掌編小説「言葉」シリーズ

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【第2回】『ことの呪縛』

2014.03.29 | 岩村圭南

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 「こと」の多用は決していいこと(?)ではない……。自戒の念を込めて書いた掌編。息抜きに(ならないかもしれませんが)お読みください。

『ことの呪縛』

 昼休みの社員食堂。
 ランチを食べ終え、雑談している。
「あのね、気になってることがあるんだけど」山根が言う。
「で、どんなこと」井出が聞く。
「たいしたことじゃないんだけどね」
 山根が持ってきた雑誌を見せる。特集記事のページを開き、「読んでみて」と言って差し出した。
 井出がざっと目を通す。
「で?」
「ね!」
「ん?」
 合点がいかない様子の井出。
「気づいたことはない?」
「気づいたこと?うーん。で、何?」
 山根が記事の一部を読み上げる。
『残念なことに、壇上でパネリストの一人が言ったことは、主催者側と事前に申し合わせた通りのことだったらしい。そのことが他の出席者の怒りを買うことに……』
「ね、『こと』だらけ」
「で、どういうこと?」
「『こと』の使い過ぎは、あまりいいことじゃないよね」
「で、あまり『こと』を使わないようにすべきだってことか?」
「まあ、そういうことだね」
「さっきから俺たちだって『こと、こと』言ってるけどな。それだけじゃない。気づいてるか、山根。『ね、ね』が口癖だってこと」井出が指摘する。
「えっ、そうか?井出だって繰り返し『で、で』って言ってるぞ。人のことは気づいても、自分のことは気づかないってことかね」山根が苦笑いしながら言う。
 会話が一旦途切れた。
 隣のテーブルから話し声が聞こえてくる。話題は昨夜の飲み会のようだ。
「二次会でさ、みんなでさ、カラオケにさ、行ってさぁ」
 山根と井出がお互い顔を見合わせる。
 会話は続く。聞き入る二人。
「なんか、盛り上がったんだって。秘書課の河合さんもいたんだろう。なんか、羨ましいな。河合さん、なんか、可愛いよなぁ」
「えっ、河合さん?ほんとに?昨日は、ほんとに、忙しかったから。ほんとに、残念だったな。一緒に行きたかったな、ほんとに」
 この後も同じような調子で会話が弾む。
 ……さ、……さ。なんか……、なんか……。ほんとに……、ほんとに……。
 二人は黙って聞いている。
 話が終わり、彼らが席を立った。
「『こと、ね、で』だけじゃない」山根が低い声で囁く。
「『さ、なんか、ほんとに』もある」井出も声を抑え気味に話す。
 立ち去る後ろ姿を眺めながら二人は複雑な表情を浮かべている。
「一旦気にし始めたら、言葉が出てこなくるよ……」
 無意識のうちに『な行四段目の文字』を発音しそうになる山根。すんでのところで口をつぐむ。
 条件反射のごとく『て』に濁点をつけて言いかける井出。どうにかその音をごくりと飲み込んだ。
「うーん、『こと』については、あのぅ、あまり気にしないほうが、いいんじゃないかな。あー、これくらいにして、俺たちも、仕事に戻ること……にするか」
 意識すればするほど普段通りには話せなくなる。
 社員食堂を出て二人はオフィスへ。

 しばらくして。
 井出がパソコンの画面とにらめっこしている。頭の後ろで手を組み、ぼやく。
「うーん、確かに『こと』を使わずに文章を書くことは難しい」
 伸びをするようにして山根の様子を窺う。何やら深刻な顔で考え込んでいる。
 井出はすぐにメールを送った。

──山根、『こと』をあまり気にするな (^_^)。

 ポーンとメールの着信音。

──井出、『ことの呪縛』は決して解けないぞ(>_<)。

 井出が山根に視線を向けると、なにやら不気味な表情を浮かべている。突然、両腕を上げ、井出の顔をじっと見つめ指を動かし始めた。キーボードを打つ真似?口元に視線を移すと、何やら呟いているようだ。呪文でも唱えているのだろうか。口の動きからすると「ことこと」言っているように見えなくもない。
 小首を傾げながら井出は再びパソコンに向かった。
「ん?」
 キーボードを叩く音がいつもとは違って聞こえる。
 ことことことことことことこと……。

 楽しい週末を。Have a nice weekend.


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