第1期マイナビ女子オープン 本戦2回戦第4局
甲斐智美女流二段vs里見香奈女流初段

観戦記 畠山直毅


3時間16分後の異変
▲6五銀。
この対局で最初にぶつかり合った駒は、歩ではなく銀だった。
いきなりの激しい開戦を予測していたか、甲斐は2分で△同銀と応じた。
里見はさらに早く、ほぼノータイムで▲同桂。昼休で引いたはずの紅色が、
ぽっ、と浮かび上がる。

△6二銀と自重するか、△6四銀と強く出るか。
背筋をぴんと伸ばして、甲斐は決戦の道を選んだ。
△6四銀を指してから、甲斐ははじめて視線を上げた。
里見の顔を見る。
一瞬盤面に戻してから、また見る。
私は思わず記録係の腕時計に目をやった。
午後1時16分。
対局が始まってから3時間16分後の異変だ。

里見はその視線に気づいたかどうか。
頬や顎に左手の甲を当てて、「はあぁ」とはっきりした溜め息をついた。
それから交換したばかりの銀を摘み、体重を乗せてビシッ!と天王山に打ち付けた。

第3図。
一見、タダ捨ての銀である。
が、これにうっかり△5五同銀と応じると ▲5三桂成△3二飛▲5二成桂△同飛▲4三金△5四飛▲5三金で先手の大技が決まる。
これは第2図の△7一玉によって生じた強攻策だ。

正座していた甲斐の前傾姿勢が一気に深まった。
その視線は真下、5三の地点に釘付けになっている。

  第3図以下の指し手
△7五歩▲5六歩△4五歩▲同 歩
△3六歩▲同 歩△1三角▲2八玉
△2六歩▲同 歩△5五銀▲同 歩
△6四歩▲5四歩△6五歩▲5八飛
△5四歩▲7五角△4三飛▲5四飛
△5三銀▲3四飛△3三銀(第4図)

勝負師の顔
里見の勝負手▲5五銀に対し、甲斐は△7五歩と角道を止めて急場を凌いだ。
ここから第4図までは難解かつハイレベルな叩き合いが続く。

▲5六歩で、両者の額の距離がグッと近づいた。
里見の自家製頬紅は、すでにまぶたの周辺まで広がっている。
そして2時5分、里見ははじめて甲斐の顔をチラリと見た。
時間にして0・01秒くらいか。それから眼鏡を外し、
「すいません」と無声音で告げてから席を立った。
その横顔は、少女でも女でもない、修羅場に足を踏み入れた勝負師の顔だった。

第4図以下の指し手
▲5四銀△3四銀▲4三銀不成△同銀
▲4一飛△8二玉▲2一飛成△7九飛
▲6四桂△2七歩    (第5図)

     

 

甲斐−里見戦の棋譜
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