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歴代最年少名人 芝野虎丸の軌跡

第2局 竜星獲得の一局 -対 余正麒七段 ①

2019年10月に、史上最年少の19歳で囲碁の名人位を獲得した芝野虎丸名人。新星誕生のニュースは、囲碁界の枠を飛び出して大きく駆け巡りました。
人前で言葉を発することがほとんどなかったというシャイな少年・芝野虎丸は、いかにして碁界の頂点まで登り詰めたか。
名人を一番近くで見続けた兄、芝野龍之介二段が、その幼少期から名人戦までの戦いを振り返りながら、その才能と人柄に迫ります。

黒 芝野虎丸三段 白 余正麒七段

2017年8月1日 放送日9月25日

初タイトル

虎丸にとって全棋士参加棋戦の中では初タイトルとなる、竜星を獲得した一局を紹介します。

このタイトルの獲得により、七段へ昇段し、史上最速七段の記録も達成しました。

虎丸がタイトルを取るということは夢にも思っていなかったので、ニュースで聞いたときは非常に嬉しかったです。

テレビ棋戦なので対局日と放送日がずれていて、結果だけは対局直後に知られていましたが、棋譜は放送日まで公開されておらず、虎丸が教えてくれないので私ですら知りませんでした。普段家で手合いの検討をすることもないので、見せつけてこられることは全くなかったです。

私は一度だけ、虎丸の中継されていた手合いの碁の感想を直接碁盤に碁石を並べながら聞いたことがあります。なんの碁だったかは覚えていませんが、気になるところがあったので私は「今日の碁検討しようぜ」と持ちかけ、虎丸は「なんだよ急に」などと言いつつ快諾してくれました。囲碁の話はいくらでもできるので楽しかったはずですが、わざわざお互い時間を空けるのも面倒なので、やはり一緒に囲碁の勉強をすることは滅多にないです。

竜星戦は持ち時間なし、初手から130秒の早碁です。早碁は自然と自分の得意な形に持って行きがちなので、棋風が出やすくなります。

竜星戦は私も相性のいい棋戦です。入段から3年連続で、全棋士中96人が入れる本戦ブロックトーナメントに進むことができています。ブロックトーナメントでは、序列順にブロックが割り振られていきます。この虎丸が優勝した次の期の本戦ですが、私は序列が参加者の中で一番低く、虎丸は前期優勝者ということで一番高い序列になっていたので、同じブロックに入っていました。10連勝しないと当たらないところでもあり、私は1局目で負けたので当たるかもしれないと感じることすらなかったですが。

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1

9と狭いところからヒラくのは珍しいです。重めに打って激しい戦いを目指す打ちまわしです。なかなか打たれ慣れないので、相手のペースに引きずり込まれないか不安になります。

虎丸の研究

虎丸は自分の得意な形にもっていきやすい布石をよく研究していました。時代とともに対策されてしまったりもっといい布石を見つけたりして変わっていくので、虎丸独自の得意布石は結構な数あります。同じ布石を打ち続けることで自己流を極めて行っているように感じていました。私としては打たれて自分が悪くなる訳ではなかったものの、毎回同じことをしてくるので対局するときはなんとなく嫌だったりしました。

虎丸になんで悪いのに打っているのか聞いたことがあります。そうすると虎丸は悪いと思っていない、むしろ良いと思っていると言ってきます。虎丸の布石は虎丸が黒番として組み立てられているので、「黒良いだろ」といった感じです。私は白が良い理由を説明します。「白地がこんなにあって、黒は外側にあるけどこれは活用できそうもない」といった具合です。それに対して虎丸は「ここ全部黒地にすればいい」とか、「白に対してこことここに石が来たら利く」とかのアピールポイントを言ってきます。しばらく論争が続きますが、最終的にはお互いの主張がどれだけ現実的なのかをわかりやすくするために対局が始まります。その時の対局は、気が付いていない良い手を打たれると勢いよく「待った」と言って手をはがして着手を変更したり、ある程度まで手が進んで形勢がはっきりしてくると「これはだめか」と言って手を大幅にまき戻して「ここでこう!」と全然違うことをしたり、やりたい放題でした。最終的にはどう納得したかは覚えていませんが、黒もそんなに悪くなさそうと思い直した記憶はあります。

AIが出てからも、様々な理論で虎丸から研究を披露されては対抗するということが何度かありました。記憶に残っているものだと、次図の局面が黒良しだというものです。このまま黒も白も全部縦に囲うと、黒は7列、白は(3列×2)で6列なので黒が1列分勝っていて大優勢だという理論です。分かりやすくすると、次図の手順を踏んで、どちらが良いかということです。この新理論を聞き、最初は白良いと私は主張していましたが最終的には黒良いということを納得させられました。虎丸が自分で編み出した面白い発想のときはたいてい私に試しに披露してきて、私も聞いたことがなくて面白いのでそれだけで1時間以上議論になることが多いです。この時はいつも笑いっぱなしな気がします。
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歌いながら打つ

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2

14と左辺を盛り上げつつ黒を攻めに来ました。下辺の白石は捨てることも見た打ちまわしです。余先生も戦闘的な棋風なので、ここから戦いが始まります。

虎丸は家では基本ネット対局をしています。ネット対局場には日本のプロだけでなく中韓のプロもいて、トップレベルの先生方もいるので対局相手には困りません。人間を凌駕する実力のAIが出てからはそういったAIとも対局できる場になり、私も虎丸もかなりの数打っています。私も虎丸もネットでの対局数は累計すると5万局を超えます。多い時は1日20局を超えています。私は大晦日に徹夜をして27局連続で対局したのが最高記録です。囲碁の勉強方法の中でネット対局が一番楽しいので隙があったらしていました。人と話すのも苦手だったため、検討をしなくてもいいのは私たちにとってはかなり楽でした。ネット対局中ですが、虎丸はよく歌を歌いながら打っています。正面でネット対局等の勉強をしていることが多かった私からしてみればかなり迷惑でしたが(笑)。妹や姉がピアノを弾いていることがあるので、その曲を歌ったり、小学校で習った曲を歌ったりしていました。その他の最近歌っている曲については私が音楽を全然聞かないため詳しく分かりません。どこで仕入れているのか不思議だったのですが、プロになってからは棋士仲間とカラオケによく行っているみたいで、そこでいろいろな曲を学んでいるみたいです。上手かどうかで言うと、私は他の人の歌を聞く機会があまりないため比較対象がなく、わかりません。しかし、噂で聞く限りではうまいらしいです。また、動画サイトで音楽を聴きながら対局をしていることもどうやら結構あるみたいです。これらのことは、周りに言うと虎丸が嫌がりそうと感じていたため、当時は誰にも言っていませんでした。興味を持たれて囲碁の勉強の邪魔をされるのも嫌だったという理由もありそうです。妹が気にせず言ってしまったので聞かれる羽目にはなりましたが。私は虎丸がどんな曲を歌うのか聞かれたとしても、私にとっては雑音でしかなかったので、何も分かりません。なので、しつこく聞かれても何も答えられず、困らされたことも多くありました。

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著者プロフィール

芝野 龍之介(著者)