第1期マイナビ女子オープン 本戦準決勝第1局
矢内理絵子女流名人vs鈴木環那女流初段

観戦記 片上大輔 



  第5図以下の指し手
△5六銀▲同 金△8七歩▲同 玉
△3七桂成▲同銀△同角成▲4三飛成
△同 金▲4四歩△4二金▲4三金 
△3一銀▲1四桂    (投了図)
まで79手で矢内の勝ち

名人、完勝

矢内は、冷静だった。

第2図から第3図にかけて下がった銀と歩を、
チャンスが来たら前に出そうと彼女は考えていた。
そのためにしばらく辛抱を続けるつもりだった。
ところがその機会は、予想よりずっと早く訪れた。勝利とともに。

二枚目の銀を駒台に乗せたあと、矢内は「失礼します・・・よいしょっと」と小さく言って
席を立った。
お得意のセリフが唐突に聞けて、この将棋はもうすぐ終わるなと僕は思った。

鈴木は最後の長考に沈んだ。
その目がまだ死んでいないことに驚いたが、
粘る手段が残されていないことは明らかだった。
彼女の胸を内をまだ知らない僕は、
次はもうすこし早めに考えるんだよと、心の中でエールを送った。


本局は鈴木の完敗であった。

懸賞金の制度について彼女は「何度も負かされたような気分」と言った。
こういう一方的な応援はすごく苦しい。
正直言って私には重すぎる。
普段応援してくれるだけで十分。

どれも僕には思ってもみない言葉だった。
期待に応えられなかったのがよほど辛かったらしい。
負けたことよりも辛い、とまで言った。
あのときの目は、何とか少しだけでも期待に応えたかったのだと、
このとき初めて知った。

何もしないで勝つ名人芸を見せた矢内に、
熱気のすっかり冷めた対局室で勝利者賞の贈呈が行われた。
「相手が矢内名人だったからこそ来たんです」と言う戸田浩さんが
「決勝戦は環那さんの分まで、頑張ってください」と一言。
部屋じゅうが笑顔に包まれた。

それでとっさに何のことかよく分からなかったと言うのだから、
矢内の鈍感力たるやたいしたものである。
この対局の後には、苦手の振飛車を完璧に退け名人位を防衛。
初代女王に向け、死角は全く見当たらない。

本局のスポンサー
戸田浩(フラッグあり)、小泉政明、近田直裕、直江雨続   (敬称略)

     

 

矢内−鈴木戦の棋譜
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