第2図以下の指し手
▲2五同飛△2四歩 ▲2八飛 △2五歩
▲1五角 △3三銀 ▲7八銀 △1四歩
▲5九角 △4四銀 ▲1六歩 △4九角
(第3図)
離れ駒を見て動く
この戦形は、漠然と指していると手詰まりになりやすい面がある。
後手なら千日手も選択肢のひとつだが、それでは先手はつまらない。
これも趣向の銀冠に構えた里見に対し、
中井の工夫は▲7五歩からの玉頭位取り志向だった。
ただ、局後中井が「位が負担になった」と振り返ったように、
必ずしも得策ではなかったようだ。
▲7七銀と離れ駒ができた瞬間に第2図の△2五桂が来た。
この決断の一手は、昼食休憩に入る5分ほど前に指された。
本人は「整理がついたので指しただけ。昼食休憩が来るのが早く感じた」と、
特に駆け引きを意識したわけではないという。
△2五桂はこの形の常套手段の一つ。
▲同飛と取れば飛車先を押し上げてくる。
そのとき先手に歩がないのでややこしいという仕掛けだ。
では取らなければどうなるか。
かわりに自玉方面に手を回したら、△2四歩と桂を支えたあと、
△3五歩から3筋方面で動かれて先手好ましくないと、感想戦で両者は一致した。
「離れ駒に手あり」のセオリー通りに動いた里見。
相手は腰の重さと手厚さでは女流棋界でも一、二を誇る中井。
ただ形勢は意外な一手から傾いていく。
第3図以下の指し手
▲4五歩 △5三銀 ▲4八飛△2七角成
▲4四歩 △同 銀 ▲4七金 △5三銀
▲3七金 △2六歩 (第4図)
「ボナンザ流だね」
この日、フランス人のご夫婦が将棋会館に見学に来ていた。
日本文化に興味をお持ちで、将棋のルールは知らないけれども、
観戦した印象を「美しい」と表現していた。
古今東西、分野を問わず、真剣勝負の場にはある種の美が備わるのかもしれない。
第3図の△4九角が結果的に本局の勝敗を左右する手になった。
どこにも成るところがない場所に打ち込まれた角。
控室では「ボナンザ流だね」と声も上がった。
コンピュータ将棋ソフトのボナンザは、平気で角を金銀と交換する指し方をするらしい。
中井はこの△4九角を「不思議な手」と思ったという。
しかし「よく読んでみるといい手」と評価が変わっていった。
里見もこの手には「読んでみて意外にいけると思った」と手ごたえを感じていた。
△4九角の狙いは後手の飛車先突破のサポートだ。
仮に▲8六歩△2六歩▲同飛(▲同角は△2七歩)△同飛▲同角△2八飛となると、
すでに角を先着されている格好で先手が面白くない。
中井は第3図直前の▲1六歩を悔やんだ。
端桂の活用を見た手だったが、△4九角を打たれるのなら▲8六歩が勝った。
これなら△4九角には▲4八金で打った角が詰む。
▲8六歩は後でも出てくる敵玉の急所に向かう手なので、
ここで突いておくのは非常に有力だった。
それだと
△5二金▲1六歩△3五歩▲1七桂△2六角▲3五歩△5九角成▲同金引が進行例。中井の主張である桂得も保持でき、本譜よりは難しい形勢だ。
2択で有力筋逃す
本局はインターネットを介して、棋譜と対局者の画像を中継した。
好カードとあってアクセスも伸び、第3図あたりで容量が危なくなった。
「もうサーバーだけ終盤」と中継陣はうれしい悲鳴をあげ、
アクセスを分散する手立てを施していた。
そのころ、局面も緊迫していた。
第3図から中井が選んだのは、2筋で飛車交換をする筋ではなく、
4筋に飛車を回って馬を作らせ、
2筋を放棄するかわりにその馬を捕獲する方針だった。
しかし感想戦では、前者の筋でも先手が十分戦えることが示された。
第3図から本譜▲4五歩△5三銀のあと、
▲8六歩△2六歩▲同飛△同飛▲同角△2八飛に▲3七角と引く。
以下、△2九飛成▲7四桂△9二玉▲9五歩△同歩▲9三歩△同玉
(△同桂は▲7三角成)▲5一飛と進むのが一例で、難解ながら先手もやれた。
第3図の△4九角は、潜在的に中井の焦りを誘ったのかもしれない。
腰の重い中井に不本意な動きを強いていく。