第4回 芸術品を歩く、桂離宮 ~古都でおいしいハンバーグを~|くらしの本棚

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第4回 芸術品を歩く、桂離宮 ~古都でおいしいハンバーグを~

私――松川利美(まつかわりみ)は、人生で忘れることのない、とても刺激的な旅をした。
これは、そんな一泊旅行の中で取りこぼした、覚え書き。
大切な思い出を、ちゃんと心のアルバムに仕舞いたいから、私はメモを取る。
あの時に感じた旅の楽しさを、二度と失わないように――。

庭園を愛でるという文化は、いつから始まったのだろう。

世界中で人々の目を和ませる庭園文化。日本は、奈良時代に大陸より伝わったのが起源とされているらしい。今の『日本庭園』の形になりはじめたのは、平安中期だそうだ。
激動の時代を走り抜ける中、庭園文化もまた、独自の進化を遂げていく。
浄土式庭園、枯山水。そして回遊式庭園。
京都市の西京区にある桂は、平安時代より貴族の別荘地として親しまれていた。そんな桂の一画に『桂離宮』という、すばらしい庭園がある。

「江戸時代に創設された桂離宮は、かつて皇族の別邸として使われていたそうです」

参観コースに従って御幸道を歩いていると、やがて茅葺屋根のある御幸門が出迎えた。

「ちょうど、定員の空きがあってよかったな」
「参観の申し込みは当日受付もありますが、事前にもできるので、本来はあらかじめ予約しておいたほうがいいのでしょうね」

桂離宮は参観時間が決められていて、定員も限られているのだ。私と常盤さんは他の観光客にまじって庭を眺めながら、時々職員の説明に耳を傾ける。
見どころはたくさんあるけれど、一番に挙げるとするなら、この庭園自体の芸術性だ。庭の文化を奥深く楽しむことができる。

「桂離宮は回遊式庭園の最高傑作と言われています。中心に池を配置し、その周りを園路にして回遊する形式。要所にちりばめられた造形は、すばらしいのひと言に尽きますね」

そもそも回遊式庭園自体が、日本庭園の集大成と位置付けられているのだ。『庭を歩く』それだけの行為が、まるで展覧会で絵画を眺めるような感動をもたらす。
丸石を砂浜として敷き詰めた洲浜。灯台をイメージした石灯篭。そして石橋をつないで作られたのは、京都の名勝『天橋立』を見立てた景色。池の向こうに佇むのは、趣き深い書院や茶屋。
全ての景色には必ず池が目に入っていて、不思議と心静かに庭を散策することができる。

「すごいな、目に入る一つひとつの景色を、カメラに収めたくなる」
「それはきっと、目に見える景色が全て魅力的に映えているからなんでしょうね」
「ああ、紅葉の季節に行ったら絶対に綺麗なんだろうな。こんな風に庭を眺めていると、こんな俺でも一定の美意識はあるんだなあって思えるよ」
「こんな俺って、普段はどんな『俺』なんですか?」

思わず尋ねてしまう。すると常盤さんは「うーん」と唸り、ぽりぽりと後頭部を掻いた。

「がさつ?」
「自分で言ったらだめですよ」

くすくす笑ってしまった。でも、常盤さんの言うこともわかる気がする。 普段は気にも留めないもの。ありふれた景色。だけど庭園にはそこに特別さがある。人の手によって美しく設えられた庭園という芸術品。
静寂の中にある自然美や人工的に配置された池、石階段。その一つひとつに、私達は小さな美を感じて心を動かすのだ。
それは言葉にすると『心が洗われる』というものになるのかもしれない。
美しい景色を眺めて心に栄養をつけたら、次はお腹を満たす番だ。

桂離宮から桂川街道に出てしばらく南下すると、地元で人気のある手作りハンバーグ店『とくら』が見えてきた。アットホームで馴染みのある店構えに、思わず味を試したくなる。

「旅行添乗員をしていた頃、京都出身のお客さんに教えてもらったんです」

店に入ると、ふわりと香るハンバーグの匂い。もうこれだけで、お腹が減ってきた。

「東京からわざわざ京都に来てハンバーグか。今までになかったチョイスだな」
「たしかに京都らしさはないかもしれませんね。でも、湯豆腐や和菓子って続くと、次はがっつりお肉も食べたくならないですか?」
「なるなる!」

一も二もなく頷く常盤さん。お肉のおいしさは正義なのだ。
注文したのは定番のハンバーグランチ。シンプルなハンバーグプレートに、お茶碗のごはんと、お味噌汁、そしておつけものがついている。この見慣れた料理の姿に嬉しくなる。

「なんだか、家庭のハンバーグって感じがいいな」
「不思議な懐かしさを覚えますよね。では、いただきます!」

手を合わせてお辞儀し、割りばしでハンバーグを切り分けると、中からたっぷりの肉汁がじゅわりとあふれ出た。ふわりと立ちのぼる焼きたてハンバーグの香りに、思わず顔がにやけてしまう。

「ハンバーグって、嫌いな人いるのかな。絶対おいしいですよこれ……おいしい!!」

ブツブツ呟きながらハンバーグを口にして、おいしさにクワッと目を見開かせると、常盤さんが肩を震わせて笑った。

「シンプルだからこそ、肉質のある牛肉の味がしっかり出ている。ごはんにぴったりだ」

肉汁とソースが合わさったところを、ハンバーグでぬぐうように塗ってパクッと口に放り込む。ジューシーなお肉の味に心が幸せを感じて、うっとりと味わう。

「おいしいハンバーグって、本当に感動的ですよね。家庭料理として馴染みがあるからこそ、違いがよくわかります。そのおいしさは、ステーキや焼肉とは違うんですよね」
「肉のうまさだけじゃない味わい深さがあるよな」

舌鼓を打って味わっていると、あっという間に食べ終わってしまう。心がホッとするお味噌汁を飲んで、次はどこに行こうかと京都旅行に思いを馳せた。


(イラスト:桔梗楓)

 

SHOP DATA
「手づくりハンバーグの店とくら 桂本店」
京都府京都市南区久世上久世町516-6 グランドール桂川畔1F
TEL(075)932-2526

書籍情報

※この連載は下記書籍のスピンオフストーリーです。
マイナビ出版ファン文庫より 3月20日ごろ発売予定!
おいしい逃走ツアー!  東京発京都行き ~SAサービスエリアグルメ食べ歩き~(桔梗楓・著 マキヒロチ・イラスト)』(旧題:ツアープランはサスペンス)

「第2回お仕事小説コン」優秀賞受賞!

旅行会社に勤める松川利美(まつかわりみ)と、その上司・常盤真(ときわまこと)が主人公。
ひょんなことから、謎の箱を京都に届けることになったふたり。だが、箱を狙う追っ手がやってきて…? 東京―京都間を、実在するサービスエリア等の美味しいグルメや京都などのご当地グルメを食べつつ、ドライブしながら謎の箱を持って逃げまくる、美味しくスピード感溢れるお仕事グルメミステリー! カバーイラストは大人気コミック『いつかティファニーで朝食を』『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』の漫画家・マキヒロチ氏の描きおろし!

【201704旅行・京都】

プロフィール

桔梗楓(著者)
桔梗楓(ききょう・かえで)
娯楽小説を中心に物書きを営む。趣味はコンシューマーゲームと家庭菜園。ドライブ旅行は年数回のお楽しみ。2015年に『コンカツ!(アルファポリス刊)』が「第8回恋愛小説大賞(アルファポリス)」大賞を受賞し、2016年にデビュー。同年9月に『ツアープランはサスペンス』が「第2回お仕事小説コン」で優秀賞を受賞し、今年3月20日に『おいしい逃走(ツアー)!  東京発京都行き ~SA(サービスエリア)グルメ食べ歩き』と改題されてマイナビ出版ファン文庫より刊行予定。
※本連載は書籍『おいしい逃走(ツアー)!  東京発京都行き ~SA(サービスエリア)グルメ食べ歩き~』のスピンオフストーリーです。