前回紹介したとおり、映画「犬神家の一族」(1976年/角川春樹事務所制作・東宝配給)の舞台は架空の街である信州(長野県)那須市です。今回は悲劇の中心となった犬神家の屋敷、通称「犬神御殿」のあった場所を訪ねてみたいと思います。
映画は、那須市の那須湖畔にある犬神御殿で三国連太郎さん扮する財界の大物の犬神佐兵衛翁の臨終シーンからスタートします。遺言状を作成した古館法律事務所に勤める若林豊一郎(西尾啓さん)から相続に関係した調査を依頼された探偵の金田一耕助(石坂浩二さん)は那須市を訪れることになります。若林が宿泊先として指定した那須ホテルの部屋からは那須湖が一望でき、対岸には犬神家の屋敷である通称犬神御殿が建っていました。
那須市に限らず那須湖も架空の存在ですが、撮影は前回紹介した長野県の仁科三湖の青木湖と木崎湖周辺がロケ地として使われていました。仁科三湖は長野県大町市にあり、松本駅からJR大糸線に乗って北に向かい、豊科町(現安曇野市豊科)→穂高町(現安曇野市穂高)→松川村→大町市のさらに先になります。大糸線に乗っているとまず木崎湖が見えてきます。木崎湖の手前にある信濃木崎駅から歩いて10分、湖の東側にある次の駅の稲尾駅かさらに先の溝の口駅からわずか数分のところにあります。キャンプ場や温泉、ホテルには信濃木崎駅の方が近いのですが、取り敢えず湖を見たいということであれば稲尾駅か溝の口駅がいいでしょう。本当にすぐ近くなので迷うことはありません。ちなみに木崎湖はアニメ「おねがい☆ティーチャー」(2002年/WOWOW/井出安軌監督)の舞台でも有名な場所です。
稲尾駅を降りて踏切を渡りそのまま1本道を数分行くと木崎湖の湖畔に着きます。周囲は6.5kmで水深は29.5mと大きな湖で、小型ヨットやカヌーなどのウォータースポーツも盛んです。
2番目の湖である中綱湖へは溝の口駅の次の簗場駅で降ります。駅から100mほどのところに橋があり、そこに差し掛かると中綱湖が目の前に広がります。他の二湖に比べるとかなり小さな湖で水深も浅いこともあって湖畔からヘラブナやウグイ、マブナ釣りが手軽にできる雰囲気のよい湖です。
周囲2.2km、水深は最大で13mと中綱湖は本当に小さい湖です。春にはオオヤマザクラが美しく春を彩り、冬には他の湖と同様にワカサギ釣りも楽しめます。
中綱湖からさらに北に行くと仁科三湖最後の湖である青木湖が現われます。中綱湖と200mほどしか離れておらず、徒歩であれば簗場駅から中綱湖を見ながら青木湖に向い、そのまま湖の西側の道を進むと青木湖キャンプ場やホテルブルーレイク&リゾートに行くことができます。簗場駅の次の駅はヤナバスキー場前駅で青木湖とわずか100mぐらいの距離ですが、東側になるので各レクリエーション施設とは反対になります。
青木湖は、周囲6.65km、最大水深58m、長野県では諏訪湖、野尻湖に次いで3番目の広さの湖です。犬神一族のさまざまな思いが今もこの湖を漂っているかもしれません。
犬神御殿のあった場所は映画のシーンの風景から考えると青木湖であることは間違いありませんが、あのような大きな屋敷は実在しません。湖を撮影したフィルムに屋敷を合成しているわけですが、屋敷の風景は映画の中でほんの一瞬しか映し出されず、しかも御殿の周りは木々が生い茂っているだけでなく季節によって印象も映画とはだいぶ異なり、さらに映画公開からすでに数十年が経過しているので自然の様子もガラっと変わっています。そのため、那須ホテルのあったと思われる青木湖畔の東側に立って眺めてみても屋敷の位置がよくわかりません。
そこで、ボートに穴を開けられて溺れそうになる野々宮珠代(島田陽子さん)を助けるために下男の猿蔵(寺田稔さん)が湖に飛び込んだ岸壁と小屋を目印に位置を特定してみるといいでしょう。猿蔵が飛び込んだ場所は、実際には昭和電工株式会社大町事業所青木発電所の取水口で、映画の中ではその上に犬神御殿が建てられていたことになっています。ちょうど中綱湖から青木湖キャンプ場に行く道路の途中あたりになります。
猿蔵が珠代を助けるために飛び込んだ岸壁は、犬神御殿の一部という設定ですが、この取水口で間違いありません。映画では古びた小屋でしたが現在確認できるのは近代的な建物です。
那須ホテルから金田一耕助が見た際に映し出された対岸のカットとほぼ同じ構図の写真になります。映画のシーンと小屋(赤い目印)の部分を重ね合わせてみると犬神御殿の位置は塗り潰された場所にあったことがわかります。
映画のカットは拡大されていて実際にはこのような感じに見えます。塗り潰された部分が犬神御殿のあった場所になりますが、映画では左にある建物は映っていません。しかし、実際には青木発電所や民宿、青木湖姫鱒増殖センターなどがあります。
青木湖は本当に不思議な湖です。標高822mの高さに位置するこの湖は、仁科三湖の中でも最大水深58mの深さと9.8mという抜群の透明度を誇り、その湖面の色は最大水深13mの中綱湖や29.5mの木崎湖とはかなり違った印象を受けます。特に犬神御殿があったと思われる道路から青木湖を望むとその神秘的な姿に心を奪われます。
取水口の上にはキャンプ場につながる道路が通っており、取水口の上から青木湖を眺めることができます。普段は人気が少ない場所ですが、散策する機会があればぜひここからの青木湖も見ていただきたいと思います。
「犬神家の一族」のシーンで人々に強烈な印象を与えたのが、湖から突き出た2本の足のカットです。映画を観ているとドッキとする場面の一つで、映画のポスターにも使われました。位置は、那須ホテルから見ると犬神御殿の右側にある陸地の突き出た入江のような場所ですが、ここにはキャンプ場が密集していて、「青木湖桐野キャンプ場」「青木荘テント村」「青木湖キャンプ場」「大向キャンプ場」「青木荘キャンプ場」が並び、さらにその先には「ホテルブルーレイク&リゾート」があり、大自然の中でキャンプからバーベキュー、ウォータースポーツ、サイクリング、テニス、スキーまであらゆるレクリエーションを楽しむことができます。
この写真の中央ぐらいに足が突き出ていました。映画ではオドロオドロしい雰囲気でしたが、実際には清々しい美しい場所です。周囲にはキャンプ場だけでなく、ボートやカヌーの貸し出しているお店もあります。暑い夏に広い湖でノンビリと過ごすのもよいでしょう。
猿蔵が珠代を助けるために飛び込んだ場所は青木湖ですが、珠代が溺れかけて猿蔵と金田一に助けられるシーンは木崎湖で撮影されました。映画というものは面白いもので、異なる場所で撮影しても編集によって同じ場所のように映像を作り上げてしまいます。そもそも、那須湖、犬神御殿、那須ホテルは本当にあるかのような錯覚に陥ってしまいますが、実際にはフィルムの中に構築された虚構の世界であり、ロケ地として使用された場所が残っているだけなのです。もちろん、金田一耕助をはじめとして、犬神一族も実在するわけではありません。
しかし、公開から40年近くが経過した現在でも作品を懐かしんでロケ地を訪れる人は絶えません。市川崑監督と石坂浩二さんの金田一シリーズの最高傑作は個人的には「悪魔の手毬唄」なのですが(日本映画全体から見ても秀逸の作品だと思います)、1970年代に日本映画の方向性に大きな影響をもたらしたのは犬神家の一族であり、徹底したエンターテインメントの追求の姿勢と出演者の卓越した演技、一瞬たりとも見逃せない見事な演出によって、何度見ても飽きることがありません。犬神家の一族は多くの人の心を捉えた日本映画を代表する作品の1つなのです。
次回は、映画の中で異彩を放っていた那須神社を紹介する予定です。
ボートに穴をあけられた珠代が溺れそうになった場所は、青木湖ではなく木崎湖にあり、写真の中央あたりで撮影されました。稲尾駅から歩いてすぐの湖畔から映画のカットとほぼ同じ風景を見ることができます。
水深が半分ぐらいしかないせいか湖面の色を含めて雰囲気は明らかに青木湖とは異なります。先にも述べたようにアニメ「おねがい☆ティーチャー」の舞台としても有名な観光地で、さまざまなウォータースポーツを体験することができます。
【犬神家の一族について】
横溝正史原作の探偵金田一耕助が活躍する長編推理小説。「犬神家の一族」は、信州那須市の犬神財閥の総帥である犬神佐兵衛翁の死と共に勃発した連続殺人事件を描いた作品である。映画としては、片岡千恵蔵主演の「犬神家の謎 悪魔は踊る」(1954年東映)、市川崑監督/石坂浩二主演の「犬神家の一族」(1976年東宝)および「犬神家の一族」(2006年東宝)の3本が制作され、特に1976年の「犬神家の一族」は、角川春樹事務所が制作した意欲的な作品で斬新な演出や豪華なキャストで話題を呼んだ。犬神佐兵衛に三国連太郎、古館弁護士に小沢栄太郎、那須神社神官に大滝秀治、橘警察署長に加藤武、犬神松子に高峰三枝子、犬神梅子に草笛光子、宮川香琴に岸田今日子、犬神幸吉に小林昭二、犬神寅之助に金田龍之介といったベテラン俳優陣に加えて、あおい輝彦、島田陽子、地井武男、坂口良子など注目の若手俳優も加わった一大プロジェクトであった。この作品を機に、監督の市川崑と主演の石坂浩二は、2作目「悪魔の手毬唄」をはじめとして「獄門島」「女王蜂」「病院坂の首縊りの家」を世に送り出すことになる。2006年のリメイク版「犬神家の一族」では、市川崑監督をはじめとして、金田一耕助、橘警察署長、那須神社神官は同じ俳優が演じていることでも話題になった。1976年版はブルーレイが、「犬神家の一族 完全版 1976&2006」はDVDが発売されている。また、古谷一行、中井貴一、片岡鶴太郎、稲垣吾郎らが金田一耕助を演じたテレビドラマが放送されている。
長野県の白地図に仁科三湖の場所を表示してみました。3つの湖が縦に連なっており、美しい景色に加えて、釣りやボート、キャンプ、サイクリングなどのレクリエーションも楽しむことができます。青木湖では、ワカサギの穴釣りが手軽に楽しめるようにボートセットや穴釣りセットなどのサービスを提供しています。ただし、今年のような暖冬の際は湖面は凍結していても穴釣りができない場合のありますので予め状況を確かめてください。
<青木湖へのアクセス>住所:長野県大町市平青木。アクセス:安曇野インターチェンジから60約分、長野インターチェンジから約55分。JR大糸線簗場駅から徒歩約15分。参考情報:長野県大町市観光協会、信濃大町桜情報
<中綱湖へのアクセス>住所:長野県大町市平中綱。アクセス:長野自動車道安曇野インターチェンジから約55分、長野インターチェンジから約50分。JR東日本大糸線簗場駅から徒歩約3分。参考情報:長野県大町市観光協会、信濃大町桜情報
<木崎湖へのアクセス>住所:長野県大町市平木崎。アクセス:長野自動車道安曇野インターチェンジから約45分、長野インターチェンジから約60分。JR大糸線信濃木崎駅から徒歩約10分。参考情報:長野県大町市観光協会、信濃大町桜情報
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