第3回 『祇園さん』でお参りを。 ~祇園祭のルーツと、草わらび餅~|くらしの本棚

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第3回 『祇園さん』でお参りを。 ~祇園祭のルーツと、草わらび餅~

私――松川利美(まつかわりみ)は、人生で忘れることのない、とても刺激的な旅をした。
これは、そんな一泊旅行の中で取りこぼした、覚え書き。
大切な思い出を、ちゃんと心のアルバムに仕舞いたいから、私はメモを取る。
あの時に感じた旅の楽しさを、二度と失わないように――。

京都が誇る繁華街、四条通から東に向かうと、こんもりとした山が見えてくる。京都市を囲む山のひとつ、東山だ。
近くには高台寺や知恩院などの有名なお寺、そして祇園があるけれど、東山のふもとで真っ先に目に飛び込んでくるのは、朱色に彩られた立派な楼門だろう。

八坂神社。歴史は長く、京都を語るには欠かせないお祭りが深く関わっている。

「それは祇園祭です。日本三大祭りのひとつですね」

てくてくと四条通を歩きながら話す。祇園四条と呼ばれるこのあたりは、右を見ても左を見てもお土産や京雑貨の店が並んでいて、私の隣を歩く常盤さんが「ああ」と思い出したように手を打った。

「祇園祭。俺、行ったことがないんだよな。本当は山鉾巡行とか見てえんだけど」
「私は何度か見ましたが、すごい数の観客と、お祭りの熱気に当てられますね。そして昼に見る山鉾巡行のスケールの大きさと、夜にライトアップされる山鉾の幻想的な美しさに圧倒されます」

祇園祭は山鉾巡行の日が一番有名だけど、本当は7月の初めから末日にかけて行う長期的なお祭りだ。かつて京が都だったころ、疫病が蔓延した際に疫神や悪霊を鎮めるために祭りをしたのが、祇園祭の起源と言われている。
悪い霊や神をやっつけるのではなく『鎮め、なだめる』。この考え方は日本独特と言われていて、私はそういった古来の考え方が結構好きだ。良い神も悪い神も、同じ神として礼節を重んじているように思えるから。
八坂神社は、そんな祇園祭を祭礼にしている神社で『祇園さん』と呼ばれている。
立派な西楼門をくぐると、境内は広くて開放的な造りになっていた。
まずは手水舎で手と口を清め、正面に佇む本殿で柏手を打つ。
しばらく黙って祈りを捧げ、私達はじゃりじゃりと玉砂利の音を鳴らしながら、境内を散歩した。

「八坂神社は広いよなぁ」
「そうですね。本殿から東に行くと円山(まるやま)公園。南楼門から出ると、二年坂や清水寺に通じています」

円山公園には“祇園の夜桜”と呼ばれる有名なしだれ桜があり、二年坂は数々の土産屋や料理屋が並ぶ、観光地らしい場所だ。
この辺りはどこに顔を向けても見どころが満載で、目を回してしまいそうになる。
私は先導するように南楼門を出て、高台寺の方面に向かって歩いた。
自然と足がそちらに向かってしまったのは、きっと常盤さんに教えておきたいお店があったからだろう。

「この先には、ねねの道という小路があります。近くにある高台寺は、豊臣秀吉の妻ねねが建立したとされるお寺なので、小路もその名前にちなんでつけたのでしょうね」

車では通れないような細い道をとおり、私達はねねの道にたどり着く。石畳で舗装された道には沢山の人が行き交っていて、日本人もいれば外国人もいた。国際的に有名な観光地ならではの光景だろう。
そんなねねの道に、歴史を感じさせる店構えを持つ、有名な茶店がある。その店の名は茶房『洛匠』だ。
店の前まで来て、物珍しそうに眺める常盤さんに説明する。

「ここは、草わらび餅が人気のお店なんですよ。店内でいただくこともできますから、ちょっと入ってみましょうか?」
「お、そうだな。ちょうど、ひと息つきたいと思っていたところだ」

常盤さんが乗り気だ。私達はのれんをくぐって、盛況な賑わいを見せる店内で空いている席を案内してもらう。
注文したのは、抹茶と草わらび餅のセットをふたつ。

窓から見える庭は立派な日本庭園になっていて、池には色鮮やかな鯉が優雅に泳いでいた。

「いい店だな。庭は見応えがあるし、古都らしい茶店の雰囲気もいい」
「でしょう? さらにここは、わらび餅が本当に美味しいんですよ。いただきましょう」

テーブルの手元に置かれた草わらび餅を目の前にして、にまにました笑みが止められない。抹茶が練り込まれた薄緑色のわらび餅には、たっぷりのきな粉がかけられていて、私は黒文字でわらび餅を取ると、ぱくりと食べる。

「ああ……しっとり、まろやか。鼻に抜けていくきな粉の風味と、ほのかな抹茶の香り。透きとおるような甘さがたまりません」
「上品な味だなあ。歯ごたえもやわらかくて、ひんやりした舌触りもいい」
「やっぱり京都に来ると、洛匠のわらび餅は食べたくなりますね。お持ち帰りもできますから、お土産に買うのもありですよ」

甘いわらび餅を食べて、少し苦い抹茶を飲む。口の中にあった甘さがうっとりするほど爽やかに洗い流され、次のわらび餅のひと口が、また新鮮な気分で味わえた。

「和菓子と抹茶って、永久に楽しめる組み合わせですよね。和菓子、抹茶、和菓子、抹茶と交互に食べれば、ずっとそれで行けそうです」
「その気持ちはわからんでもないが、松川には無理だよ」

軽く笑いながら、常盤さんが抹茶を飲む。どうして?と私が不思議そうな顔をすると、彼は意地悪そうにニヤリと笑った。

「お前は食いしん坊だから、和菓子と抹茶だけじゃ、絶対満足しねえよ」
「な……! 食いしん坊って、なんだか屈辱的です。子供扱いは、やめてください!」

ムカッとして怒りの言葉が口を突く。だけど常盤さんは笑顔のまま、のんびりと最後の草わらび餅を食べていた。


(イラスト:桔梗楓)

 

SHOP DATA
京東山高台寺「洛匠」
京都市東山区高台寺北門通下河原東入鷲尾町516
TEL(075)561-6892

書籍情報

※この連載は下記書籍のスピンオフストーリーです。
マイナビ出版ファン文庫より 3月20日ごろ発売予定!
おいしい逃走ツアー!  東京発京都行き ~SAサービスエリアグルメ食べ歩き~(桔梗楓・著 マキヒロチ・イラスト)』(旧題:ツアープランはサスペンス)

「第2回お仕事小説コン」優秀賞受賞!

旅行会社に勤める松川利美(まつかわりみ)と、その上司・常盤真(ときわまこと)が主人公。
ひょんなことから、謎の箱を京都に届けることになったふたり。だが、箱を狙う追っ手がやってきて…? 東京―京都間を、実在するサービスエリア等の美味しいグルメや京都などのご当地グルメを食べつつ、ドライブしながら謎の箱を持って逃げまくる、美味しくスピード感溢れるお仕事グルメミステリー! カバーイラストは大人気コミック『いつかティファニーで朝食を』『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』の漫画家・マキヒロチ氏の描きおろし!

【201704旅行・京都】

プロフィール

桔梗楓(著者)
桔梗楓(ききょう・かえで)
娯楽小説を中心に物書きを営む。趣味はコンシューマーゲームと家庭菜園。ドライブ旅行は年数回のお楽しみ。2015年に『コンカツ!(アルファポリス刊)』が「第8回恋愛小説大賞(アルファポリス)」大賞を受賞し、2016年にデビュー。同年9月に『ツアープランはサスペンス』が「第2回お仕事小説コン」で優秀賞を受賞し、今年3月20日に『おいしい逃走(ツアー)!  東京発京都行き ~SA(サービスエリア)グルメ食べ歩き』と改題されてマイナビ出版ファン文庫より刊行予定。
※本連載は書籍『おいしい逃走(ツアー)!  東京発京都行き ~SA(サービスエリア)グルメ食べ歩き~』のスピンオフストーリーです。