第1期マイナビ女子オープン 本戦準決勝第1局
矢内理絵子女流名人vs鈴木環那女流初段

観戦記 片上大輔 


動揺
鈴木は、動揺していた。

本局から「懸賞金スポンサー」が付く、ということは聞いていた。
熱烈な彼女のファンである直江雨続さんが、その第1号になったのも知っていた。
だが、まさか盤側に座るスポンサーがみんなそうだとは、予期していなかった。

対局開始前の鈴木はいたって普通に見えたが、駒を並べるとき、
香と角の順番を間違えそうになった。
いま思えば、たしかに平常心ではなかったのかもしれない。

第2図以下の指し手
▲9六歩△8五歩▲4六銀△4五歩
▲3七銀△4四銀右▲4八飛△5五歩
▲同 歩△5二飛▲4六歩△5五銀
▲4五歩△8六歩▲同 歩△4六歩
▲5七歩        (第3図)

ここにいていいんだ
鈴木は、悩んでいた。――自分が、ここにいていいのか。

鈴木はこれまで、女流棋界の誰よりもよく働き、誰よりもファンに接し、
誰よりも好かれる存在でありたいと願って生きてきた。
それが自分の役割なのだと思っていたし、そういう自分が彼女自身も好きだった。

ファンに接すれば、成績を聞かれる機会も増える。
勝てば喜んでもらえる。
けれど応援だけで勝てるほど、この世界は甘くない。
どこかあきらめているところもあった彼女に、きっかけをくれたのがこの新棋戦だった。本戦出場を決めたとき、彼女は「ここにいていいんだ」と思ったと言う。
それからは少ない持ち時間を割いて勉強するようになった。
まだまだ弱いところもあるが、今は、良い波に乗れている。

そして、ベスト4。
ここにいるからには、それなりの将棋を指さなくてはいけない。
しかし局面は、思い通りの展開には進んでいなかった。
「流れがつかめなかった」とは感想戦の弁だが、率直に言い換えると
「あまり勉強していない形になってしまった」。

祈るような手つきで、銀を出た。
現場にいなければ、中央を制圧する力強い一手と見えるところだ。
形勢は互角なのに、鈴木は悲観していた。

 第3図以下の指し手
△5一飛▲2六歩△7三桂▲1七桂
△2四銀▲2五桂   (第4図)

     

 

矢内−鈴木戦の棋譜
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