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ちょっと週刊「猫街乗物放浪記」

赤信号が長い「旧柳ヶ瀬トンネル」(北陸本線旧線)と柴田勝家本陣の「玄蕃尾城」

最近の個人的な流行りは山城めぐり。
城を訪れることで戦国武将が身近になり、遺構を見ることで、かつてそこであった戦いが偲ばれる。特に、近江・越前(現:滋賀県、福井県東部)の城は、織田信長、羽柴秀吉、朝倉義景、柴田勝家、石田三成など、名高い武将が戦った舞台なので、心が弾む。そのなかで今回は、2017年に「続日本100名城」に選ばれたばかりの「玄蕃尾城」を訪ねることにした。

近江と越前の境目の城を 旧北陸本線のあとを辿って征く

「玄蕃尾城(げんばおじょう)」は、賤ヶ岳の戦いで、羽柴秀吉に対峙する総大将 柴田勝家の本陣があったところで、滋賀県長浜市余呉町と福井県敦賀市にまたがる境目の城。関ヶ原から琵琶湖岸を経て福井県今庄までを結ぶ「北国街道(ほっこくかいどう)」や敦賀市疋田から滋賀県柳ヶ瀬までの柳ヶ瀬道を見下ろせる、重要な地である。

玄蕃尾城がある柳ヶ瀬山(中尾山)に行くには、北陸本線木之本(きのもと)駅、もしくは余呉(よご)駅から旧北国街道沿いの国道365号を北に走って柳ヶ瀬集落まで行き、そこから柳ヶ瀬道を登っていく方法がある。また、柳ヶ瀬集落の先の雁ヶ谷から左折する道(福井県道・滋賀県道140号敦賀柳ヶ瀬線、昔の柳ヶ瀬道)を選び、柳ヶ瀬トンネルを通過し、出口すぐ右手にある山道を約2キロ登ったところに、登山口(実はこれもがあるので、そこから登る方法もある。前者は最近は道が荒れているという噂でちょっと不安。後者は登山口までタクシーでいける。おまけに、北国街道や県道140号、柳ヶ瀬トンネルは、旧北陸本線が通っていたところで、ちょっとした廃線めぐりにもなる。ということで、今回は柳ヶ瀬トンネルを経て登る方法を選んだ。

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《地図 1》旧北陸本線の地図。玄蕃場城は「地図では柳瀬山(中尾山)」と記されたところにあり、近江と越前の国境にある。 地図左手から中央に伸び、ちょうど柳ヶ瀬トンネルあたりから、右下に斜めに走るのが、「柳ヶ瀬道」。一方、右からほぼ左70度に上がっていくのが「北国街道」。この地図の範囲外右下にあたる柳ヶ瀬より北では二つの街道は交わらない。旧北陸本線のルートが道路になった今では、柳ヶ瀬トンネルがこの2つの道をつなぐことになり、便利なため交通量も多いようだ。なお、現在柳ヶ瀬トンネルは人の通行は不可らしい。 [『1916(大5) 製版 国土地理院2万5000分の1地図「中ノ河内」』 1916/04/30(大5)発行]

ホームが残っている旧中之郷駅と旧バス専用道路

余呉駅(よごえき)にタクシーが待っていた。ここから山城めぐり&廃線めぐりをスタートしよう。

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余呉駅。今の北陸本線になってから誕生した駅。余呉湖が目の前にある。

旧北陸本線の木之本-敦賀間が、いまの北陸本線(現行線)に変わったのが、昭和32年(1957年)のこと。木之本から列車が大きく左にカーブして最初の駅にとなる余呉駅もそのとき誕生した。一方、旧線はそのまま柳ヶ瀬線として残ったが、昭和39年(1964年)に廃止された。

タクシーは余呉駅から木之本方面に向かい、下余呉から国道365号線に入る。国道はここから1直線に走っており、旧北陸本線・柳ヶ瀬線の跡は道路になった。昭和48年(1973年)の国土地理院地図を見ると「国鉄バス専用道路」と書かれているとおり、20年あまりバス専用道路として存在し、JR民営化とともに一般に開放された。

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《地図 2》鉄道が廃止された後、平成になるまで、道路は「国鉄バス専用道路」になった。 [『1973(昭48) 改測 国土地理院2万5000分の1地図「中河内」』 1975/02/28(昭50)発行]

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《地図 3》平成になって、「国鉄バス専用道路」は一般に開放された。北陸自動車道ができて、昔の線路の後はだいぶんなくなった。 [『1991(平3) 修正 国土地理院2万5000分の1地図「中河内」』1992/02/01(平4)発行]

さて、タクシーはしばらく走り、長浜市役所余呉支所の対面に駅のホームと駅名板(復刻)がある。旧中之郷駅跡である。

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旧中之郷駅。プラットホームと、新しく作った駅名板が残っている。

しばらく散策し、北へ進む。途中、柴田勝家の身代わりになって死んだ「毛受兄弟の墓」をお参りし、柳ヶ瀬集落を通り、雁ヶ谷の県道140号との分かれ道をそのまま進み、柳ヶ瀬トンネルの上で、タクシーを止めた。

赤信号が長い! 柳ヶ瀬トンネル

トンネルの上を見ると、排気口が見える。柳ヶ瀬トンネルは25‰(パーミル:1/ 1000)と勾配がきつく蒸気機関車が立ち往生することもあって煙が蔓延することが多く、過去には死亡事故もあったそうだ。排気口は、この事故の後にトンネルの入り口部分を延長して取り付けられたようである。

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柳ヶ瀬トンネルの排気口

さて、再び雁ヶ谷の県道140号との分かれ道まで戻り、柳ヶ瀬トンネルに向かう。赤信号と車の列。赤信号はなんと6分30秒も続くらしい(※注1)。そうでもしないと、このトンネルは1352mと長いのに片側交互通行のため、車がこのトンネルを通過するあいだに、対向車が入ってくると正面衝突してしまうからだ。また、このトンネルを通ると、敦賀~疋田~木之本の近道にもなるために、意外と交通量が多いのだ。

さて、トンネルに入る。片側通行のトンネルは息苦しい。明治初期のトンネルゆえに、内径が小さい。車はトンネルを出た瞬間に右手の道に入り、登山口まで登っていく。

(※注1)【乗りものニュース】『日本一長い? 「赤」が6分30秒の道路信号機 誕生の背景に鉄道の歴史』(2016年9月19日)による

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柳ヶ瀬トンネル入口

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柳ヶ瀬トンネル内

良好に遺構が残る玄蕃尾城へ

登山口から玄蕃尾城までは約700m。途中、久々峠で、柳ヶ瀬方面の道と別れる。山道を500メートルほどいくと、玄蕃尾城の入口に着く。山城自体は、きれいに整備され、下草が刈られているため、わかりやすい。ガイドに付き添われた年配のツアーが城を熱心に見ていた。どうやら、余呉町の人々のようだ。ガイドが説明していたが、山城自体の整備は敦賀市が中心で、それも予算が潤沢にあるためらしい。

虎口や太い土橋、広い腰曲輪、本丸の一部で高くなっている櫓台、主郭部の横堀など、山城の遺構が良好に保存されており、土の城を堪能したのであった。

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山道を歩いていくと、「久々坂峠」にいたる。

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道をずーとすすむと柳ヶ瀬方面へ

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玄蕃尾城入口

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本丸と楼台

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土橋


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著者プロフィール

上杉さくら(ライター)
某出版社の元編集&ライター。最近の関心テーマは、クラシックカメラ、交通以外に、離島、山城、グルメ、歴史、新聞学など。コレクションとして戦前の日本・極東の彩色絵葉書・写真など。

コラム連載『ちょっとシュールに「猫街鉄道放浪記」』(2008年1月~2012年3月/マイナビニュース)
『PENTAX Q7撮り方ハンディブック』(共著・2014年6月/マイナビ出版)『Nikon D5500 & D5300ハンディブック』(共著・2015年12月/マイナビ出版)ほか。