「企業 × ユーザー」コミュニケーションのクオリティアップは社内コミュニケーションから始まる 事例詳細|つなweB

 

組織内こそユーザーアプローチの土台

かつて企業の情報発信は、第1にマスメディアを通じた広告、第2に特定地域にのみ掲示されるポスターやチラシなど限られた手段しかなかった。しかし、インターネットが普及した現代ではWebサイトやSNSを筆頭に多種多様な選択肢が存在する。ただ、手段の増加とユーザーへのアプローチのしやすさが正比例の関係にあるかというと、必ずしもそうではない。むしろ容易に発信量を増やせるようになったことで、手段の目的化を招いたり、質より量の罠に陥らせたり、企業とユーザーの距離を広げてしまう恐れすらある。こうした事態を避けるには、情報発信のあり方について再確認が必要だ。

何より優先して考えるべきは「ビジョン」だ。何のために組織があり、誰に貢献するのかなど、組織の存在意義をワードに落とし込んだものである。起業家として多数の企業経営に携わり、チームコミュニケーションにも精通する池田朋弘氏は、ビジョンを考える上で意識すべき点をこう話す。

「ビジョンは、組織はもちろん個人の成長につながるイメージを持ちやすいものだと、モチベーションが上がりやすくなります。例えば事業活動を通じてどんな技術が習得できるのか、それはどんなキャリアにつながり、どんなメリットを生み出すのかなどを表現できていると、個々人がビジョンを自分ごと化できるでしょう」

ビジョンができたら実現方法の検討へと移る。中長期的な視点を持ちながら戦略を組み立て、戦略に基づいてミクロ視点で戦術を考えていくのだ。具体的には、「どのセグメントに対して情報を届けるか」「どんな内容の情報を発信するのか」「どの発信手段を選択するか」といった点について、捻出可能なリソースと照らし合わせて決めていく。さらに各戦術の評価軸も定めておくべきだ。各施策を実行したら評価軸にあわせて効果測定して、戦略・戦術を見直し、ビジョンに近づくためのチューンアップを繰り返していくのだ。

図01の?ビジョンづくり、?戦略・戦術策定、?評価軸の設定、?PDCAサイクルの4つに横串を通すのが「社内コミュニケーション」である。いかに上質なビジョンや戦略・戦術などが構築できても、それぞれを組織内に浸透させて合意形成を得なくては実行に移せず、絵に描いた餅になってしまう。つまり、ユーザーとのコミュニケーションの質を高めるには、社内コミュニケーションの質の向上こそが重要なのである。

(図01)ユーザーへの最適な情報発信をするためには、発信元である企業の関係各署の目的や課題感、意識の統一が前提。各部署が得た情報を集約し、発信情報を全員で考えていくことが必要

 

社内コミュニケーション醸成の5ステップ

社内コミュニケーションの重要性は理解していても、部門や世代や役職といった立場の違いや、業務の忙しさなどが理由で、うまく活性化できていない事例は多い。ではどうすべきか。ヒントとなるのが、本誌2021年8月号で紹介した「新しい企業内コミュニケーションをデザインするための5つのステップ」(図02)。これは、社内の関係者がビジョンを共有し同じ方向を向いていくためのアプローチを短期(STEP1~STEP3)と中長期(STEP4~STEP5)に大別したものだ。

最初の3ステップでは、「外部からの知見と評価を得て課題の内的・外的要因を把握させる」「顧客視点に立ってニーズやメリット・デメリットを明示化させる」などの取り組みで喚起と興味を掘り起こし、「ビジョンと方向性を可視化してベネフィットを提示・共有」して欲求をかき立てることが鍵となる。

社内コミュニケーション構築の土壌が整ったら実際に行動へと移るわけだが、ここでポイントとなるのは組織の枠を超える動きだ。施策を客観視し、柔軟性のある議論を展開するために、組織外の第三者の協力を得た上で、部署横断ワークショップなどを開催していくのだ。フローとしては昇順で実施していくが、STEP4を開催するとSTEP1~3がさらに醸成できるため、一つひとつが独立しているのではなく連綿と続いている点も意識しておこう。

(図02)課題や取り組みへの認知、興味、そして各部署にとってのメリットを示し納得した上で、プロジェクトチーム外(第三者)の率直な意見が突破口になることがある。部署横断ワークショップまでにSTEP1~3が醸成できていれば理想だが、ワークショップで一気に醸成することも考えられる

 

結果によって戦略は見直していい

ここからは、改めてユーザーに情報を届けるためのプロセスと、その途上における社内広報のポイント(図03)について考えていこう。

まずはビジョンと、それを実現するための戦略・戦術を策定していくわけだが、ここでは過去の取り組みを可視化・評価した上での課題抽出が必要だ。課題を洗い出せばその解決策を考察できるし、課題解決の先に見えてくる、あるべき姿こそがビジョンになるからだ。自社で「できること」「できないこと」「できていなかったこと」を明確にすれば、対象とすべきセグメントを確定できる。企業がユーザーとコミュニケーションを取る際、コンテンツの粒度や発信手法はセグメントに応じて異なり、それに伴って評価軸も変わってくるため、この点も重要だ。安西敬介氏、そして池田氏によると、ここまでの工程は少人数で行うべきと言う。

「取り組みのコアをつくるには、有象無象の情報を頭の中で組み立てるようにしていきます。この作業は大人数では形にできないので、どうしても1~2名ほどがご苦労をされながら進めていくことが多いです」(安西氏)

「ビジョンは発信する人に紐づいて広がるものなので、思いのある方が中心になって進めていく必要があるでしょう」(池田氏)

骨子ができたら、次は社内にそれを広めていく段階に入る。関係者を集めてビジョンや戦略・戦術を周知すると同時に、内容をブラッシュアップするためのワークショップを行うのだ。このとき、外部の有識者を招くと客観的な意見を取り込めるし、何よりも各関係者の中にあるバイアスの解消と、組織内のコンセンサス醸成に一役買う。また、ワークショップ時には、自社が狙うべきセグメントを図示化したものを用意しておくと「この施策は誰に対してアプローチするためなのかという会話ができるし、社内コミュニケーションが活性化してブラッシュアップにつながる」(安西氏)からだ。

さらに、いつ、どのような情報を、どの手段で発信していくかをひと目で理解できる「コミュニケーションワークシート」をつくっておくと、「情報の全体像が見渡せ、適時性も担保できるし、運用段階に入っても管理シートとして活用可能」(池田氏)という効果が期待できる。

このワークショップを数回繰り返していくと、社内コミュニケーションが活性化して、ビジョンや戦略・戦術の精度向上につながっていくだろう。そして、それらは一度決めたからといって、必ずしも変更や修正をしてはならないわけではない。

「戦略はコロコロと変えていいものではありませんが、だからといって変更してはいけないわけではありません。むしろ、実行して、それを評価した結果、間違っていたとなれば直していいんです。マーケティングと一緒で、大切なのはやってみた施策を評価し、修正・調整し、繰り返していくことです」(安西氏)

ユーザーとのコミュニケーションの質を向上させたい企業は、まず自社の状況に目を向け、自分たちのコミュニケーションの質について見つめ直すところからスタートしてみよう。そうすることで、今まで見えていなかったコトも見えてくるはずだ。

 

関係各署の目的を共有し、顧客への発信情報の質を高める!
コミュニケーションデザインの実現アプローチ

(図03)前項のステップを着実に踏んでいくために、実際にはどのようなアクションを考えればいいだろうか。 「第三者を交えた部署横断ワークショップを実施する前提で、例えば以下のようなアプローチは有効です」(黒田氏)

 

 

企画協力:一般財団法人テクニカルコミュニケーター協会

久我 智也
※Web Designing 2022年4月号(2022年2月18日発売)掲載記事を転載

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