インバウンドのPR術「動画編」 事例詳細|つなweB

1. 動画マーケティングは制作前の「座組み」から

「クチコミ」の時代に公式が発信することの必要性

マーケティングにおいて動画はますます欠かせないツールになっています。弊社でも企業・自治体・官公庁などから海外へ向けたPRのための動画制作を数多くご依頼いただいており、英語をはじめとした多言語展開が当たり前になっています。

一般の人でも手軽に動画を撮影・公開することができる環境ではありますが、だからこそ企業・自治体などの当事者が「オフィシャル」として動画を出す必要性があると感じています。ホテルを例に考えてみると、宿泊者がSNSなどにクチコミを書いたり、写真や動画を投稿するのは当たり前のことですが、それはその個人が見たものであり、ホテルの全体像からすればほんの一部を切り取ったものに過ぎません。そうした細切れの情報がクチコミとして出回ってしまうのは、ホテルにとっては危険とも言えます。

良くも悪くも動画の影響力が大きくなっている現在、意図せぬ拡散が往々にして起こり得る状況であることを忘れてはいけません。そこで、自分たちがどんな客層に向けてどんなサービスを提供しているのか、ブランドを伝える意味で「オフィシャルな動画」の存在が重要なのです。クチコミをもとに情報を検索した時、その結果にオフィシャルの動画が出てくることに意義があります。

 

制作物をどう活用するか事前の計画が成果を分ける

制作した動画をただ公開しただけでは何の成果も挙げられません。ご提案の段階で私たちが大事にしているのは、“座組み”をしっかりつくり、その上で一緒に制作していくということです。座組みというのは、できた動画をFacebookではこう展開していきましょう、受け皿として公式サイトをきちんと用意して長く活かしていきましょう…といった形で、制作物を十分に活用するための枠組みを設計することです。具体的な成果とそのための手段を最初からクライアントと共有しておくことが大切です。

これにより、どんな目的でどんな内容の動画をつくるべきか、目指すものが具体的になります。途中で進み方に迷った時に立ち返る場所にもなるでしょう。

また予算の使い方にも良い影響があります。例えば最初の段階で「プラス10万円で動画広告を使えばこのような成果が見込めます」と具体的な数字を示して交渉ができます。広告に使うと決まっていれば、広告に適した構成で動画を制作することができ、視聴継続率を高め単価を下げることも狙えます。

これは1回完結で制作する場合の考え方ですが、これからは定期的な更新でじわじわとファンを広げていく、チャンネル的な運用についてもニーズが高まってくると考えています。

 

ターゲットを広げすぎない伝えたいことを1つに絞る

制作に入る前に、クライアントにも考えてほしいことが2つあります。ひとつは誰にその動画を見てほしいのか、です。インバウンド目的の場合「旅行者」を一括りに考えてはいませんか? プロモーションをするなら日本国内ですらターゲットを絞る必要があるのですから、生活も文化も違う相手であればなおさらです。どこから来たのか、家族旅行かバックパッカーか、どんな目的の旅行かなど、対象になる人のことを考えてみてください。すべての人を相手にすると結果的にメッセージがハッキリせず、誰にも届かない動画になってしまいがちです。

 もうひとつは伝えたいことの優先順位です。自分たちが見せたいもの、売りたい商品の中で最優先を決め、それによって「その商品=その会社」という関係を明確にするのです。

 ある和菓子屋の例では、当初、商品種類が非常に豊富でどれもこだわりがあることを伝えたいと希望されましたが、最終的には一番売れる可能性のある商品に絞って展開しました。まずはその一点を知ってもらうことを入り口として、気に入れば徐々に別の商品にも興味を持ってもらえる可能性があります。最初は一つに絞ることが大切です。

 

2. 映像の力を引き出す、伝えるためのつくりかた

言葉に頼らずわかりやすく伝える動画制作のポイント

映像は言語を超えてメッセージを伝えることができます。しかし、伝えるためには生活文化の違いや視聴環境への配慮も必要です。特にスマートフォンでの視聴が主流となっていることを踏まえ、海外向けの動画制作において留意すべきポイントを挙げていきましょう。

1)字幕は最後の手段
インバウンド市場の8割はアジア圏が占め、各国とも公用語が異なるためすべてに対応するのは困難で、英語もそこまで通じません。また英語圏では長々とした字幕は読まれない傾向があります。画面が見づらいことも考え、使う場合も最小限に止めるのが良いでしょう。

2)わかりやすい映像文法
例えば「空を見上げる人→流れる雲」とカットを繋げば、その人が雲を見ているのだと感覚的にわかります。映像文法とはこうしたカットのつながり・関係性のつくり方です。言葉を使わずに伝えたいことを表現するために、わかりやすく整理された文法が大切です。

また、小さい画面でも映っているものがわかるよう、適切に寄り(近付いて映す)のカットを活用すると良いでしょう。

3)考える余裕と丁寧な説明
日本人なら神輿行列を見て瞬時に「祭りだ」とわかりますが、文化的な前提が共有されていないと「祭事的な集団行動」だと理解するのに1~2秒かかるかもしれません。

これは製品・サービスの紹介でも同様です。理解してもらうための動画では、考える余裕のあるカット尺と、視覚で伝わる丁寧な説明が必要です。

4)短時間で印象に残る表現
SNSでのシェアを考慮すると、短くてインパクトを与える表現が望ましいでしょう。伝えたいことを詰め込みすぎて長くなると、離脱が進むだけでなく、視聴して満足してしまい、その先の興味・行動に繋がらないことも起こり得ます。

逆に、興味があればいくらでも見るようなコアなターゲット向けに発信するならそれは当てはまりません。無意識に15秒・30秒など従来のCM尺を基準としがちですが、それに囚われなくていい自由さも活かしてほしいと思います。

5)こだわりすぎに注意
良く見せたいという気持ちから映像のクオリティにこだわりすぎてしまうと「つくり物」という印象を与えかねません。目先を気にしすぎて本当に響くものから離れていないか、注意しましょう。

6)必要な情報を添える

動画サイトへ掲載する際はタイトルや概要欄の説明・リンク等をきちんと記載しておきましょう。興味を持った人への適切な情報提供につながります。

 

 

映像は「体験のメディア」見る人の視点を忘れずに

自分たちの魅力は何なのか、情報発信する上で当事者がそれを見つけるのは難しいことです。第三者、できれば外国人に意見を聞いて、どこが魅力的に見えるのかを知ってください。私自身も、外国人スタッフの意外な視点にはいつも驚かされます。

訪日観光のPR動画というと、とかく着物や抹茶といったモチーフが頻出しますが、現実には今の生活でそれほど日常的なものとは言えません。今の日本に来てほしいのに、なぜか「昔の日本」を伝えたがっていないでしょうか。

インバウンドにおいて競合となるのは世界の観光地です。数ある中から印象を残すためには尖った表現も必要だと思っているのですが、どうも無難な感じを求められがちです。自分を知るだけでなく、自分が何と比べられているのか、ライバルにも目を向けてみてください。

動画は「体験のメディア」だといわれます。映画の登場人物に感情移入するのは、その人物の状況を疑似体験しているからです。動画を使ってPRするということは、目と耳で視聴者に擬似体験してもらうことに近いでしょう。視聴者にどんな体験をしてもらいたいのか、その視点を忘れずに制作していただきたいと思います。その体験が実際に見てみたい・触れてみたいという興味関心につながるものであれば、なお理想的と言えるでしょう。

笠井美史乃
※Web Designing 2018年12月号(2018年10月18日発売)掲載記事を転載

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