デジタル時代のユーザーサポート大改革 事例詳細|つなweB

他業界の英知を結集してTC本来の役割を見つめ直す

スマートフォンの爆発的な普及や通信環境の大幅な向上が進む現代にあって、「紙」をベースにしたユーザーサポートのあり方だけでは間に合わなくなってきている。

製品やサービスの使用情報(マニュアル)を扱う専門家団体「一般財団法人テクニカルコミュニケーター協会(以下、TC協会)」は、かねてより「本当にユーザーに役立つ製品サポートサイト」の重要性を啓発し、同時にそのあり方を探ってきた。しかし、業界の慣習を変えなければならないことや、費用対効果を明示しづらい、組織内調整に労力が掛かってしまうなどで、成果に結びつけられていないのが現状。

こうした状況に強い危機感を抱いた同協会は、2019年、ドラスティックな“改革”に乗り出すことを決意する。業界外からさまざまな分野のエキスパートたちを招聘し、「新時代に求められる製品・サポート情報」のあり方について、あえて業界外から提言を受ける機会を得るプロジェクトをスタートさせたのだ。TC協会の黒田聡氏はこう語る。

「デジタル領域で製品サポート情報を提供していくべきだということは業界内の多くの人が理解していますが、実際にはメディアの変化に追いつけていません。しかしTCは “使い手にとって最適なものを提供する”ことが本来の役割ですから、そこに向かって努力をしていきたいと思います」

その思いを叶えるために、Web解析やエンジニアリング、マーケティング、UXの第一人者たちがこのプロジェクトに参加することになった。現時点で彼らが考える新生マニュアルに必要な要素を、次のページから紹介していく。

今回招聘した有識者により、2019年中に骨子を作成、2020年に実証実験を重ね、そのフィードバックを反映しつつ2021年には日本のメーカーを中心とした製品情報・サポート業務従事者に啓発していく

 

アナリストの視点 /「行動」をベースにパーソナライズ

カスタマージャーニーでユーザーの行動・思いを明確化する

10年前はPCブラウザでアクセスされることだけを念頭に情報を作成すればよかったのですが、現代はスマートフォンやタブレット、スマートスピーカー、VRやARなど、ユーザーはさまざまな媒体で情報に接しますし、情報にタッチするシチュエーションも千差万別です。ですから、ユーザーがどのような状況でマニュアルやサポートサイトを活用するのかを考慮した上で情報の作成・出し分けをする必要があります。

特にスマートスピーカーの存在は大きいと思います。従来、ネットの情報に接するには、手を動かして目で見るという行動が不可欠でしたが、スマートスピーカーは声で操作し、耳で取得するので、より少ないステップで情報に接することができます。こうした新たなインターフェイスは、今後TC業界にも大きなインパクトを与えることになるでしょう。

アナリスト 安西敬介
ユーザーのリテラシーは属性でまとめられるものではありません。

また、ARも今後重要なキーワードになっていくでしょう。例えばロンドン・ヒースロー空港では、AR技術を活用し、空港内でスマホをかざすと場内の看板を多言語に翻訳するという取り組みを実施しています。今後、訪日外国人の増加が予想される日本においても、こうした事例は大きなヒントになるでしょうし、より一般化すればサポート情報のつくり方そのものが変化してくると思います。

もうひとつ注目したいのは「ハイパー・パーソナライゼーション」の考え方です。これはユーザーの行動をベースにコンテンツなどをレコメンドしていく手法です。属性で考えると、例えば「30代 男性」と一口に言ってもその人物像はさまざまですが、経験や趣味趣向をベースに考えていくと、よりユーザーにマッチしていくことができますよね。サポート情報においても、ユーザーのリテラシーは属性でまとめられるものではないので、行動をベースにパーソナライズしていくことで、よりユーザーの役に立つことができるでしょう。

こうした取り組みを進めていく上で組織的な調整は必須ですが、まずはカスタマージャーニーを作成してみるといいのではないでしょうか。特に製品購入後、ユーザーがどんなタイミング、どんな思いでサポート情報を欲し、接することになるのかを明確にしていくと、本当に必要なことが見えてくるはずです。

スマートスピーカーの可能性
音声により少ないステップで操作を実行できる点で、サポートの世界にも多大な影響を与えるポテンシャルを持っていると思います
ARの可能性
スマホをかざせば現実世界に情報を付加することができるARは、すでにサポートという意味では実現されているサービスもありますが、製品サポート情報とは親和性の高い技術です。2019年3月に米国で開催されたAdobe Summit 2019の基調講演でも、顧客にAR体験を提供することによるエンゲージメントの向上について語られました

 

エンジニアの視点/「コンポーネント化」「非言語化」が企業ブランディングにつながる

アトミックデザインで自社の情報構造を再定義する

UIデザインの手法に「アトミックデザイン」というものがあります。画面の構成要素を「原子(Atom)」「分子」「有機体」「テンプレート」「ページ」という5段階に分け、最終的なUIの基礎となるデザインシステムをつくっていくものです。

近年、スマートフォンの普及によって情報の表示エリアが狭くなっていることから、Webデザインは「ページ」単位ではなく、「コンポーネント(部品)」として捉える考えが重要になっています。だからこの手法を用いると、一度コンポーネント化した情報をシチュエーションやアウトプットの形に応じて再利用していくことも可能になります。これはWebサイトだけではなく企業のブランディングにもつながる話です。製品を開発する際に情報をコンポーネント化しておけば新しい製品にも活用することができます。つまり、コンポーネントこそが自社が持つ価値となるのです。

エンジニア 巣籠悠輔
アイコンなどで情報を伝えられれば ユーザーの負担を減らすことができます。

アトミックデザインが成立すれば、そのブランドの製品はどれもある程度の共通項を持つことができるようになり、ユーザーに対しても「この会社の製品だから、ここはこうなっている」という暗黙的な理解を促せるようにもなります。そうすれば製品マニュアルやサポート情報のあり方も変化していくのではないでしょうか。その際にポイントとなるのが、情報を非言語化していくことです。言葉ではなくアイコンなどで情報の意味を伝えることができれば、ユーザーの負担を減らし、より直感的に情報を伝えることができますし、さまざまなシーンへの流用も可能になるからです。

ただし、一足飛びに非言語化してしまうと逆に混乱を招くため、自分たちが持つ情報を整理し直して、どの情報がコンポーネント化、非言語化できるかということを見極め、再構築していくことが欠かせません。

あわせて大切なのが、「行動と状態」を整理していくことです。ユーザーがサポートを欲するのは、何らかの“行動”を取ったのに、思ったとおりの“状態”にならなかった場合です。この2つを整理していくと、ユーザーに対してどのようなサポートを施すことが最適なのかも見えてきますし、さらに進めば、自ずと情報のコンポーネント化、非言語化にもつながっていくのではないでしょうか。

サイト情報をコンポーネント化
サイトの情報を、例えばボタン1つを原子(Atom)と考え、それらの集合体でページがつくられていく考え方をすると、アウトプットの状況に合わせた原子を組み合わせて最適なデザインを可能にします。この一つひとつの原子が、企業や製品のブランドになっていきます
操作の予想がつくGoogleツール
例えば「G Suite」のようなGoogleのツール群は統一されたデザイン思想において設計されているので、たとえそのツールを初めて利用する際にも、過去にGoogleのツールを使用した経験があればこのアイコンはどのような機能なのか想像がつきやすくなっています

 

テクニカルコミュニケーターの視点 /ドキュメントを取り巻く環境は大きな変革期

現状とあるべき姿を共有し、「自分ゴト」化させる

古くは巻物から冊子へとドキュメントのあり方が変化した時代がありましたが、Webやアプリなど、さまざまなメディア・デバイスで情報を閲覧する現代は、それ以上の変革期にあると言えます。実際、多くのユーザーは何らかの情報を求める際にスマートフォンで検索をするので、多くの家庭やオフィスからは本棚が姿を消してきています。つまり冊子などの物理的なドキュメントを溜めて、その中から求める情報を探すという行為が稀になってきているのです。

こうした状況の変化に、歴史ある企業ほど、対応に時間を要しがちであることも特徴です。これまで何らかの最先端テクノロジーが誕生した際には、企業側から消費者に対して浸透させていく、という構図でした。しかし今は、先に消費者がテクノロジーを受け入れ、生活に浸透したところを企業が後から追いかけるという状況になっています。だからこそ我々TC業界は、ユーザーが求める情報を、求めている形態で提供していかなくてはならないと感じています。

テクニカルコミュニケーター 黒田聡
現在のユーザーが もっとも便利で望んでいる形を作りたい。 

これは何も「他業界に先駆けて我々がイノベーションを起こしていこう」ということではありません。むしろTC業界は、ネット活用が進んでいる業界では5年前10年前に議論していたところにいると、指摘を受けています。現代は産業界が「モノからコト」へと価値の比重を変えてきている状況にあるので、その流れに乗っていくべきだと考えています。これまでに培ってきた技術や知識を捨てるべきというわけでもありません。ユーザーが求める情報を、ユーザーに適切な形で提供するという、TCの本来の役割を取り戻すことが大切だと訴えたいわけです。

そのように取り組んでいく上で大きな課題は、従来のやり方から切り換える上でのコンセンサスを得るのに苦慮するケースが年々目立つようになっていることです。ユーザーの多様性が進む中で、どのようなタイミングで、どのような提供形態に移行したらよいか定めることが難しいのです。しかし日本は目標が決まるとそこに向かって走っていく文化も持っています。だからこそ、このプロジェクトを通してTCに携わる人々に現状を「自分ゴト」として捉えてもらうことを目指していきたいと思っています。

巻物から冊子、そしてデジタルへ
巻物から冊子への移行は歴史的にも大きな文化の変遷ですが、今、それと同じくらいの変革の時期に来ています。今までのような「紙ベース」の考え方から、最適なデジタルデバイスでの情報配信のあり方を、ゼロから見直す必要があります
情報活用の革新は、ユーザーから企業へ
自動車や電化製品など、従来は、ユーザーに浸透する新しい技術は企業側からのアプローチがほとんどでした。しかし、情報を探して読むという局面において、最新技術はまずユーザーに受け入れられ、そこに企業側は追いついてアプローチするという構図に変わってきています

 

企画協力:一般財団法人テクニカルコミュニケーター協会

久我智也
※Web Designing 2019年6月号(2019年4月18日発売)掲載記事を転載

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