椎葉伊作連続刊行記念 書下ろし短編『怖いモノと怖くて恐ろしくて悍ましいモノ |978STORE

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椎葉伊作連続刊行記念 書下ろし短編『怖いモノと怖くて恐ろしくて悍ましいモノ

椎葉伊作先生連続刊行企画の特典SS閲覧ページです。
本作は『オウマガの蠱惑』(KADOKAWA)の特典SSの後編、
また『怪異―百モノ語―』のネタバレを含む内容になっております。
本編をお読みになってからご閲覧いただきますようお願いいたします。

閲覧期限:2027年5月19日23時59分まで
【ご注意】
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怖いモノと怖くて恐ろしくて悍ましいモノ

 ―――痛い、苦しい、気持ち悪い、怖い、助けて。
 そんな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合いながら襲ってきて、頭がおかしくなりそうだった。
 何もかもを奪われているのも、それを助長させた。アイマスクで視界を奪われていて、自分がどこにいるのかも分からず、口は布でぐるぐる巻きに封じられていて、悲鳴を上げることも助けを呼ぶこともできず、手足は座っている椅子に縛り付けられていて、身動きひとつ取れなかった。
 あれから、自分の身に何が起きたというのだろう。朦朧とする意識の中で、必死に思い出す。
 夜、自分の部屋で過ごしていたら、突然鳴ったインターホン。
 ドア越しに聞こえた「宅急便です」の声。
 Amazonで何か頼んでたっけ。それか、親からの仕送りかな。そう思いながら、躊躇いも無くドアを開けた。今にして思えば、随分と不用心だった。
 外に立っていたのは、顔色の悪い見知らぬ男。泣き笑いのような表情を浮かべながら、蚊の鳴くような声で「ごめんね」と告げられた。
 瞬間、頭に走った鈍痛。ぼやけた視界に、頬に伝った玄関タイルの冷たくザラついた感触。
 気が付くと、リビングの真ん中でパソコンチェアに座らされていた。身動きできないように手足をガムテープで縛られ、口も塞がれていた。
 そして目の前には、ベッドのサイドテーブル代わりにしていた丸椅子に腰かける男。その手には、包丁が握られていた。
 殺されるのだと思った。私の人生は、ここで終わりなのか。こんな見ず知らずの男に、呆気なく終わらせられるのか。そんな風に絶望した。
 男は、意識を取り戻した私に何度も「ごめんね」と繰り返していた。そして、しきりに部屋の中や窓の外を見渡していた。挙動不審で、明らかに様子がおかしかった。まるで、幻覚でも見えているかのようだった。
 だが、男はやがて、覚悟を決めたような、絶望の底に沈んだような、枯れ切った表情を浮かべた後、不意に笑って―――。
 耳を傾けることしかできなかった。逃げられもせず、悲鳴も上げられなかったから。
 ただひたすら、男の口から語られる恐怖――百モノ語を聞いた。
 だが、とうとう最後に独白とも取れる百話目を語り終えた後、男はロフトの手すりにロープを掛けて、首を吊って……それから、男がビクビクと痙攣して、ロープが軋んで、やがてぐったりとこと切れて、初めて目の前で人が死ぬのを目の当たりにして、怖くて、悲鳴を上げたくて、でもできないでいたら、男の口から、真っ赤な舌がずるりと零れ出て、怖くて、それが、なぜか、止まらなくて、怖くて、ズルズルと、まるで、臓物でも吐くかのように、ドロドロと、怖くて、グチャグチャの、気持ち悪いモノが、蛸みたいな、蜘蛛みたいな、足が、怖くて、触手が、ぬらぬらと、怖くて、這い寄ってきて、足を、腹を、怖くて、胸を、ぬらぬらと、伝って、怖くて、それには、顔があって、怖くて、目が合って、怖くて、こわくて、こわくてこわくてこわくてこわいこわいあのときくちをこじあけられてわたしのべろはしたはあのえたいのしれないモノにうばわれてなりかわられてこえがたすけてがいえないこわいだれかだれかたすけてたすけてたすけて―――、

「オイ」

 突然、誰かの声がした。と思ったら、強烈なミント臭がツンと鼻を刺した。

「聞こえてるか? 俺の言葉は分かるか?」

 目の前に、誰かがいるようだった。ガタガタと震えながら必死に頷くと、突如としてアイマスクが取り去られた。目を瞬かせてピントを合わせると、
「フン……」
 目の前に、男が立っていた。派手な柄シャツに身を包んだ大柄な長髪の男が、眉間に皴を寄せながら、ギラリとした威圧的な鋭い目で私を見下ろしている。
 わけが分からず、首を捻って辺りを見渡すと、襖と畳が目に付いた。
 私は、四方を襖に囲まれた八畳間の和室の、中央に置かれた椅子に縛り付けられているようだった。頭の上で、紐付きの丸い蛍光灯がチカチカと明滅している。
 なぜこんな所に――と、なぜか思考が落ち着きを取り戻して、悪夢のような出来事の続きを思い出す。
 確か、得体の知れない恐怖で気が触れそうになって、暴れていたら、椅子が倒れて、それでも暴れていたら、異常なほどの騒音を訝しく思ったのか、隣室に住んでいる顔見知りの女の子が部屋に入って来て、拘束を解いてくれて、心配の言葉を掛けてきて、答えようとしたら、口の中に激痛が走って、悶えていたら、顔をしかめてどこかに電話し始めて、それから、スーツ姿の男が現れて……。
 そこからの記憶は曖昧だった。スーツの男からあれこれと訊かれたような気がするが、声を出そうとしたら舌の根に引き千切られるかのような激痛が走って喋ることができず、自分の身に起きたことを伝えられなかった。それでも、スーツの男はしつこく訊き出そうとしてきた。その内容は覚えていないが、紙とペンを差し出され、震える手で何かを書いたことは思い出せる。
 他に覚えているのは、隣室の女の子とスーツの男の会話の断片。

 ―――隣に住んでて――偶然――幸運だな――うちらの仕事――ちゃんと調べてから――感じる――取り込んでる――たくさん――りょーちゃん――これ多分ヤバい――ぶんらんじに運んで――先生と――ごうちゃんを―――。

 他にも車のエンジン音や、お経のような声もおぼろげな記憶の中にあるが、いつのものかは分からない。気が付いたら、この有様だった。
「なあ」
 胃の腑に響くような、低く掠れた重い声色で呼び掛けられた。
「今から口の封を解くが、ガタガタ喚くなよ」
 私が頷くのを待たずに、男は私の口を何重にも覆っている布を解き始めた。縛り付けられた足の上に、はらりはらりと落ちていくそれには、判読不能の奇怪な文字が延々と書き連ねられていた。
「―――はあっ、はあっ……」
 封が解かれた瞬間に、口で大きく息を吸った。酷く気分が悪い。二日酔いとも違う、胸焼けとも違う、強いて言えば煮えたぎったヘドロを飲み込んだ時に催す嘔吐感のような、得体の知れない感覚が身体の内側に居座っている。
 その正体は、きっと―――、
「……っ!?」
 突然、男が右手で私の頬を挟み込むように掴んだ。異様に迫力のある顔を近付けてきて、閉じることのできない口の中を見下すように覗き込んでくる。
「……チッ」
 やがて、男は舌打ちをして手を離すと、背中を向けて、
「見当違いじゃねえか。阿久津(あくつ)の野郎……」
 意味の分からないことを忌々し気に呟いた。かと思うと、柄シャツの袖を捲りながら、こちらに向き直った。露わになった両腕には、奇怪な刺青がびっしりと彫られていた。
「オイ、これから何が起ころうが……恐れるんじゃねえぞ」
 困惑する私にそう言い放つと、男は胸の前で刺青に覆われた腕の甲を見せつけるようにして構え、

 ―――バチンッ!

 と、勢いよく打ち合わせた。それが何度も繰り返されるのを茫然と眺めていると、急に背筋に冷たいものが走った。場の空気がキリキリと張り詰めて―――、
「……ひっ!」
 息を呑んだ。
 目の前に、だらりとぶら下がった足が現れた。
それは、ゆっくりと降りてきて、何者かの首吊り死体だと分かったが、なぜか頭が現れず、首が伸び切って身体だけが畳に沈んでいった。かと思うと、ビシリと家鳴りにしてはやけに大きな音がして、上を見ると部屋の左隅の柱に太い釘が刺さっていた。何かがこびりついていることに気付いた瞬間、耳元でコォーンッと金属音がして、思わず首を竦めると、視線の先に土下座をしている何者かの後ろ姿があった。その何者かは、ゆっくりと振り向くと、「酒はどこだ?」と無表情で言った。その隣に、泥だらけの足が立っていた。視線を上げたが、泥の足の主はおらず、代わりに主婦然とした格好の女が立っていて、「電車にぶつかると、こうなっちゃうんですよねえ」と言いながら、両手に抱えている何かをボトボトと畳の上に落とした。それは、血と肉片にまみれたカラフルな幼児用のおもちゃだった。と同時に、カンカンカンカンと踏切が鳴る音が外から聞こえて、右の襖を見遣ると胎児の形に似た染みがじわじわと浮かび上がっていた。はぐ、ちゃぐ、ちゃぐるる、と耳元で獣が何かを咀嚼しているような音がして咄嗟に振り返ると、背後にずらりと真っ黒な人影が手を繋いで並んでいた。その内の一体だけテレビの砂嵐を合成したかのような姿をしていて、その影が笑ったと感じた瞬間、「やっと気づいたの?」と声がして、向き直ると頬のこけた女が顔の前で穴のように丸く開いた口から、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
「……っ!?」
 悲鳴を上げようとしたが、なぜか声が出なかった。代わりに、胃液が込み上げて来て、げええっ、と自分の足の上に吐いた。それでも嗚咽が止まらずにいると、耳元で「たぁすけてぇ」と録音したようなノイズ混じりの子供の声がした。
 経験したことの無い激しい嘔吐感に苛まれながら顔を上げると、八畳間は先程までとはまったく別の、より恐ろしいモノたちの巣窟と化していた。
 畳の上をベチャベチャと這い回る、腕の生えたボロ雑巾のような肉塊。柱を爪でガリガリと引っ掻きながら何事かを喚いている、痩せこけた裸の女児。天井から垂れ下がって怨めしそうにこちらを見つめる、ずぶ濡れの女の生首。片足を引きずりながら歩き回る、大きく開けた口からダラダラと血を垂れ流す全身が赤黒く焦げ付いた人影。しゃがみ込んでバラバラ死体の断片をでたらめに繋ぎ合わせようと弄り回している、角の生えた骨と皮だけのミイラじみた異形。
 右の襖には奇妙な模様が額に彫られた姿見が立てかけられていて、その中で白髪の老婆が首を掻き毟りながら笑い続けていた。その反対側の左の襖には大きな油絵が張り付けられていて、その中に描かれている白い服を着た髪の長い女が黒一色の目で信じられないほど嬉しそうに微笑んでいる。
 不意に首元に違和感を覚えて見遣ると、頭上の電灯から垂れ下がっている紐が黒い蛇と化してぬらぬらと巻き付いていた。それと絡み合うかのように不気味な白いもやが漂っていて―――、
「……っっっっっ!!」
 凄まじい恐怖に襲われて、悲鳴を上げようとしたが、声が声にならなかった。代わりに、喉がブルブルと痙攣し始めて、
「げぇええええっ……!」
 噴水のように勢いよく血を吐いた。と同時に、私の口の中で何かが蠢いた。
 まるで、口の中にもうひとつ心臓があり、それがドクンと疼いたような感覚。それは、口の中で大量のミミズが暴れ回るかのような気色の悪い感覚に変わり、

 ―――ヴジュアアアアアアアアアアッ!

 汁っぽい叫び声と共に、私の口から舌――ではなく無数の触手が飛び出した。蛸の足のような、百足のような、臓物のような細いものが、眼前の虚空でぬらぬらと踊り狂い―――、
「っっっ!? っっっっっ!!」
 私をさらなる恐怖に陥れた。
 嫌だ、私が、こんな、私の、身体は、得体の知れない、化け物に―――、
「っっっっっっっっっっ!!」
 凄まじい恐怖に駆られる中、ぬらぬらと踊り狂う触手の向こうに、立ち尽くす男が見えた。
 男には、異形がしがみついていた。二つの顔が混ざり合い、長い髪を振り乱し、首が裂けた、四本腕で、腰から下が蛇のように長い一本足の、人の形からかけ離れたモノが、愛おしそうにがっちりと男に組み付いていた。その混ざり合った顔が、男の耳元で何事かを囁き続けている。
 だというのに、男はまったく動じていなかった。忌々し気に、恐ろしいモノだらけの和室を見渡している。まるで、害虫でも眺めるかのように。
 と、その時、男が私を見遣った。瞬間、

 ―――グジュアアアアアッ!

 汁っぽい叫び声が上がった。それは、踊り狂う触手の中で一際太い、本体じみたモノから発せられていた。
 が、それも一瞬のことで、本体はぬらりと鎌首をもたげたかと思うと、無数の触手と共に、じゅるじゅると私の口の中へ引っ込んでいった。
「う、げっ、げぇええっ……!」
 気色の悪いモノが信じられない収縮率で口の中に収まり、吐き気と恐怖で身が震えた。が、なぜかそれよりも恐ろしかったのは、
「フン……」
 と鼻を鳴らして、
「こんなイミテーションのクソ雑魚共にビビるとでも思ってんのか?」
 何事も無かったかのようにゆらりと歩み寄ってくる、男の方だった。
「ぐ、ぐルなっ!」
 気が付くと、叫んでいた。来るな、と言ったつもりだったが、声が濁る。
「ぎゃメろっ! ぢガよるナっ!」
 忠告しているのに、男は止まらなかった。周りに蠢く恐ろしいモノたちに、構うことも無く。
「ごっヂにグるナあァァアアッ!」
 叫び声を上げて忠告したのに、男は――待て。
 今、叫んでいるのは私なのか。
 違う。私の声ではあるが、私ではない。私の意思で叫んでいるのではない。
 今、男に対して、来るな、やめろ、近寄るなと叫んでいるのは―――、
「ギッ……!」
 男は刺青だらけの左腕で、私の顎を掴んだ。そして、
「……すぐ終わる。気を確かに持ってろ」
 と言い放ち、同じく刺青だらけの右腕で私の両目を覆うように掴んだ。視界が奪われたかと思うと、口が凄まじい力で無理矢理こじ開けられる。
「ア゛ッ!」
 反射的に声が漏れた。瞬間、全身に経験したことの無い、悍ましい感覚が伝った。
 鳥肌が立つ、では済まなかった。身体中の血が一滴残らず搾り取られたかのように青ざめて、得体の知れない怖気が肌という肌を這い回る。産毛までもがゾワリと逆立ち、大気そのものが氷になったのかと思うほどのヒリついた寒気が襲う。
 そして、一瞬の静寂の後、無数の怪音が耳に纏わりついた。
 ゾワゾワとたくさんの何かが這い回っているかのような音。カチカチと歯を鳴らしているかのような音。キイキイという木が軋んでいるかのような音。ブゥウウンと無数の羽虫が飛び回っているかのような音。グルルルと無数の獣が一斉に唸っているかのような音。ボタボタと粘性の高い何かが垂れているかのような音。ガリガリと何かを爪で引っ掻いているかのような音。シュウウウという何者かの息遣い。クフフフという囁くような笑い声。キュイイイイという笛の音のような耳鳴りのような音と、キョキョキョキョッという甲高い何かの鳴き声と、ギャッギャッギャッギャッという何なのかも分からない音が――怖い。
 音や気配だけだというのに、恐ろしかった。
 先程まで、和室中に蔓延っていたモノよりも、ずっとずっと悍ましいモノを前にしている気がした。
 桁が違う。質が違う。
 あんな表面的な恐怖ではない。
 まるで背骨や脳の髄に直接毒牙を突き立てられて隷属させられているかのような、そんな絶対的、本能的な恐怖を感じさせる存在が、私の前に――と、不意に、

 ―――バサァッ……

 と、大きな何かがはためいているかのような音がした。瞬間、すべての恐ろしい音と気配が消え失せ、

 ―――ギェオオオアアアアアアアアアアアアアッ……

 言葉では形容できないほどの、ただひたすらに怖くて恐ろしくて悍ましい、耳障りな声が響き渡った。
「ア゛ッ……!」
 それに呼応するかのように、舌が――口の中にいたモノが蠢いた。かと思うと、ぬりゅりと外へ這い出て、
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
 濁った叫び声を上げた。途端に、頭の中で悲鳴が上がる。

 嫌だ、助けて、
 何だ、こいつは、
 怖い、まさか、
 こんな奴が、いるはずが、
 恐ろしい、助けて、
 奪われる、
 語った、
 何もかもが、
 こいつに、
 喰われる―――、

「ギヂュッ……!」
 という肉を噛み潰したような音がして、舌が引っ張り上げられた。身動きができないまま、釣り上げられた魚のように悶えていると、口の中で舌が根からブヂブヂと引き千切られているかのような凄まじい激痛が走り—――、
「っっっっっ!!」
 意識が、ぐらりと揺れて遠のいた。というよりも、私の一部が――いや、私の一部に成り変わって意識を占有していたモノが、無理矢理引き剥がされているかのようだった。
 自分の身に起きていることを、本能で理解させられる。
 身体も、精神も、怖くて恐ろしくて悍ましい絶対的な何かに喰われ―――。



 ―――え……うぶ……ねえ……

 呼び掛けられている気がして、顔を上げると、
「あっ、気が付いたっ。ねえ、大丈夫?」
 目の前に、隣人の女の子の顔があった。心配そうに、私の顔を覗き込んでいる。
「ううっ……」
 どうにか、ぼやけた意識を覚醒させていると、誰かと誰かが言い争っている声が耳に付いた。
「俺の出る幕じゃなかったじゃねえかよ、クソが」
「お前にとっては雑魚同然かもしれないが、危険なモノに変わりは無かっただろう」
「フン、あんな有象無象を寄せ集めて一丁前を気取ってるカス如き、俺じゃなくても始末できただろうが」
「期待させて悪かったが、そこまで言われる謂れは――」
「もーっ! 二人とも喧嘩しないでっ! お隣さん、気が付いたんだよっ!」
 女の子が一喝し、言い争いの声が止む。やっとのことで頭を覚醒させて見遣ると、大柄な男二人が女の子の後ろで向かい合っていた。
 一人は見覚えのあるスーツの男で、もう一人は―――、
「ひっ……!」
 なぜか、その姿を認めた瞬間、恐怖に駆られて喉が鳴った。
 あの長髪の男は―――、
「オイ」
 怯える私に向かって、男は、
「お前に憑いてた……百モノっつったか? あれは祓い殺したから安心しろ」
 そう言うと、手に持っていた飲み物をグイッと煽った。かと思うと、和室の隅に向かって、ブバッ! と吐き散らし、
「チッ……不味(まっじ)いな、クソ」
 と、空になった容器を放って襖を開け放し、和室から出て行ってしまった。
「あっ、ごうちゃん! 待ってよーっ!」
 女の子は慌てて立ち上がると、
「りょーちゃん、あとはヨロシク!」
 と言いながら、男を追いかけるように出て行ってしまった。
 一人残されたスーツの男がため息をつきながら呆れ顔で佇む中、長髪の男が放った空の容器がゴロゴロと目の前まで転がってきた。
 それは、ワンカップの瓶で――と、その時初めて、自分が失禁していたことに気が付いた。
 恐らく、あの時……。
「あ、あの……」
 一体、私の身に何が起きたんですか、と続けようとした時、
「何も覚えていない方が身の為ですよ」
 私の考えを見透かしたかのように、スーツの男が言い放った。
「安心してください。事態は収束しましたから」
 そう続けられながら、手足に施されていた拘束が解かれた。困惑しながらも、よろよろと立ち上がると、開け放たれた襖の向こうに、長髪の男の後ろ姿が見えた。神社の境内らしき砂利敷の中の石畳の道を、気怠そうに歩いている。その背中に向かって、隣人の女の子が何事か話しかけながらじゃれついていた。
「あ……あの人たちは……何者なんですか……」
 呆然と呟くと、
「彼らは、怪収屋です」
 聞き慣れない言葉が返ってきた。
「ああ、これは非公認の名称だったか。まあ、ともかく、こういった仕事をする連中ですよ。あなたは運がいい。偶然、 池戸 (いけと) が――我々の身内が隣室に住んでいたことで助かったんですから」
「そ……その……ありがとうございます……」
「礼には及びませんよ。あなたの身に起きたことを考えればね」
「で、でも、助けてくれて――」
「これからが正念場ですから」
「……え?」
「しばらくの間、まともな生活は送れないことを覚悟してください。奴の荒療治を受けた人間は大抵の場合、数多の霊障に悩まされるようになりますから。奴に() てられた気が抜けるまでは、我々の監視下で過ごしてもらいます」
 スーツの男の説明を聞きながら、私は呆然と歩き去っていく長髪の男の後ろ姿を見つめていた。
 ……あの男は、一体―――、

 ―――ドウニカナッタツモリデイルノ?

 何者かが、耳元で囁いた。