第1期マイナビ女子オープン 本戦準決勝第1局
矢内理絵子女流名人vs鈴木環那女流初段

観戦記 片上大輔 


「何もさせず勝つ名人芸」

それは、異様な光景だった。

あまりにも非日常的な対局前。
その理由は、対局開始を待つ3人の一般ファンにあった。
タイトル戦ならいざ知らず、準決勝の対局としては、盤側の混雑は異例中の異例。
そしてそこに自分が座っているのも異例。
何だかものすごく居心地が悪くて、僕は早く10時を迎えてほしいと切に願った。

駒を並べる儀式が、やけに長く感じられたこと。
「歩が3枚です」の瞬間、 部屋の空気が落胆したこと。
盤面が朝日でまぶしかったけど、とても言い出せずにいたこと。
そうした一つ一つがいつか思い出になるのだろうと、僕は緊張しきった頭で考えていた。

4手進んだところで、一同退室。
勝手なもので、緊張感から開放されるともうすこしだけ見ていたい気になって、
僕は一人盤側に残った。

ひとしきり移動が済んだところで矢内は「すいません、お茶ください」。
本来そこにあるべきものがなかったのは、
何だか非日常の象徴のように僕には思えた。
記録係が動き、対局室に少しづつ日常が戻る。
僕はそれをこの目で確認してから、そっと部屋を出た。

▲矢内理絵子△鈴木 環那
持ち時間3時間(チェスクロック使用)
  初手からの指し手
▲7六歩△3四歩▲6六歩△8四歩
▲6八銀       (第1図)

同期への期待
矢内は、迷っていた。

当日の朝まで迷った末、先手番になったら、
相手の得意な角換わりから逃げようと決めた。
近年の彼女はそういう指し方をほとんどしていなかった。

いっそ後手番になれば迷わなくていいのに、とまで彼女は思っていた。
それは周囲の気持ちを考えれば、あまりに贅沢な悩みだった。

矢内と筆者は奨励会同期。
男性棋士8人、女流棋士3人を誇る平成5年組の中で、名人の肩書きを持つ彼女はダントツの出世頭である。
ここ最近の充実ぶりは立派なものだが、もうすこし男性棋士にも勝ってくれよ、
と負かされた数少ない当事者としてはいつも思う。
あとは、若手ばかりじゃなくて早く清水市代女流二冠と当たってほしい。
これは、彼女のせいばかりではないけれど。


 第1図以下の指し手
△6二銀▲5六歩△5四歩▲4八銀
△4二銀▲5八金右△3二金▲7八金
△4一玉▲6九玉△5二金▲6七金右
△3三銀▲7七銀△4四歩▲7九角
△3一角▲3六歩△7四歩▲3七銀
△6四角▲6八角△4三金右▲7九玉
△3一玉▲8八玉△2二玉▲1六歩
△9四歩▲1五歩△5三銀(第2図)

     

 

矢内−鈴木戦の棋譜
特集ページに戻る