、記憶の断片すら残っていない。
 翌日、己が晒した醜態についてさんざん聞かされ、しょげた顔で何度となく詫びる。だが、また性懲りもなくしこたま飲み、同じしくじりを繰り返す。
 次は、『またまたマイク君』の登場。陰でそう呼ばれている。
 カラオケ店で酔ってマイクを手に立ち上がった途端、表情や仕草が一変する。本人はプロの歌手になり切っている。すでに複数の曲をリクエスト済み。準備万端、ワンマンショーの開幕とばかりに歌い出したらもうどうにも止まらない。またかよ、またなの、という声をよそに大音量で歌い続ける。だから『またまたマイク君』なのである。歌が上手ければまだしも、どこか調子っぱずれなのだから、聞かされる側にとっては迷惑千万この上ない。
 人づてにその話が広まり、飲んで歌う機会がめっきり減ってしまったマイク君。ヒトカラ専門店に夜な夜な出没しているともっぱらの噂である。
 さらに、あっという間に変身を遂げる『即席ホストもどき』もいる。
 女性がそばに来ると、たちまち人格が変わる。酒の席だけとは限らない。女好きなのか、それとも、いい格好しいなのか。相手が美形ともなれば呆れるほどの変貌ぶり。にわかに背筋がぴしっと伸び、あっという間にホストもどきに変身!優しい目。甘い声。柔らかな物腰。細かい気遣い。おまけに、普段とは打って変わって褒め上手になる。
 どうすれば瞬間的にあそこまで変われるのか。聞いてみたい気もするが。まあ、人に迷惑をかけるわけでもなし。あえて追求する必要もないだろう。
 もう一人いる。『公道シューマッハ』を忘れてはならない。皇帝ではなく公道である。この変身には危険が伴う。
 車に乗り、ハンドルを握る。エンジンをかけ、走り出す。いつものように街中(公道)を走行している分には何の問題もない。安全運転を心掛ける、ごく普通のドライバー。
 だが、忽然とシューマッハが憑依したかのような顔つきになる。この御仁、超がつくほど割り込まれるのが大嫌いなのである。
 これだけは譲れない、という何か信念や信条でもあるのだろうか。意地でも割り込みを許そうとしない。一瞬の隙をつかれ前に入られようものなら、怒り心頭、逆襲が始まる。
 「うりゃーぁ」
 鬼の形相で奇声を発し、何が何でも、その車をオーバーテイクしようと躍起になる。危険極まりない行為。見ていてハラハラドキドキさせられる。F1さながらのバトルを無事終えると、満足げな笑みを浮かべ、ごく普通のドライバーに戻る。
 一体何が彼をそこまで駆り立てるのか。未だに謎である。
 今夜は、ここまで。とりあえず、タイトルは『変身』でいいだろう。推敲用にプリントアウトしてと……。

 今朝、机の上を見て気づいた。端を揃えて束ねておいたはずの原稿がどことなくずれている。誰かが読んだのかもしれない。誰かと言っても、家にいるのは妻と私の二人だけ。
 原稿を手に取り確認する。冒頭の文が赤字で修正され、コメントが書き添えられているではないか。プリンターが打ち出したような奇麗に整った文字。間違いなく妻の仕業。

 私の周りには時折変身する人たちがいる。
 →は頻繁に変身す

 他人事のような書き出しだけど、あなたの話でしょ。(了)

 楽しい週末を。Have a nice weekend.


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