中川政七商店が目指す、日本の工芸を元気にする感情デザイン 事例詳細|つなweB

01 課題背景・経済規模&職人数、全盛期からの衰退を食い止めねば!

日本の工芸をベースに、日本人ならではの文化や暮らしの知恵を活かし、現代にも溶け込むようリデザインされた生活雑貨の企画・販売・卸を手掛ける「中川政七商店」。「日本の工芸を元気にする!」という企業ビジョンの元、工芸業界にコミットすべく、コンサル、人材育成教育事業や流通サポートなどの事業も行なっている。工芸業界で生きる人が経済的に自立できるかつ誇りを取り戻している状態の再構築を目指し、これまでの取り組み以上に“元気な工芸”にコミットしようと、2016年から立ち上げた事業が、「さんちプロジェクト」だ。「日本の工芸全体を産地ベースで捉えると300箇所くらいあります。私たちがコンサルなどで関われているのは、約30ブランドほど。全体からするとわずかにすぎません。『日本の工芸を元気にする!』といっても、今までのようにコンサルや人材育成だけではできることに限りがある。もっとスピード感を持ってできることは何か考え、出てきた答えが「PR」。そこで『さんちプロジェクト』を立ち上げることにしました」(緒方恵さん)

全盛期には5,400億円あったマーケット規模も、今では約5分の1に縮小。30万人いた職人は約4分の1ほどに減少し、そのうち5割以上を50歳以上の職人が占めている。深刻ともいうべきこの後継者不足は、経済的な自立より解決を急がなければならない問題である。

「『産地に移住してものづくりをしていきたい』と思う若者を、いかに工芸業界に引き込んでいくのかと考えた時に、工芸だけにフォーカスをするのではなく、産地にある魅力を発信するべきだと。まずは観光に来て産地に触れて、観光が積み重なった先に、移住をどうつくっていけるか。それがこのプロジェクトでやっていきたいことです」(緒方さん)

全国の工芸・産地に関する読み物を毎日更新。「本をめくる」ような感覚で、記事を探すことができる

 

02 ターゲット・「工芸女子」を増産するだけでは移住者は増えない

工芸への興味を産地に向け、移住者創出を目指す「さんちプロジェクト」。そのターゲット設定も独特だ。

「流行をつくるのは女性であることが多いので、最初のアプローチは女性へ届けるのがベターだと思い、『工芸女子』というような人たち、カルチャーをどう作るかを入り口に考えました。しかし、こだわりのある、品質の高い商品に対する投資幅が大きい男性に対しての訴求も諦めるわけにはいかない。購買行動が全く違う2つのターゲットを並べたときに、ペルソナに固執していては、本質に辿りつけないと思いました。途中であえてペルソナを曖昧にし、全方位的にコンテンツを作る方針でカバーしました」(緒方さん)

中川政七商店としての思い
緒方さんが課題背景の把握の元にした日本の工芸業界の現状。チーム内の課題感の共有にも役立った

 

03 過程・「産地」に興味が薄い人でも郷愁を感じるサイト&アプリとは?

興味をもって観光にきたユーザーに、いかに地元に愛着を感じてもらい移住したいと思える情報を提供できるサイト/アプリにするのか。「旅行」と「愛着」の間を埋める中間の行動をどうデザインするのか。制作陣にとっては、徹底したユーザー目線が必要だった。

「毎日18時くらいに社内ツールでアプリのプロトタイプを配信して、触る時間を作っていました」(鬼灯惺史さん)

「その時間になると開発者脳からユーザー脳にスイッチしてアプリに向き合うことができました。自分が開発に携わっていても、こうやってユーザー目線で向き合い、バグやUIのおかしな動きにも都度気づくことができ、キレイに整った使いやすいものになったと思います」(丸怜里さん)

Webサイト https://sunchi.jp/
産地の魅力を深堀した読み物記事でユーザーの「行ってみたい」という興味を呼び起こす
アプリ https://sunchi.jp/app
訪れた産地の見どころスポットで「旅印」を収集

 

04 共有・アナログコミュニケーションで全体作業を俯瞰し、作業を効率化

「キックオフが済んだ後すぐの頃、いつのまにか丸さんがホワイトボードにアプリの大まかな構造を書き始めていて。翌週には、だいたいこんな機能が入るんじゃないかと、付箋でペタペタしはじめて、2週間後には『旅印』はこうだから…って全部ホワイトボードに設計のメモを集約していきました」(畑山桂吾さん)

チームにとってホワイトボードは最重要デバイス。ホワイトボードのある部屋にみんなでこもって毎日2時間ほどのミーティングが行われた。サイトやアプリ制作の場合、PCに集中しすぎて周囲の動きが把握できなくなることも多いが、付箋でタスクを貼り出すなどアナログなコミュニケーションをすることで、メンバーの作業の進捗状況などを可視化することができた。また、俯瞰して全体を冷静に眺めることができるため、ロジックの抜け漏れ確認にも最適だった。

ホワイトボード(1)
プロジェクトスタート当初に提示されたキーワードから、トーン&マナーを共有
ホワイトボード(2)
大きなホワイトボードに構造を書き、全体把握やタスクの共有を行った

 

05 共創・超短期制作期間で完成させた、立場を超越したチーム力

もともと産地に興味がなかった人に興味を抱かせ、産地に愛着を持ってもらう。そこから移住する人を1人でも増やしていく…。この“感情のデザイン”をUXデザインに落したものが、「さんち~工芸と探訪~」「さんちの手帖」だという緒方さん。やりたいこと・やるべきことが当初からはっきりしていた分、同じテンションでゴールとビジョンを見据え走ってくれるチームが必要だった。しんどい時こそ一体感が生まれたというこのチーム力が育ったきっかけとなったのは、キックオフでの緒方さんの一言だ。

「プロジェクトのはじめ、キックオフの場で緒方さんに、『僕らは1つのチームだから』と言っていただいたことがあり、それがとても心強かったです。そんなことをクライアントに言われたのは初めてだったので、今でも印象的で。“発注者と下請け”という感じではなくチーム感をもってやっていけたのがよかったように思います」(三宅太門さん)

「キックオフは要件を確認するだけの場ではないと思っています。私の場合は、チームのみんながユーザーファーストで動けるよう、“ここは1つのチームです”と宣言する場です。それだけを記憶して持って帰ってもらえたら、キックオフとしては合格。彼らにとっての“お客さん”が、私ではなくユーザーになるように、心を尽くします。キックオフで要件を与えれば、それだけでいいサービスができるかというと、そうではないと思っています。テンションなどあらゆる側面でパラメータを上げることができたら、いいプロジェクトになる可能性が高くなると確信しています」(緒方さん)

緒方恵
株式会社 中川政七商店 CDO
畑山桂吾
株式会社グッドパッチ UXデザイナー/プロジェクトマネージャー
三宅太門
株式会社グッドパッチ アートディレクター/デザイナー
丸怜里
株式会社グッドパッチ アプリケーションデザイナー/iOSデベロッパー
鬼灯惺史
株式会社グッドパッチ Androidデベロッパー
八波志保(Playce)
※Web Designing 2018年2月号(2017年12月18日発売)掲載記事を転載

関連記事