UXデザインはビジネスを成長させる鍵。意味と取り入れ方を知る 事例詳細|つなweB

本特集ではここまで、優れたUXのWebサイトやサービスを実現するためのテクニックやツール、さらにはその手法を活用した事例を紹介してきましたが、これらはすべて「UXデザイン」の考え方に基づくものです。では、そもそもUXデザインとは何なのでしょう。ここではグッドパッチの土屋尚史さんに教えてもらうことにします。

 

教えてくれたのは…土屋尚史さん
株式会社グッドパッチ 代表取締役社長/CEO 1983年生まれ。Webディレクターとして働き、サンフランシスコに渡る。btrax Inc.にてスタートアップの海外進出支援などを経験し、2011年9月に株式会社グッドパッチを設立

 

01 UXデザインのほんとうの意味

なんとなく敷居が高いもののように感じる「UXデザイン」。活用の進んでいない自分たちには関係ない、と思いこんでいる人もいるでしょう。実は、そんなアナタのプロジェクトにこそ必要なノウハウなんです。

 

私はこれまで、長く「UXデザイン」と関わってきましたが、いまだに正しく理解されていないと感じることが多いんです。しかし一方で、それも当然だな、とも感じています。日本では学生時代にUXを正しく学んだ人が少ないですし、そもそも日本語の情報ソースが少ない。あったとしてもアカデミックなものが多く、なかなかビジネスシーンに応用することができていないのです。

しかし、ここまで記事を読んでいただいた方ならおわかりの通り、UXデザインはWebサイトやサービスをよりよいものにするために必要不可欠なものです。日本でも、優秀な経営者や営業マンは「顧客視点」という言葉をよく使いますよね。UXはそれと同じく、いかにユーザー視点で物事を考えられるか、ということなんです。

では、「UXデザイン」はどのような意味になるのでしょうか。

「UX」は”User Experience”、ユーザーの体験、その一連の流れを指します。たとえば、Webサイトで何かしらの価値を提供をしようとした場合、Webサイトの中にその価値を詰め込むことになります。しかし、UXではユーザーがその価値を享受するまで、つまりWebサイトを訪れ、価値を見つけ、それを得るまで(場合によってはその後まで)を一連の流れ、つまり体験として捉えるのです。

では「デザイン」という言葉が何を指すのか。この言葉にはさまざまな意味が含まれており、どう捉えるべきか難しいところがあるかもしれません。ここでいうデザインは見た目を整えたり美しくしたりするだけでなく、「設計する」とか「構造化する」という意味を含んでいます。つまり、UXデザインという言葉は“ユーザーにとって優れた体験とは何かを考え、それに基づいた設計(デザイン)を行うこと”といった意味だと考えるとしっくりきます。

しかし、ここまではわかっても「ユーザー体験に基づいた設計など、どう行えばいいのか」と疑問を抱く方も多いでしょう。ユーザー体験という、そもそも人によってもWebサイトやサービスによっても異なるものを設計するなんてことができるのか、と。そこで頼りになるのが「ユーザーインタビュー」や「ペルソナ」「カスタマージャーニーマップ」「プロトタイピング」といった手法です。

ただし、これらの手法を活用することが目的になってはいけません。あくまでも優れたユーザー体験を実現し、そして自分たちのゴールに到達するために、必要な手法を取捨選択することが大切です。

UXデザインの効果はそれだけに止まりません。複数のメンバーで行うプロジェクトに欠かせない、共通認識を養うことができるようになります。Webサイト制作やサービス構築といったプロジェクトは、皆さんもよくご存じの通り、多くの人が関わってつくりあげるものです。しかもその中には、普段はWeb以外の分野の仕事をしている人や(たとえば営業部門の人など)、外部のWeb制作会社から参加する人が含まれるのが普通です。そういった役割や得意分野が異なる人たちの間で起きがちな齟齬やすれ違いを避けるために立ち返ることのできる場所としてのゴールになるいうわけなんです。

私はこの点でUXデザインを「共創」のためのプロセスでもあると考えています。

 

UXデザインの目的とは?
UXデザインには2つの大きな特徴がある。一つはユーザー理解を深めて行くこと。そしてもう一つがそこで得た情報を可視化し、皆でものづくりをする「共創」の体制をつくることにある

 

 

 

 

02 スマホが招いたUXデザインの時代

最近になって耳にする機会が増えてきた「UXデザイン」という言葉。なぜ、そんな事態が起きているのか。その背景には我々の生活スタイルの大きな変化があります。そう、スマホの普及です。

 

そもそもUXデザインという言葉は、後にアップルなどでも活躍する認知科学者のドン・ノーマン博士が著書『誰のためのデザイン?』(1988年)で紹介したのがはじまりだと言われています。しかしそれがデジタルの世界で強く意識されるようにななったのは、この数年のことだと言えると思います。それ以前は同じユーザーのことを考えるためのキーワードでも、「UI(ユーザーインターフェイス)」や「ユーザビリティ」といった言葉に対する注目のほうが高かったんです。

下のグラフを見ていただきたいのですが、これは「Googleトレンド」のページでUXデザインという言葉とUIデザインという言葉がどれだけ検索されてきたかを比較したものです。最近になってUXデザインが上回るようになったことがわかります。

前章でもお話したとおり、UXデザインはユーザーがWebを使う前から、使った後までを考える手法ですから、Webサイト内の使い勝手にフォーカスした「UI」や「ユーザビリティ」という言葉よりも広い概念であり、それら2つを含むものと捉えることができます。Webをつくる人たち、Webを使ってビジネスをしている人たちの視点が、いよいよ、Web以外の部分にも広がり始めた結果だと言えると思います。

ではなぜ、この数年で関心の対象が変化しているのでしょうか。それは、なんといってもスマートフォンの広がりが大きいと思います。スマホが登場してユーザーとWebとの触れ方はまったく変わってしまったからです。右上の図を見てください。これは世界的な影響力を持つデザイナー、ジョン・マエダ氏が、デザインの動向を毎年調査、公開している「Design in Tech Report」から引用した図で、スマホ普及以前と以降の、人々のデジタルデバイスとの接触回数の違いをわかりやすく示したものです。これを見ると、どれだけ大きな変化が起きたのかをひと目で理解することができます。PCしかなかった時代には、1日に人がデジタル情報と接触する回数は、せいぜい朝と夕方の2回程度でしたが、今では数百回にまで増えています。

しかも、以前はデジタル情報との接触のすべてが、PCのデスクトップ上で起きていたのに、いまはそれが生活のあらゆるシーンへと拡張しています。リビングやベッドサイド、電車の中やカフェ、街中でも観光地でも、人は常にスマホを利用しています。そうなれば当然、デスクトップ上のUIやユーザビリティだけでなく、さまざまなシーンを想定して考えなければいけなくなります。

だからこそ、ユーザーの体験をじっくりと研究して、それをWebに反映させるためのノウハウであるUXデザインの重要性が高まっているんです。

 

UXデザインへの注目度がUIデザインを上回る
GoogleトレンドによるとUXデザインへの検索数が、UIデザインを上回るようになっている(全世界対象)。制作者をはじめ、企業の中にもUXデザインへの関心が高まっている証拠だ(Googleトレンドによる)

 

デジタルとの接触回数はスマホの登場こう変わった
スマホの普及で人がデジタル情報と接触する回数は爆発的に増加している。接触ポイントもデスクトップだけに限らず、日常のあらゆるシーンが想定されるようになった(John Maeda「Design in Tech Report」より引用)

 

 

 

 

03 ユーザーの声が促した急成長

UXデザインは優れたユーザーの体験を実現するためのデザイン。では、それが企業のビジネスに何をもたらすのでしょうか。

 

UXデザインは、ユーザーのインサイト(行動や思惑、さらにはその背景)について徹底的に追求することで、ほんとうに満足してもらえる、使いやすいプロダクトを提供するためのものです。この考え方が特に役立つのは、ゼロベースで考えることのできる状況、ということになります。スタートアップ企業や新規事業部門などが取り入れやすいのはそれが理由です。

ただし、サイトのフルリニューアルやサービス改善といった、Webビジネスを抜本的に見直す機会にもおおいに役立ちます。「なぜこれまでユーザーに利用してもらえなかったのか」「どうして使い続けてもらえないのか」といった点について、ユーザーの立場に立って見直すことができるからです。

では、ユーザーの立場になってビジネスを見直すとはどういったことなのか。一つ、具体的な事例でご紹介したいと思います。

シェアリングエコノミーサービスの草分けであるAirbnbは、いわゆる民泊の仲介を最初にサービス化した企業です。今では世界的な注目を集めているAirbnbですが、当初は利用者数が伸び悩み、収益はせいぜい週に200ドル、倒産寸前に陥ったこともあったそうです。

ホテルよりも安価に利用できるAirbnbのサービスに「絶対にニーズはある」という確信があるのに、なぜか利用者は増えない。悩み抜いた彼らはある時、ふとこんな事実に気付きます。それは「サイトに掲載されている写真がダサい」ということでした。

当時のAirbnbは、家を提供するホストが自ら撮影した写真を掲載するルールを採用していたため、サイトにはけっして美しいとは言えない写真が並んでいました。彼らはその「いまいちな写真」が、ユーザーの心に警戒感を生み、利用を躊躇させているのではないかと考えたのです。これではAirbnbのサービスにどれほどの魅力があったとしても、ユーザーからは価値のあるものには見えません。

ユーザーの視点に立ったからこそ生まれたその仮説が本当に正しいのか。それを確かめるために、彼らがしたのはデータを検証することではなく、ニューヨーク行きの飛行機のチケットを手配することだったといいます。その仮説をすぐにでも検証するために、当時、40件ほどのホストユーザーがいたニューヨークを訪れ、撮影をしおなして回ることにしたのです。

その結果はどうだったのか。美しい写真を掲載したAirbnbの売上は一気に倍増し、その後の急成長のきっかけになったと言います。

 

ユーザーの声で変わった「Airbnb」
Airbnbが大事にしたのはユーザーの声。そこから本質的な課題を見つけ出すと、その課題を解決するために躊躇することなく行動を開始した。時にはメンバー全員で、ユーザーのもとを訪れることもあったという

 

https://www.airbnb.com/

 

 

 

 

 

 

04 みんなでユーザーに会いに行こう!

UXデザインの考え方を取り入れることでプロジェクトは大きく動き出し、あなたのビジネスも大きな変化を迎えるはずです。その際に頭に置いておいていただきたいことについて触れておきます。

 

ここまで、UXデザインのポイントはユーザーに会いにいくことであり、彼らのことを深く知ることだというお話をしてきました。また、そのための方法としてユーザーインタビューやペルソナ、カスタマージャーニーマップなどの手法があり、それはつくり手側の意識を統一するためにも役に立つ、ということを説明しました。今回の特集記事に目を通していただければ、それらの活用法についても理解が進むのではないかなと思います。ただし、いざUXデザインのプロセスを実践するという際には、ぜひ頭の隅に置いておいていただきたいことがあります。

それは、何よりもユーザーに愛されるものをつくろうということです。

これはWebに限った話ではないのですが、今の時代は、Webサイトにしても、サービスにしても、同じような機能を持ったプロダクトがどんどんリリースされていますから、機能で差別化を図るのは難しい状況になってしまっています。実際にユーザーは機能よりも、「使っていて嬉しくなるか」とか、「愛着が湧くか」といった点で選択をするようになってきています。その結果として、ユーザーが心地よく利用でき、嬉しくなるような価値を提供している企業が支持を集めているのです。

またWebサービスやアプリの分野では、まずは無料で提供してとりあえず利用してもらい、使い続けたい場合に課金をしてもらうという方式を採用するケースが多くなっています。この場合もやはり、使っていて嬉しくなるか、長く使いたくなるかといった点が、お金を支払うかどうかを判断をする際のポイントになっています。

こうした背景を考えても、つくり手側も、自分たちのプロダクトによってユーザーがどんな感情を抱くのか、その点を優先して判断しないといけません。しかし、そこでぶつかるのがビジネスの論理です。たとえば、短期的な利益を確保するための施策を重視し、ユーザー体験を向上させるための改善を後回しにする、といったケースがそのもっともわかりやすい事例です。

確かに状況を見てビジネスを優先するしかない場合もあるでしょう。しかし、それを理由にしてユーザーに不便や不利益を押し付けているとするならば、その会社の未来は明るいとは思えません。目先の利益を重視するあまり、「ユーザー(顧客)をルーザー(敗者)に」してしまってはいけないのです。

両者のバランスをどうとるか。これは多くの方々が苦心する部分です。特に悩むのが、ビジネス面を特に重視する経営者の存在です。

「経営者の判断基準を“ユーザー中心”に変える方法はないか」

実はこれは、UXデザインに関する講演などを行うたびに、必ずされる質問なんです。これに対する答えを出すのは難しい。企業によって状況も異なれば、経営者の考え方も異なるからです。

ですが、その変革への第一歩になるであろう方法を紹介することはできます。それはこれ。

「ユーザーと会う場に、経営者も連れていこう」

そしてユーザーインタビューを実施して、一緒になって、じっくりとユーザーの本音を引き出してみてください。ユーザーインタビューがプロジェクト参加メンバーの意識を変えるように、経営者の意識も変えてくれるはずです。

 

何はともあれユーザーに会ってみよう
UXデザインのプロセスでもっとも重要なポイントとなるのがユーザーと会って、話を聞くこと。自分たちのユーザーがどんな人かあなたは会ってみたことがありますか?

 

 

 

 

 

 

 

Text:小泉森弥