2022.11.02
鬼才じゃいがもが放つ、珠玉のショートショート6作品を収録した『吾輩は亀であった』。
痛快にしておどろおどろしく、時に感動を覚える変幻自在の短編集となっています。
ここでは表題作「吾輩は亀であった」を公開します。
すべて読みたい方はこちらからご購入ください。
https://book.mynavi.jp/ec/products/detail/id=134088
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吾輩は亀であった
じゃいがも
吾輩は亀である。名前はまだない。
どこで産まれたかなどの記憶は、すでに忘却の彼方である。
ただ嵐に遭い、浜辺に打ち上げられたところを、乙姫様という美しい姫様に助けて頂いた事だけは、しかと記憶している。
乙姫様は、かつて海底に栄えた竜宮族の末裔で、海の底に立つ竜宮城という城の皇女であらせられる。
ところが、この乙姫様、なかなかの曲者。
表向きは立ち振る舞い麗しく、王や王妃にとっては珠の如き皇女なのだが、本性は違う。下働きの者にはきつく当たり、わがまま放題、やりたい放題。更には吾輩の命を救った事に恩を着せ、方々より自分好みの殿方を集めさせるのだ。
手筈は、こうだ。
吾輩は適当な浜辺に出向くと、近くの漁村の子供らに菓子を与え、吾輩に暴力を加えさせる。
大抵、殴られ損に終わるのだが、稀に、子供らから吾輩を救ってくれる若者が現れる。
吾輩はその若者を吟味し、乙姫様がお喜びになるであろう美しい若者だけを、礼と称して乙姫様の待つ竜宮城へと連れてゆくのだ。
連れてこられた若者は、最初こそ乙姫様の美貌に心奪われ、毎夜繰り返される宴に夢見心地となる。
だが、いよいよ乙姫様の寝所に招かれると、そこで乙姫様の本性を知るのである。
乙姫様は若者を足蹴にし、暴言を浴びせ、まるで猫が鼠を弄ぶように、若者の心も身体も蹂躙するのである。
若者はたちまち我に帰り、家に帰りたいと懇願する。ここで乙姫様は、素直に若者を家へと帰すのだが、必ずある物を土産として持たせるのである。
それは、「玉手箱」と呼ばれる竜宮族に伝わる罠で、その玉手箱から立ち込める特殊な煙を浴びた者は、たちまち老人の姿に変わってしまうのだ。
それだけなら、まだ良い。運の悪い者はその後、動物や昆虫などに変わってしまう。
乙姫様は若者の悲惨な最期を想像し、それを肴に酒を飲む。誠に性悪なお方なのである。
そして吾輩はまた、美しい若者を捕まえる為に、とある浜辺へとやって来た。
吾輩は早速、近くの漁村の子供らに甘い菓子を与え、吾輩に暴行を加えさせた。
すると程なくして、一人の若者が現れ、子供らをかき分け吾輩を助けてくれた。
見れば、乙姫様の喜びそうな美しい若者である。吾輩はいつものように礼と称して、若者を竜宮城へと運んだ。
若者は名前を「浦島太郎」といった。
乙姫様は太郎をたいそう気に入られ、その日から礼と称した乱痴気騒ぎが始まった。
太郎と乙姫様は連日、浴びるように酒を飲み、豪華絢爛な数々の料理を喰らい、踊り狂った。
この太郎という男も、初めの数日は殊勝な素振りを見せていたが、場の雰囲気に飲まれ、すぐに馬脚をあらわした。大虎と化した太郎は、踊り子達を大声で罵り、足蹴にし、着物を剥ぎ取り乱暴の限りを尽くした。
側にいた乙姫様も、高笑いしながら手を叩いて囃し立てた。
それからすぐに、太郎と乙姫様は、寝所へと消えた。
普通ならば、一刻もしないうちに寝所から若者が飛び度してくるのだが、太郎は違った。一時あまり寝所で乙姫様と事を楽しみ、恍惚の表情で宴会場へと戻ってきたのだ。
その後も太郎と乙姫様は、酒を飲んでは寝所へ移り、事が済んだら酒を飲みを繰り返し、気が付けば実に三年もの月日が流れていた。
その頃になると、乙姫様の方が太郎に飽きてしまい、太郎に対する扱いもぞんざいになっていた。
次第にお二人は衝突する事が多くなり、ついに太郎は地上へ帰ると言い出した。
乙姫様は、これ幸いと、太郎に玉手箱を手渡し、吾輩に太郎を元の浜辺へと送り届けるよう命じた。
太郎を無事に送り届けた吾輩は、竜宮城へ帰ろうと砂浜を波打ち際へと歩き出した。
その時、太郎が「おい」と吾輩を呼び止めた。
吾輩が振り返った瞬間、吾輩の目の前は真っ白になった。
太郎が、吾輩に向けて玉手箱を開けたのだ。
吾輩はみるみるうちに年を取り、あっという間に老亀になってしまった。
「はははは!あの性悪女め。やはり土産は罠であったか。この太郎様が、この様な陳腐な罠にかかるとでも思うたか」
太郎は高笑いしながら、吾輩の尻を蹴り上げた。
その瞬間、吾輩の身体に更なる変化が起こった。
みるみるうちに身体が伸び、甲羅は消え、吾輩はまるで大蛇の様な怪魚になった。
水面に写る己のあまりの醜さに、吾輩は言葉を失った。さすがの太郎も、これには驚きを隠せない様子だった。
絶望した吾輩は、ゆっくりと海に潜った。背後では、太郎が何かを叫んでいる。
「おおい、竜宮の使いよ。さすがに悪どい事をした。許せ。せめてその償いとして、そなたを幸運を呼ぶ者として後世に伝えよう」
その言葉を背びれに受けながら、吾輩は思った。
(竜宮城では、時間の流れが地上の百倍になる事を、太郎に伝え忘れてしまった。太郎は確か、竜宮城に三年おったはず。すると、彼はこれより一人きりでこの三百年後の世界で生きてゆかねばならないのだな……)
吾輩は太郎に同情しかけたが、その必要もないだろう。吾輩も、こんな姿では竜宮城にはもう帰れないのだから。
それより、太郎は吾輩の事を「リュウグウノツカイ」と呼んだな。悪くない。
長い事、名前を持たなかった吾輩だが、これからは「リュウグウノツカイ」と名乗り、自由に生きる事にしよう。
乙姫様の悪趣味に付き合わされるのにも、うんざりしていたところだ。
そう、先刻まで、吾輩は亀であった。だが、今はリュウグウノツカイだ。
吾輩は、もう自由なのだ。
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<その他の収録作>
天体観測
復讐屋
フューチャーフォン
ドリームマシーン
狸の恩返し(童話・傘地蔵の真実)
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https://book.mynavi.jp/ec/products/detail/id=134088
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吾輩は亀であった
じゃいがも
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どこで産まれたかなどの記憶は、すでに忘却の彼方である。
ただ嵐に遭い、浜辺に打ち上げられたところを、乙姫様という美しい姫様に助けて頂いた事だけは、しかと記憶している。
乙姫様は、かつて海底に栄えた竜宮族の末裔で、海の底に立つ竜宮城という城の皇女であらせられる。
ところが、この乙姫様、なかなかの曲者。
表向きは立ち振る舞い麗しく、王や王妃にとっては珠の如き皇女なのだが、本性は違う。下働きの者にはきつく当たり、わがまま放題、やりたい放題。更には吾輩の命を救った事に恩を着せ、方々より自分好みの殿方を集めさせるのだ。
手筈は、こうだ。
吾輩は適当な浜辺に出向くと、近くの漁村の子供らに菓子を与え、吾輩に暴力を加えさせる。
大抵、殴られ損に終わるのだが、稀に、子供らから吾輩を救ってくれる若者が現れる。
吾輩はその若者を吟味し、乙姫様がお喜びになるであろう美しい若者だけを、礼と称して乙姫様の待つ竜宮城へと連れてゆくのだ。
連れてこられた若者は、最初こそ乙姫様の美貌に心奪われ、毎夜繰り返される宴に夢見心地となる。
だが、いよいよ乙姫様の寝所に招かれると、そこで乙姫様の本性を知るのである。
乙姫様は若者を足蹴にし、暴言を浴びせ、まるで猫が鼠を弄ぶように、若者の心も身体も蹂躙するのである。
若者はたちまち我に帰り、家に帰りたいと懇願する。ここで乙姫様は、素直に若者を家へと帰すのだが、必ずある物を土産として持たせるのである。
それは、「玉手箱」と呼ばれる竜宮族に伝わる罠で、その玉手箱から立ち込める特殊な煙を浴びた者は、たちまち老人の姿に変わってしまうのだ。
それだけなら、まだ良い。運の悪い者はその後、動物や昆虫などに変わってしまう。
乙姫様は若者の悲惨な最期を想像し、それを肴に酒を飲む。誠に性悪なお方なのである。
そして吾輩はまた、美しい若者を捕まえる為に、とある浜辺へとやって来た。
吾輩は早速、近くの漁村の子供らに甘い菓子を与え、吾輩に暴行を加えさせた。
すると程なくして、一人の若者が現れ、子供らをかき分け吾輩を助けてくれた。
見れば、乙姫様の喜びそうな美しい若者である。吾輩はいつものように礼と称して、若者を竜宮城へと運んだ。
若者は名前を「浦島太郎」といった。
乙姫様は太郎をたいそう気に入られ、その日から礼と称した乱痴気騒ぎが始まった。
太郎と乙姫様は連日、浴びるように酒を飲み、豪華絢爛な数々の料理を喰らい、踊り狂った。
この太郎という男も、初めの数日は殊勝な素振りを見せていたが、場の雰囲気に飲まれ、すぐに馬脚をあらわした。大虎と化した太郎は、踊り子達を大声で罵り、足蹴にし、着物を剥ぎ取り乱暴の限りを尽くした。
側にいた乙姫様も、高笑いしながら手を叩いて囃し立てた。
それからすぐに、太郎と乙姫様は、寝所へと消えた。
普通ならば、一刻もしないうちに寝所から若者が飛び度してくるのだが、太郎は違った。一時あまり寝所で乙姫様と事を楽しみ、恍惚の表情で宴会場へと戻ってきたのだ。
その後も太郎と乙姫様は、酒を飲んでは寝所へ移り、事が済んだら酒を飲みを繰り返し、気が付けば実に三年もの月日が流れていた。
その頃になると、乙姫様の方が太郎に飽きてしまい、太郎に対する扱いもぞんざいになっていた。
次第にお二人は衝突する事が多くなり、ついに太郎は地上へ帰ると言い出した。
乙姫様は、これ幸いと、太郎に玉手箱を手渡し、吾輩に太郎を元の浜辺へと送り届けるよう命じた。
太郎を無事に送り届けた吾輩は、竜宮城へ帰ろうと砂浜を波打ち際へと歩き出した。
その時、太郎が「おい」と吾輩を呼び止めた。
吾輩が振り返った瞬間、吾輩の目の前は真っ白になった。
太郎が、吾輩に向けて玉手箱を開けたのだ。
吾輩はみるみるうちに年を取り、あっという間に老亀になってしまった。
「はははは!あの性悪女め。やはり土産は罠であったか。この太郎様が、この様な陳腐な罠にかかるとでも思うたか」
太郎は高笑いしながら、吾輩の尻を蹴り上げた。
その瞬間、吾輩の身体に更なる変化が起こった。
みるみるうちに身体が伸び、甲羅は消え、吾輩はまるで大蛇の様な怪魚になった。
水面に写る己のあまりの醜さに、吾輩は言葉を失った。さすがの太郎も、これには驚きを隠せない様子だった。
絶望した吾輩は、ゆっくりと海に潜った。背後では、太郎が何かを叫んでいる。
「おおい、竜宮の使いよ。さすがに悪どい事をした。許せ。せめてその償いとして、そなたを幸運を呼ぶ者として後世に伝えよう」
その言葉を背びれに受けながら、吾輩は思った。
(竜宮城では、時間の流れが地上の百倍になる事を、太郎に伝え忘れてしまった。太郎は確か、竜宮城に三年おったはず。すると、彼はこれより一人きりでこの三百年後の世界で生きてゆかねばならないのだな……)
吾輩は太郎に同情しかけたが、その必要もないだろう。吾輩も、こんな姿では竜宮城にはもう帰れないのだから。
それより、太郎は吾輩の事を「リュウグウノツカイ」と呼んだな。悪くない。
長い事、名前を持たなかった吾輩だが、これからは「リュウグウノツカイ」と名乗り、自由に生きる事にしよう。
乙姫様の悪趣味に付き合わされるのにも、うんざりしていたところだ。
そう、先刻まで、吾輩は亀であった。だが、今はリュウグウノツカイだ。
吾輩は、もう自由なのだ。
=========================
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フューチャーフォン
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狸の恩返し(童話・傘地蔵の真実)
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