くらしの本棚

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第5回 伏見稲荷で参拝 ~千本鳥居を抜け、関西の甘味で涼を取る~

私――松川利美(まつかわりみ)は、人生で忘れることのない、とても刺激的な旅をした。
これは、そんな一泊旅行の中で取りこぼした、覚え書き。
大切な思い出を、ちゃんと心のアルバムに仕舞いたいから、私はメモを取る。
あの時に感じた旅の楽しさを、二度と失わないように――。

京都市の伏見区には、いつしか外国人観光客から高い人気を得るようになった名所がある。それは地元の人々にも親しまれている『伏見稲荷大社』だ。

「伏見稲荷大社は、全国にある稲荷神社の総本宮と言われています。そんな『お稲荷さん』の原点が、奥に鎮座する稲荷山なんですよ」

JR奈良線・稲荷駅を下車すると、かの神社はすぐに見えてくる。大きな鳥居をくぐれば、立派な楼門の奥にこんもりした山がちらりと見えた。

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手水舎で手や口を清めて本殿に近づけば、まるで狛犬のように向かい合わせで鎮座する白狐(びゃっこ)の像がある。常盤さんはそれを興味深そうに眺めた。

「松川。ここ、狐が何か咥えてないか?」
「いいところに気づきましたね! 実は大社の数カ所にある白狐の像は、それぞれ四つ、咥えてるものが違うんですよ」

伏見稲荷大社は商売繁盛、五穀豊穣のご利益があるとして有名だ。毎年お正月になれば、人の海かと思う程の参拝者が訪れる『商売の神様』である。

「昔の商売の要はお米でしょう? だから白狐のひとつは稲穂を。そしてもうひとつは『知恵』に例えた巻物を。さらに玉鍵信仰の象徴として鍵と玉を咥えているんですよ」

ぱん、ぱん。本殿で私たちは二礼したあと柏手を二回打ち、一礼する。
暫く黙って願い事をした後、稲荷山に入るために白い石階段を上った。

「なんか、香ばしくていい匂いがしないか?」
「スズメの丸焼きですね」

私が答えると、常盤さんはぎょっとした顔をして「スズメ!?」と聞き返してきた。

「スズメは米作においては害獣なんです。だから昔の人はスズメを捕えていたんですよ。そして、捕らえたからには食べたってことなんじゃないでしょうか。鳥ですし」
「と、鳥。……松川って時々、思考がすげえシンプルだよな」
「どういう意味ですか。カリッと香ばしくて、美味しいですよ。帰りに食べてみます?」
「い、いや……いい」

何故かげっそりした表情をして歩を進める常盤さん。残念、おいしいのになぁ。
伏見稲荷大社の本殿からずっと奥へ行くと、京都旅行のポスターなどでよく見かける有名な光景が目に飛び込んできた。

「これは、実際に見ると壮観だな」

常盤さんが感心した声を出す。

千本鳥居。山の頂上に向かって、トンネルのように朱色の鳥居が連なっている。ここを目当てに来る観光客も多く、周りでは写真を撮っている外国人観光客が多く見られた。
ゆっくりと山道を歩けば、目の覚めるような朱色の隙間から、稲荷山の美しい緑が見え隠れする。

「ただ鳥居が並んでいるだけなのに、まるで異世界だな」
「ええ、神秘的な風景ですよね」

観光客でごった返す稲荷山は、なぜか不思議と、静謐な雰囲気に満ちていた。初夏の季節でも色濃い緑のおかげで、清涼感もある。
鳥居が並ぶ稲荷山の山道は思ったよりも急勾配で、私達は段々と息をきらせながら、黙って上り続けた。
勝負事の神様が祭られている熊鷹社を参拝し、さらに頂上を目指す。すると、中腹の四つ辻にたどりついて、私達は「わぁ」と声を上げる。

「すげえ、京都が一望できるな」
「素敵な場所ですね……。ああ、山登りの疲れが癒されるようです」

空から吹く風が、ハイキングで汗ばんだ肌を爽やかになでる。四つ辻は開かれた休憩所になっていて、展望台から見える京都の景色は壮大だった。

「ちょっと、そこの茶店で休憩するか」

常盤さんの提案に頷く。私達が寄ったお店は「仁志むら亭」。店の中に入ると、昆布だしのいい匂いが鼻腔をくすぐった。

「冷たい飲み物と、何かちょっとつまみたいよな」
「そうですよね。あ、常盤さん。稲荷寿司がありますよ!」
「おお、いいな~。じゃあそれと、俺はグリーンティを頼もうかな」
「私はひやしあめにします」

店員に注文をしてから、折角だからと、店の外側にある長椅子に座った。そよそよとした風が心地よく、見晴らしも良い。しばらくすると、お皿にこんもりと盛られた稲荷寿司と、飲み物が届いた。常盤さんはまず、喉の渇きを潤すようにグリーンティを飲む。

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「飲みやすくて、後味がすっきりしてる。甘い抹茶もいいな」
「冷たくておいしいですよね。グリーンティって、関東じゃあまり見ない飲み物ですし、私も京都に来たときは飲みたくなります」

粉末にした宇治抹茶と砂糖を加えた冷たいグリーンティ。うだるような京都の蒸し暑さでも、ひとときの涼を得られる。
私も冷たいひやしあめをこくりと飲んだ。まったりとした甘い味に、ぴりりとするショウガのスパイス。ひやしあめは麦芽水飴を湯で溶いたものにショウガを加えた関西発祥の飲み物だ。ショウガの力で、夏バテの疲労回復にもよいのだそう。

「はあ~、歩き疲れも吹っ飛びそうですね」
「そうだな。ん、稲荷寿司もうまい。一休みに食べるには丁度いい量だ」
「本当。三角の形が可愛いです」

まるで狐の耳のような形をした、三角に丸まった稲荷寿司。手でつまんでパクッと食べると、油揚げからじゅわっとした甘さを感じて、中に入っている酢飯は、黒ゴマとごぼうの風味がした。

「稲荷寿司、おいしい! 口の中でほろりと崩れると、じんわりと甘辛い味が広がります。疲れてる時に、この味は最高ですね」
「まだまだ中腹だし、ここでエネルギーをいっぱい補給して、残りの山道も頑張ろう」
「はい!」

ひやしあめをこくりと飲んで、もうひとつ、稲荷寿司を口に放り込む。
初夏の風を感じながら、レトロな飲み物と食べ物に舌鼓を打つ。中腹から見る景色も綺麗だけれど、稲荷山の頂上はどれだけ素敵なんだろうと、想いを馳せた。


(イラスト:桔梗楓)

 

SHOP DATA
「仁志むら亭」
京都府京都市伏見区稲荷山官有地四ッ辻
TEL(050)3491-1894

書籍情報

※この連載は下記書籍のスピンオフストーリーです。
マイナビ出版ファン文庫より 3月20日ごろ発売予定!
おいしい逃走ツアー!  東京発京都行き ~SAサービスエリアグルメ食べ歩き~(桔梗楓・著 マキヒロチ・イラスト)』(旧題:ツアープランはサスペンス)
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「第2回お仕事小説コン」優秀賞受賞!

旅行会社に勤める松川利美(まつかわりみ)と、その上司・常盤真(ときわまこと)が主人公。
ひょんなことから、謎の箱を京都に届けることになったふたり。だが、箱を狙う追っ手がやってきて…? 東京―京都間を、実在するサービスエリア等の美味しいグルメや京都などのご当地グルメを食べつつ、ドライブしながら謎の箱を持って逃げまくる、美味しくスピード感溢れるお仕事グルメミステリー! カバーイラストは大人気コミック『いつかティファニーで朝食を』『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』の漫画家・マキヒロチ氏の描きおろし!

 

プロフィール

桔梗楓(著者)
桔梗楓(ききょう・かえで)
娯楽小説を中心に物書きを営む。趣味はコンシューマーゲームと家庭菜園。ドライブ旅行は年数回のお楽しみ。2015年に『コンカツ!(アルファポリス刊)』が「第8回恋愛小説大賞(アルファポリス)」大賞を受賞し、2016年にデビュー。同年9月に『ツアープランはサスペンス』が「第2回お仕事小説コン」で優秀賞を受賞し、今年3月20日に『おいしい逃走(ツアー)!  東京発京都行き ~SA(サービスエリア)グルメ食べ歩き』と改題されてマイナビ出版ファン文庫より刊行予定。
※本連載は書籍『おいしい逃走(ツアー)!  東京発京都行き ~SA(サービスエリア)グルメ食べ歩き~』のスピンオフストーリーです。