従来の煩わしさ軽減&社会貢献を両立する「Lemonade」 事例詳細|つなweB

保険業界が注目するインシュアテック

AI(人工知能)の実用化がさまざまな分野で進められています。その中でも特に保険業界はAIとの相性がよく、AI導入に対する期待が大きくなっています。その理由の1つに、保険会社が抱える個人の体調情報や医事統計のデータをはじめとした、契約リスクを判断するための膨大な顧客情報データが関係しています。 

AIは大量のデータを分析し、そこからデータに共通するパターンや傾向を導き出すことを得意としています。これにより、保険業界で扱われる大量のデータを人が管理して判断するという業務そのものが自動化されていくと考えられているのです。 

また、保険業界の経営層もAI導入に対して積極的な姿勢を見せています。実際に保険業界におけるテクノロジー系スタートアップサービスは「インシュアテック(InsurTech)」と呼ばれ、Googleも参入を表明していることからも、大きな注目を集めています。 その中でも最も注目されているのが、「Lemonade」と呼ばれるスタートアップです。

Lemonade
アメリカで2015年に設立された新しい保険サービスを提供するスタートアップ企業。「P2P型保険」の先駆者として注目を集め、2019年にはドイツ進出を果たしました

 

スマホのカメラに向かって答えるだけで支払い手続き完了

Lemonadeは月額5ドルからの手頃な家財保険を提供しており、 世界初のP2P保険サービスとして2015年にローンチされました。P2P型保険というコンセプトは、ユーザーとユーザーをつなげ、それまで中間に存在していた保険会社の概念を廃止することで、よりユーザーにとって魅力の高い保険を提供することをゴールとしています。 

Lemonadeが最も重要視しているのは、「最先端のテクノロジー」「膨大なデータ」「優れたユーザー体験」。より手軽に保険に入会し、必要な時には即座にお金が振り込まれる仕組みをプラットフォームとして提供しています。実際、スマホ一つあれば、面倒な手続きをしなくても簡単に保険に入会、利用することが可能です。 

公式サイトやプロモーション用の動画、画像でもその手軽さが強調されており、書類記入なしで90秒で入会できることや、3分で支払いを受け取ることができることを強調しています。 そして長期の契約ではなく、月々のサブスクリプション型を提供しているのも特徴です。 

保険の申し込みは、専門用語をわかりやすく噛み砕いた質問形式になっており、わずか1分程度で完了します。また、AIが住所と自宅のタイプなど蓄積されたデータを元に素早く盗難リスク等を割り出すことができるため、申し込み後すぐに月々の掛け金を確認することも可能なのです。 

また、チャットボットを使った保険料支払い申請プロセスも特徴の1つです。保険に関する質問や支払い手続きをチャットボットで行うことができるため、従来の保険のように電話や窓口で待つ必要がありません。 

仕組みとして面白いのは、損害報告を文章で記述するのではなく、スマートフォンのカメラに向かって自撮りで話すだけと手軽であることです。これは虚偽の申請を減らすという意図もあり、「人は鏡に映った自分に対して嘘をつくことが難しい」という行動科学の研究結果に基づいています。

 

SNS的要素で「もしも」の回避と社会貢献

そして、Lemonadeは従来の保険業界にはなかった発想を持ち込みます。それが、「保険の未請求分をチャリティに回す」ということです。

具体的には、ユーザーは保険に加入する際、提示される「貧困支援」や「病児支援」など、社会的課題の中から自身が貢献したいテーマを選びます。そして、保険が未請求だった場合、その保険金を選択したテーマに関連するチャリティに寄付するのです。

また、同じテーマを選んだユーザー同士はプラットフォーム内で「仲間」としてつながります。仲間となったユーザーたちは、自分たちが保険金を支払われるような「もしもの事態」にならないようにお互いが助け合うことで、支払われない保険金が寄付金として社会貢献に役立つという、SNS的な要素で自身のリスク回避と社会貢献ができるという仕組みなのです。

 

煩わしい体験を簡略化し若い世代へのアプローチに成功

これらのことからもわかるとおり、Lemonadeが目指すのは、膨大なデータとAIを活用したよりよい体験であり、これまで煩わしいと思っていた保険に関する体験の多くが簡略化され、情報の透明化も実現しています。保険に興味を持つ人の少ないデジタルネイティブを中心とした若い世代に最適化した保険を提供することで、これまで保険会社が苦戦してきた層へのアプローチに成功しています。その結果、2020年の6月8日に、ニューヨーク株式市場での上場も実現しました。 

Lemonadeは、手数料としてユーザーが支払う保険料の一律20%を受け取るというシンプルなシステムになっており、ユーザーにとってわかりやすく、透明性を実現しています
Lemonadeは主に家財保険に関するサービスを提供していますが、ユーザー間をつなげる「P2P」により保険会社を仲介させるという既存概念を廃し、ユーザーにかかるコストを下げることに成功しました
従来は、未請求分の保険料はすべて保険会社の利益となり、ユーザーは「掛け捨て」感にもったいなさを感じていました。しかしLemonadeでは未請求分の保険料がチャリティに寄付され、ユーザーにとって「社会貢献している」という意義を感じられる部分が画期的です
チャットボットやスマホのカメラでの応答により、煩雑な書類での申請作業を解放しました。デジタルネイティブ世代にはそのスピード感が受け入れられています
Text:ブランドン・片山・ヒル
米国サンフランシスコに本社のある日・米市場向けブランディング/マーケティング会社Btrax社CEO。主要クライアントは、カルビー、TOTO、JETRO、伊藤忠商事、Expedia、TripAdvisor等。2010年よりほぼ毎週日本から米国進出を希望する企業からの相談を受け、地元投資関係者やメディアとのやりとりも頻繁。 http://btrax.com/jp/
ブランドン・片山・ヒル
※Web Designing 2020年12月号(2020年10月17日発売)掲載記事を転載

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