第2回 大人の嵐山 ~ひろうす食べ歩きと、絶品湯豆腐~
2017.02.01
私――松川利美(まつかわりみ)は、人生で忘れることのない、とても刺激的な旅をした。
これは、そんな一泊旅行の中で取りこぼした、覚え書き。
大切な思い出を、ちゃんと心のアルバムに仕舞いたいから、私はメモを取る。
あの時に感じた旅の楽しさを、二度と失わないように――。
嵐山と言えば、京都の中でも指折りの観光地だ。修学旅行に観光客、様々な人々が訪れる場所のひとつ。
見どころも多く、神社仏閣はもちろんの事、有名な竹林の道はさやさやとした竹の音が爽やかで、耳に心地よい。それから、是非トロッコ列車にも乗ってみるべきだ。ゴトゴトとした揺れを感じながら眺める保津川の峡谷は美しく、紅葉の季節など圧巻の一言。更に亀岡から遊覧船に乗って、保津川下りを楽しむのもいい。
さて、嵐山の大通りを清凉寺に向かってまっすぐ歩くと、老舗のお豆腐屋さんがある。
それは『森嘉』という、嵯峨豆腐のお店だ。
店構えは京都らしい奥ゆかしさのある、控えめな佇まい。お店に近づけば、すでに沢山の観光客が列を成していた。
「おお、すげえ人気だな」
隣を歩く常盤さんが、顎を撫でながら感心した声を上げる。
「名の知れたお店ですからね。嵯峨豆腐はその舌触りがなめらかで、大豆の味わいも深く、普段食べているお豆腐とは全く違いますよ」
「ふうん。人気の秘訣は、やっぱり味か」
京都の豆腐料理は有名だ。噂によると、京都の湧水が豆腐作りに適しているのだとか。
私は列に並び、飛龍頭(ひろうす)をふたつ購入する。
「はい、常盤さん。おひとつどうぞ」
常盤さんは素直に受け取り、その場でパクッと食べた。
「ん、これはがんもどきか?」
「ええ、こっちでは飛龍頭って呼ぶんです。何だか京都って、呼び方が雅ですよね」
私も頬張る。コクのある油がじゅわっと染み出るけど、全くくどさを感じない。揚げたての飛龍頭は外側がカリッとして、しっとりした豆腐の味わいが口いっぱいに広がった。中に入っているのはユリネや銀杏など、具だくさんだ。
「ユリネのほっくりした甘さがたまらないですね。複雑な味が楽しめます」
「出汁につけなくても、素材がよければうまいものなんだな」
私より先に食べ終えた常盤さんは、興味深そうに森嘉の外観を眺めた。
「土産もいいけど、折角京都に来たんだから、できたての豆腐も食べたいよな」
「そんな常盤さんには、丁度お向かいにあるお料理屋さんをおすすめしますよ」
ヒョイッと両手で指し示す。やっと気づいたように、常盤さんは後ろを振り向いた。
「おおっ、本当だ。京料理、湯豆腐……おきな。これはまた、京都らしい雰囲気のある店構えだな」
「森嘉のお豆腐を扱っているそうですよ。確かに、大人のお店って感じがしますよね」
渡月橋近くの騒がしさに比べて、しんと静まった嵯峨野の一角。趣きのある日本家屋に、白いのれんがたなびいている。
それは京料理の『おきな』。格式の高そうな佇まいが、荘厳に見える。
「ちょっとひとりで入るには勇気がいりそうだが、松川はここに来た事があるのか?」
「いえ、実はないんです。昔、京都好きのお客さんに、おすすめだと教えて頂きました」
私は過去、旅行会社で添乗員を勤めていたことがある。京都観光の案内をしていた時に、ツアー客から教えてもらったのだ。
「なるほど。ランチもやってるみたいだな。ちょっと入ってみるか?」
常盤さんの一言で、私達の昼食は決定した。
店の中はこじんまりしていて、手前に個室があり、奥には白木のカウンターが伸びていた。
とても静かで、落ち着いた雰囲気に満ちている。私達は客席に案内され、湯豆腐定食をふたつ注文した。
しばらくして並べられた湯豆腐定食は種類豊富で、京都らしさが溢れている。
野菜の天ぷらに、賀茂ナスの田楽、だしにひたした飛龍頭、真ん中に置かれたほかほかの湯豆腐。
さっそく私は、つゆの中に湯豆腐を入れ、かつおぶしやネギなどの薬味をたっぷりとかけた。そしていただきますと手を合わせてから、箸で豆腐を摘み、口に入れる。
「ああっ! なんておいしい。大豆をぎゅっと濃縮したようなコクのある豆腐は舌触りがなめらかで、あっさりした出汁は澄んだ味がします。とても上品な湯豆腐ですね!」
「これはうまいな。湯豆腐なんてどれも同じだと思ってたけど、全然違う」
「ええ。まるで豆腐が、美しい友禅染めの着物を着ているかのよう……」
ほう、と幸せの息をついて感想を口にすると、ご飯を頬張っていた常盤さんが「げほっ」と咳込んだ。
「お前、メシ食ってる時に、それは反則だろ!」
「何がですか。素直に思った事を述べているだけですよ」
時々常盤さんは、私のごはんに対する感想に、むせたり、噴き出したりする。失礼な人だ。
私は気を取り直して、飛龍頭も箸で切って、口に入れた。
「出汁がしみこむと、また味わいが変わっておいしいですね」
「うん。そのまま食べるのも十分おいしいけど、こっちは手間がかかっている分、味わい深いよな」
嬉しそうに常盤さんが微笑む。田楽や天ぷらも、ひとつひとつが丁寧に作られていて、とても幸せなひと時を過ごした。
食べ歩きや、地元のB級料理も好きだけれど、たまにはこんな素敵なお店でランチも、悪くない。
おいしい料理は、素敵な旅の思い出になるのだから。
(イラスト:桔梗楓)
SHOP DATA
「嵯峨豆腐 森嘉」
京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町42番地
TEL(075)872-3955
「京料理 おきな」
京都市右京区嵯峨釈迦堂大門町11
TEL(075)861-0604
書籍情報
※この連載は下記書籍のスピンオフストーリーです。マイナビ出版ファン文庫より 3月20日ごろ発売予定!
『おいしい逃走! 東京発京都行き ~SAグルメ食べ歩き~(桔梗楓・著 マキヒロチ・イラスト)』(旧題:ツアープランはサスペンス)

「第2回お仕事小説コン」優秀賞受賞!
旅行会社に勤める松川利美(まつかわりみ)と、その上司・常盤真(ときわまこと)が主人公。
ひょんなことから、謎の箱を京都に届けることになったふたり。だが、箱を狙う追っ手がやってきて…? 東京―京都間を、実在するサービスエリア等の美味しいグルメや京都などのご当地グルメを食べつつ、ドライブしながら謎の箱を持って逃げまくる、美味しくスピード感溢れるお仕事グルメミステリー! カバーイラストは大人気コミック『いつかティファニーで朝食を』『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』の漫画家・マキヒロチ氏の描きおろし!
【201704旅行・京都】