第1期マイナビ女子オープン 本戦1回戦第6局
石橋幸緒女流王位vs斎田晴子女流四段

観戦記 雨宮知典


午前中わずか16手
石橋は第1図で▲6八銀と自陣に手を入れた。
すぐに金や桂を取っても、かえって後手陣はすっきりしてしまう。
攻めを続けるにしても、
▲7三飛成に△9五角の王手飛車を食らう形のままではまずい。
それにしても、ここで手番を渡すようでは…。

斎田は「先手の動きは無理筋」と思っていた。
しかし現実に切らすとなると簡単ではない。
下手に受けると、かえって勢いを与えてしまう。
40分以上の長考で、△9九馬と香を取った。
駒得と馬得を主張し、先手に攻めさせたほうが受けやすいと判断した。
石橋は「いい手だ」と思った。
先手の攻めがつながるかどうか、きわどい。
11時55分を過ぎた。 昼食休憩までは間があったが、
石橋は「休憩に入れておいてください」と記録係に告げた。
午前中の指し手は、わずか16手。2日制タイトル戦なみのペースだ。
女流の対局でこんな展開は記憶にない。

筆者の目には斎田が余している将棋に見えた。
石橋はときに気が入りすぎ、つんのめるような将棋になることがある。
悪いパターンが出てしまったか。

午後1時に再開。石橋は▲7二銀としぶとく食いついた。自ら望んで飛び込んだ大乱戦。簡単に指しきってしまうわけにはいかない。執拗に攻め続け、いったんは「盛り返したか」と思った。しかし攻めが一息ついたところで局面を見ると、斎田の玉は広々として寄せの手掛かりがない。希望はすぐにしぼんだ。
  斎田は反撃含みの手を交えながら、石橋の攻めをいなしていた。馬を5五に引き付けたときの駒音は、感じていた手ごたえそのもののように高かった。
  ところが、斎田にミスが出た。王手で取れた銀を取りそこない、焦り気味に飛車を打ち込んだ。石橋はピシリと底歩を打ち、さっと席を立った。
第2図からの指し手
△5二玉 ▲7六銀△9八飛成▲5八金右
△4二玉▲6五銀左 △9七馬 ▲5四銀
△5一香▲4三銀成 △同 玉 ▲6五馬
△5四銀 ▲5五桂 △3三玉 ▲4三金
△2二玉 ▲6六馬 △4七香成▲同 金
△8七馬 ▲7八銀 △8六馬 ▲4八玉
△3五桂 ▲9九香     (第3図)

さすがのしぶとさ
第2図を前に、いつもピンと伸びている斎田の背筋がゆがんでいた。
石橋が目の前にいなかったせいか、
斎田の表情には後悔の念がありありと浮かんでいる。
闘志が萎えてしまったかのようにも見えた。
席に戻った石橋には余裕が感じられた。

自陣は妙な形ながら堅くなり、相手の飛車は2枚とも隅っこで窮屈にしている。
望外の展開だった。残り時間は30分。
斎田はすでに10分を切っていた。

しかし、斎田もしぶとかった。
秒読みに追われながらも玉の早逃げで手を渡す呼吸は、さすがの勝負術だ。
表情にはいつのまにか生気が戻っている。
苦しいレースの中で秒読みがリズムとなり、ラップタイムを維持していた。
倉敷藤花を失ってすぐ、女流名人位への挑戦権をつかんだ復活力は、ダテではなかった。

石橋は勢い良く寄せにいった。
決め手までは発見できていなかったが、
「そういう流れだ」と自らを奮い立たせ、駒を力強く打ち付けた。
攻め急ぎだったか、と見えた直後、石橋の香が隅に飛んだ。
斎田の龍が詰んだ。

     

 

石橋−斎田戦の棋譜
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