第1期マイナビ女子オープン 本戦2回戦第4局
甲斐智美女流二段vs里見香奈女流初段

観戦記 畠山直毅


1度たりとも
▲8六角のあたりから、里見の頬にうっすらと紅が差してきた。
生来の色白のせいか、里見の興奮や緊張の度合いはこの紅の濃淡で読み取れる。
私の勝手な診断では、ボルテージは30%あたり。
一方、甲斐の表情は一貫してポーカーフェイス。
「ちょっと自信ないな〜」みたいな気だるい顔つきで
恐ろしい勝負手を連発するタイプだ。

対照的なふたりの顔を交互に眺めながら、私はちょっと不思議なことに気づいた。
入室してから1時間半もの間、ふたりとも対局相手の顔を見ていないのだ。
私が観察した限りでは、1度たりとも。

盤面に没頭するのが棋士の性分とはいえ、ここまで相手を見ない対局も珍しい。
ネットで全世界に随時表情がアップされるから、ついつい照れて伏目がちになるのか。いや、まさか。

おそらく、この対局姿勢が両者に共通の“棋風”なのだろう。
他者と戦うというより、子どもの頃からただただ将棋と真っ直ぐひたむきに向き合ってきた。
駒と対話しながら、情感や思念を盤の中に吸い込ませて生きてきた。
表情こそ対照的だが、里見と甲斐はそんな似た者同士なのかもしれない。

第2図。
甲斐がすぅっと力を抜く風情で玉を引いた。
後の6二銀引きなどを見せて無難かつ幸便な一手に見えるが、
局後に「軽率だった」と後悔する疑問手だった。
里見はこの瞬間を待っていた。
頬の紅が色濃くなるほど盤面を見据えてから、里見は席を立った。
両者は(おそらく)1度も視線を合わせることなく、昼休に入った

 第2図からの指し手
▲6五銀△同 銀▲同 桂△6四銀
▲5五銀       (第3図)

     

 

甲斐−里見戦の棋譜
特集ページに戻る