インバウンドのPR術「メディア編」 事例詳細|つなweB

1. 海外への発信もマーケティングの基本は同じ

10言語で記事を制作 3つのネイティブ編集チームも

MATCHAは2018年12月で設立から丸5年を迎えます。設立のきっかけには弊社の代表(青木優 代表取締役社長)の経験があります。大学在学中に世界を旅して回った際、日本の文化自体は各地で受け入れられているのに、それがビジネスになっていないことを肌で感じたそうです。そして自分に何ができるのかを考え、情報発信に着目したことが今のMATCHAにつながっています。その経緯から、社のミッションを「日本の価値ある文化を、時代とともに創っていく」と定め、それを実現するひとつの方法として世界最大の訪日観光プラットフォームになることを目指しています。

現在は日本語と英語・中国語繁体・中国語簡体・タイ語・韓国語・インドネシア語・ベトナム語・スペイン語、そして主に日本語学習者などを想定したやさしい日本語という、10の言葉で記事を制作しています。海外からの閲覧数を見ると、最も多いのが台湾で、次がタイ、英語圏という順です。

記事の制作フローは2通りあります。ひとつは日本人のライターが書いた記事を各国語に翻訳して掲載するもの。もうひとつはネイティブの編集チームが独自に制作し、その言語で掲載するものです。ネイティブの編集チームは現在、英語・中国語繁体(台湾・香港)・タイ語の3つがあります。

 

ガイドブック的な情報と雑誌的な情報

この2つは掲載スタイルだけでなくコンテンツの傾向も異なります。日本語から多言語展開する記事は、例えば成田空港から都内への移動手段、定番の観光スポットなど、言語に関係なく訪日客に必要な情報を多く扱っています。

一方でネイティブの編集チームが制作する記事は、その時に話題になっている旬のものや、いわゆる編集者の“目利き”で選んだテーマを多く取り上げています。弊社ではこれを「ガイドブック的な情報」と「雑誌的な情報」という言い方で分けています。

ガイドブックが比較的スタンダードな情報を載せるのに対して、雑誌は扱う分野やスタイルに個性がありますよね。各編集チームは日本をテーマにした雑誌をつくるような感覚で、外国人の視点から見て何が面白いのか、何が読者層に刺さりそうか、といった考え方で制作しているのです。

 

適した見せ方とSEO、SNS基本的な施策の積み重ね

読者のほとんどがスマートフォンで閲覧しているため、スマートフォンで読みやすい形式にすることも意識しています。といっても、ページを長くしすぎない、適宜段落で区切る、画像をはさむといった基本の部分で、厳密なレギュレーションではありません。逆に「○○のおすすめ20選」のように情報を網羅する記事なら1ページに入れてしまうなど、内容に相応しい形を適用しています。

海外の読者の流入元は、SEOとSNS、ブックマークが中心です。SEOでは観光地の地名や季節ごとの名詞などがターゲットです。季節のワードでは、例えば「桜(cherry blossom)」が人気ですが、春だけでなく秋冬にかけても増える傾向があります。海外旅行では3カ月や半年先の予定を立てることもありますよね。これにあわせて先取りした情報の提供も必要です。

SNSは主にFacebookを活用しています。Instagramも含めて、特にアジア圏では人気があります。主にMATCHAの掲載記事を投稿しており、内容によってはコメント欄が盛り上がることもあります。SNSは拡散のためのツールと考えるよりも、コツコツと積み上げていくほうが得るものがあると言えるでしょう。

一方で、欧米圏では最近、ユーザーの反応が薄くなってきた印象があります。Facebook離れなのかアルゴリズム変更の影響なのかは掴みきれませんが、いずれにしても今後はSNSよりも個人が信用するメディアやブロガーとのダイレクトなチャンネルを情報源とする人が増えるのではないかと思っています。最近、ニュースレターの再興やサロンという形式が見られるのもその一面でしょう。その意味でも、今後はメディアとしてもブランドの強化がより重要なことになってくるのではないでしょうか。

 

2. 文化的背景の異なる人が何に興味を持つのか

テーマ探しは「データ」と「目利き」の両方から

記事のテーマは企画会議で決めています。主に2つの軸があり、ひとつはデータドリブンで立ち上げるもの、もうひとつは先ほどお話しした編集者の“目利き”で見つけてくるものです。

最近の例でいうと、データから探ってヒットしたのが軽井沢の記事です。近年、台湾や香港からの旅行客に人気のスポットになっていて、SEOでも上位に入ってきていました。日帰りで行くことを想定して、概要ではなく深い情報を追加すれば需要があると考えて企画し、成果を上げました。またグローバルで人気の高いラーメンも狙いました。全体的に情報を厚くすることを目的に、渋谷・池袋・京都など各地の「ラーメン○○選」を積み重ねていったところ、こちらもトラフィックが集まりました。

キーワードの探し方は、定番ですが「Google キーワードプランナー」(Googleの広告「アドワーズ」用の無料ツールで、出稿するキーワードの検索需要などを調べられる)で検索ボリュームを調べるところから始めます。ただ、検索の仕方が日本語と少し違う場合があるので注意が必要です。例えば日本語で観光地を検索するなら「仙台 名所」などとなりますが、英語では「Things to do in Sendai」という形で検索されます。こうした慣用表現もある程度知っておくといいと思います。

一方、編集者が企画したテーマでは、例えば台湾向けでは池袋のおにぎり屋さんの記事が人気になりました。台湾には度々訪日するツウの方もとても多く、観光スポットというより私たちでも知らないローカルな情報に反響が集まることがあります。タイ語の記事では、定番の観光情報はもちろんですが、「日本の大仏10選」とか「タイでも買える日本のお土産」などコンテンツとして楽しんでもらえる記事もヒットしました。

それぞれの国で人気になるものの傾向は異なります。私たちにはごく日常のことが訪日客にはとても面白く感じられることも珍しくありません。その感覚は私たちには計れないので、ネイティブの編集部の企画については彼らの視点を尊重しています。

その上で仮説を立て、成果を検証して次の企画へ活かす。PDCAを回して知見を積み重ねています。

 

マーケティングの基本は同じ まずはターゲットを知ろう

日本の観光情報を伝えるメディアとして、私たちは取材をとても大切にしています。まとめ系の記事も制作しますが、競合との差別化の意味でも短期的なアクセス数のみを目標とした形では扱っていません。丁寧な取材で掘り下げる記事があると同時に、ある地域の概要を知るにはまとめ記事が適しているのも事実です。どちらが良い悪いではなく、ニーズに応じたテーマ選びと、目的にあわせた記事構成が大切です。

MATCHAでは企業などから依頼されるPR記事も制作しています。企業の持つマーケティング課題はさまざまですが、共通して言えるのは「どこにでも通用するインバウンドマーケティングの鉄則は存在しない」ということです。インバウンドも日頃のマーケティング活動の延長線上に存在するものであり、ターゲットが国外であっても基本は変わりません。受け入れられるコンテンツをつくるには、ターゲットのインサイトを得ることが求められます。

私たちの場合は、海外出身の社員の意見を聞いたり、定期的に読者インタビューを行っています。また、自分自身が旅行者の立場になった時にどんな情報が必要か、疑似体験する視点も役に立つと思います。アルバイトやモニターという形で日本在住の外国人との接点をつくることもできるでしょう。

情報を発信するなら頭からインバウンドを意識するよりも、マーケティングの基本に立ち返って、ターゲットがどういう人なのか明らかにするところから取り組むのが良いのではないでしょうか。

笠井美史乃
※Web Designing 2018年12月号(2018年10月18日発売)掲載記事を転載

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