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精神科医・樺沢紫苑 厳選 脳と身体に効くとっておきの本

1968年から現代に問いかける、AIと人の境界線

このコーナーでは、いつもビジネス書を紹介していますが、今回は珍しく「小説」を紹介します。フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』です。

このタイトルを聞いて、「ああ、映画『ブレードランナー』の原作ね」と思った方は、かなりのSFファンです。

ハヤカワ文庫『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
フィリップ・K・ディック 著/浅倉久志 訳/早川書房

2017年10月27日に『ブレードランナー』の35年ぶりの続編となる『ブレードランナー2049』が公開されますから、それにあわせて『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(ハヤカワ文庫/以下「電気羊」)を改めて読んで見るのもおもしろいでしょう。

フィリップ・K・ディックといってもSFファン以外は知らない人がほとんどでしょうが、何を隠そう、私の最も好きな作家の一人です。映画『トータル・リコール』『マイノリティ・リポート』の原作も書いているといえば、思い出す人もいるかもしれません。

1982年公開の『ブレードランナー』。当時、高校生で『スター・ウォーズ』などのSF映画の大ファンでもあった私は、『スター・ウォーズ』でハン・ソロ船長を演じたハリソン・フォードが出演していることもあり、『ブレードランナー』に物凄くはまりました。そして、そのときに読んだのが、その原作である「電気羊」です。

近未来のアンドロイドが日常化した時代、"バウンティハンター"[注1]のデッカードが、逃亡中の"アンドロイド"を追跡するという物語。映画では「捜査官(ブレードランナー)」、「レプリカント」[注2]と名称やディテールがかなり異なります。映画と原作は、別ものとしてそれぞれ2度楽しめるのです。

「電気羊」の最大の凄さは、その骨太なテーマにあります。人間とアンドロイドの違いは何か? 人間とアンドロイドに大きな差がないとしたら、人間の人間たる所以は何か? 人間はアンドロイドと比べて何か特別なところはあるのか? 「人間存在」の本質的、哲学的な問題を突きつけてきます。

テーマとしては相当にディープなものですが、独特な近未来の世界観、そして読みだしたら止まらない圧倒手なエンタテイメント性があるがゆえに、高校生の私でも夢中になって読もふけったことを思い出します。そして、この本をきっかけに、ディックの世界にはまり、高校、大学時代はディック作品を手当たりしだいに読むことになります。

ディック作品の重要なテーマに、「自分や家族が、自分以外の何者かにのっとられている」という「替え玉妄想」(カプグラ妄想)があります。「電気羊」において、それは「本当に人間なのか? 実は、アンドロイドではないのか?」という疑念として描かれます。

精神科医になってから知ったことですが、ディックは重度のアルコール依存症であり、器質性脳障害に稀にみられる「カプグラ妄想」の症状を実際に有していたといいます。つまり、彼の作品は、「フィクション」でありながらも、実際に彼がリアルに体験していた「リアルな体験」を基盤にしている。精神医学的な「ノンフィクション」とみることもできるのです。

ディックが描き出す、想像を超越した極めてリアルな世界観。それは、彼自身が実際に体験している世界だった。だからこそ、そこまでリアルに描けた。そんな創造の秘密を、彼の精神世界の闇に見出すことができるのです。

数年前に、「電気羊」を読み直したい衝動にとられて、約30年ぶりに読み返したところ、その近未来の時代設定の凄さに度肝を抜かれました。最近、よく聞かれる、AI(人工知能)が人間の知能を超える「シンギュラリティリティ」(2045年問題)[注3]。あるいは、AIが人間に対して反乱を起こすのではないかという恐怖。そうしたものが、「電気羊」の中に、すでに描かれていたからです。

「そんなシンギュラリティリティの危険性の指摘など今さら珍しくない」と思うかもしれませんが、「電気羊」が書かれたのは、1968年のこと。AIが存在しないのは当然として、パソコンもインターネットすら存在しなかった。そんな時代に、ロボットとAIが極度に進化し、人間存在を脅かすことを予見していた。そんな、卓越した予見力をもって描かれたのが「電気羊」であるわけです。

時間ともに色褪せる小説が多い中、「電気羊」は”今”読む方が、その作品のインパクトは圧倒的に大きなものになっていると感じます。映画続編が公開され、ロボットやAI技術が格段に進化している今の時代にこそ、この作品の真の存在価値が現われているように思うのです。

 

[注1]バウンティハンター:賞金稼ぎ。脱走したアンドロイドを追跡し廃棄する(脱走したアンドロイドには賞金が掛けられている)。映画では「ブレードランナー」(捜査官)に変更されている。

[注2]レプリカント:アンドロイドのこと。

[注3]シンギュラリティ(2045年問題):人工知能の能力が2045年頃に人類を超えるという予測。


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著者プロフィール

樺沢紫苑(ブックコンシェルジュ)
精神科医、作家
1965年、札幌生まれ。札幌医科大学医学部卒。
Facebookやメールマガジン、Twitter、YouTubeなどインターネット媒体を駆使し、累計40万人以上に、精神医学や心理学、脳科学の知識、情報をわかりやすく発信している。月20冊以上の読書を大学生の頃から30年以上継続している読書家。そのユニークな読書術を紹介した『読んだら忘れない読書術』(サンマーク出版)は、年間ビジネス書ランキング第10位(オリコン)、15万部のベストセラーとなっている。著書は新刊『絶対にミスをしない人の脳の習慣』(SBクリエイティブ)、『神・時間術』(大和書房)をはじめ、『脳を最適化すれば能力が2倍になる』(文響社)、『ムダにならない勉強法』(サンマーク出版)など25冊以上。


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