小川卓さん解説「マーケティングはAIで自動化される」 事例詳細|つなweB

Adobe Summitのホットワード Adobe Senseiとは?

Webマーケティングは、集計・分析・レポート作成・施策の検討や実行など、非常に手間のかかる作業です。Webアナリスト・マーケターである筆者と同様に、こうした業務に関わる方の多くは、もう少し楽にならないだろうかと感じているのではないでしょうか。2018年3月に開催された「Adobe Summit」では、そうしたタスクを近い将来AIが軽減してくれるようになる機能がいくつも発表されました。

Adobe Summitとは、アドビシステムズ(以下Adobe)が毎年アメリカで行っているカンファレンスです。今年は「Make Experience Your Business (顧客体験をビジネスの中心に)」をテーマに、ラスベガスで開催されました。そこでは同時に20近くのセッションが行われ、累計セッション数は約300と膨大であり、多種多様な内容が披露されます。筆者も数々のセッションに参加しましたが、その多くで話題に挙がっていたキーワードが「Adobe Sensei」でした。

Adobe Summit
毎年アメリカで開催される、Adobeが開発した新機能などが紹介されるカンファレンス。参加人数は例年増加し、2018年は45カ国以上の国々から1万3,000名も参加した

これは特定の製品名ではなく技術の総称です。Adobeが提供するさまざまな製品に搭載されていて、すでに50種類以上の機能に利用されています。また、今後も新たな機能として搭載される予定です。その概要は、「人工知能(AI=Artificial Intelligence)と機械学習(ML=Machine Learning)をAdobeの商品群の中で共通フレームワークとして提供し、デザイン・分析・配信などの最大化と最適化を行う」というものです。

なんとなくすごいということはわかるけれど、どのように使われるのかがいまいちピンとこないかもしれません。

 

未来のWebマーケティングに人間は不要になる!?

筆者は、Webマーケティングの活動をDMAICとPDCAという観点で考えています。DMAICは「Define(定義する)」「Measure(測定する)」「Analysis(分析)」「Improve(改善する)」「Control(管理する)」という、継続的な改善を実現するための手順を意味していて、改善活動を継続的に行う部分が「PDCA」にあたります(01)。

01 マーケティングプロセスにおけるAIと人間の住み分け
筆者が考えるWebマーケティング活動における要素をまとめた図です。そのうち一部は将来的にAIが担うようになっていきますが、 人間が引き続き担うべき分野もあり、AIと協業していくのが未来の姿になると考えられます

Adobe Senseiによる新機能では、その中の分析、改善、管理などの部分をAIで自動化していくものが発表されていました。そうなると、これからも人間が担っていく部分、たとえば「そもそも何をゴールにするのか、どういったユーザーをターゲットにするのか」「どういったサービスを提供するのか」「AIや機械学習を活用したデータ自体の取得」「施策実施の判断や未来に向けたプランニング」といったことの重要性がより増していくことは間違いありません。つまり将来的にWebマーケティングは、人間とAIで協業して行っていくものになっていきそうです。

ではここから、Adobe Summitで発表されたAdobi Senseiを活用した具体的な新機能を紹介していきます。アメリカではすでに搭載されているけれども日本ではまだのもの、今後搭載が期待されるものも含みます。

 

画像内の要素を機械学習で認識

機械学習が得意とする分野の一つに「画像認識」があります。この技術はAdobe Senseiの中でさまざまな形で利用されています。たとえば画像に写っている要素を特定したりタグ化したり、その画像と類似する画像を探したりといったように(02)。

02 画像の中にある要素を認識
この写真の中からは、「靴」のほか、その靴が「パターン柄」で「カラフル」であること。人物が「ジャンプ」していること、足元で「水が飛び散っている」ことなどの要素が認識されています

Adobeが提供しているマーケティングツールの製品群「Adobe Experience Cloud」と連動することで、画像の中のどの要素が成果に繋がっているかを判別することもできます。

そうしたデータに基づいて、ユーザーの属性ごとや個別のユーザーごとに、最適な画像を自動で出し分けるということも可能です。たとえば、ユーザーの過去の行動履歴を元に、より興味関心が高まる商品画像やバナーなどを見せられるわけです。

  

手描き画像の要素を認識しポスターを自動生成

Adobe Senseiは、手描きスケッチの要素も認識できます。こちらもAdobe Experience Cloudに搭載されています。Adobe Summitでは、動物のスケッチから要素を特定し、それを元に自動でポスターをつくるデモが紹介されました(03)。動物の種類や顔の向きまで判定し、適切な背景画像が選択され、指定したサイズに応じて適宜レイアウトされポスターのバリエーションが瞬時に生成されます。クリエイティブの制作まで、自動化することができるのです。  

03 手描きスケッチからポスターを自動生成
フなスケッチから描かれた動物やそれぞれの顔の向きを判別し、近い構図の写真を見つけ、それらを用いたポスターが自動で生成されます

 

SNSで効果を上げる動画を予測・編集する

Adobe Senseiが扱えるのは、静止画像だけに留まりません。その進化は、動画の世界にもやってきています。Adobe Summitでは、動画に映っているものを自動で認識し、SNS上で共有するとどれくらい見られるのかを予測するというデモが紹介されました(04)。

04 動画のSNSにおける効果を予測・改善
Adobe Summitのデモでは、1分47秒ある動画を解析し、動画内に映っている要素をタグ化。また、各SNSでその動画を公開した場合の閲覧予測も表示されました(上図)。そして、より効果の高いシーンだけを選別し、指定した長さに自動編集した動画を自動生成すると、Instagramでの閲覧予測スコアが20から90へと改善されました(下図)画像:Adobe Experience Cloud YouTubeより

まずは、動画に映っているものをAdobe Senseiが認識し、画像の時と同様に「サーフィン」「海」「旅行」などとタグ化します。そしてこの動画をInstagramやFacebookなど各SNS上で共有したら、どの程度視聴されそうかというのを、過去のデータに基づいてAIが予測してくれます。

デモで紹介された動画は、InstagramでのWatchability(閲覧される可能性)が20(100が最高スコア)と低くなっていました。そしてここからがすごいのですが、このスコアを自動で改善することができます。動画の再生時間を指定すると、自動的に動画の良いところを抜き取って指定時間になるように編集をしてくれます。デモでは15秒の動画が生成され、その結果InstagramでのWatchabilityスコアが90に改善されました。

これは、閲覧者にとって良い動画が提供されるだけではなく、動画編集の作業も大きく改善されることを意味しています。正解を最大化するだけではなく、工数削減にも大きく寄与するのです。

Adobe Summitでは、Adobeの研究部門で開発中の最新テクノロジーを紹介する「Summit Sneaks」という、毎年人気のセッションがあります。本機能は、そのセッションの中で紹介されました(後述する06、07も同様)。前述の動画が適切な時間に最適化された瞬間には、歓声が上がっていたのが印象的でした。自分たちの業務が楽になり、動画の閲覧が増えるという成果が出ることがイメージしやすかったからではないでしょうか。こちらはまだ搭載が期待されている段階ですが、実用化されれば大きなインパクトを与えるでしょう。

 

A/Bテストの手間や課題を一気に解決

マーケティングの現場でよく行われる手段の一つ、「A/Bテスト」。ご存じの方も多いかと思いますが、たとえば2種類のバナー画像を作成し、それぞれのパターンをWebサイトにランダムで表示し、訪れた人にどちらの方がクリックされるかをテストすることで、どちらがより成果に繋がるかを分析する方法です。このA/Bテストで改善を行っているWebサイトも数多くあるでしょう。

しかし、この手法にはいくつか課題があります。「複数回テストを繰り返さないといけない」「パターンを考えるのが大変」「ある人にとってはAのバナーの方が良くても、別の人にとってはBのバナーの方が良いかもしれない」「結果がわかってもなぜ良かったのかという要因がわからない」というように。

こうした課題も、Adobe Senseiの技術をAdobeのテスト&ターゲティングソリューション「Adobe Target」に組み込むことによって解決されます。この機能ではWebサイトに訪れた人の過去の行動に基づき、AとBがあるとしたらより適切なパターンを個々に合わせて表示してくれます。ここでも画像の中身を自動認識し、画像内のどの要素が成果に繋がったかなどが判別可能です。また、画像や文章といった素材を用意すれば、自動で適切なバナー画像も作成してくれます。これまで多くの手間やコストがかかったテストパターンの作成・実行・分析・最適化までもが、どんどん自動化されることになります。

また、従来のA/Bテストでは、「どちらがより多くに対して良い効果を与えるか」という最大公約数的な判断をしてきましたが、今後はユーザー個々にパーソナライズしたコミュニケーションを取ることも可能になってきます(05)。

05 Adobe Senseiを活用したテストの最適化ロジック
Adobe Senseiでは、バンディット・ランダムフォレストなどの機械学習アルゴリズムを活用した最適化ロジックを用いています。これにより、これまでのようにAとBどちらがより効果があるかというようなマーケティングではなく、AIの分析・出し分けによってターゲットごとにパーソナライズ化されたマーケティングを行えるようになります

 

サイトの改善やマーケティングの手間を大きく軽減

Webサイト全体の改善についても、Adobe Senseiの技術は活用できます。「Intelligent Content Insights」という技術のデモでは、サイト全体を分析し、サイト内のどの要素が成果に繋がっているかを自動分析していました(06)。分析はページ単位ではなく、画像・動画・テキストなどの個々の要素も対象となります。これによって改善ポイントが明確になれば、PDCAサイクルをこれまでよりも高速かつ効果的に回していけるようになるでしょう。

また、集客のプランニングについては、Adobe Marketing Cloudですでに自動化されています。年代や性別といった対象ターゲットや予算などを設定すると、過去の結果に基づいてどの広告にいくら予算を使えば良いかといったデータが可視化されるのです。Adobe Summitではさらに、新しいキャンペーンを行う際に、その閲覧や視聴を最大化するために、どういった集客をいつ行えば良いかという提案を自動で行う機能のデモが紹介されました(07)。

06 サイトの要素とその効果を分析
動画やテーマ、テンプレート、著者など、サイト内のどの要素が成果に繋がっているかを可視化してくれます。また、特定の動画を見た人の反応比較なども可能です。こちらは将来搭載が期待される機能です
画像:Adobe Experience Cloud YouTubeより
07 キャンペーンの集客の方法とタイミングを提案
キャンペーンにおいてWebサイトの公開、メールマガジンの発行、SNSやブログで投稿といった集客内容とタイミングを自動で提案してくれます。こちらも将来搭載が期待される機能です
画像:Adobe Experience Cloud YouTubeより

ここまで紹介したようなAIの機能と協業することで、Webマーケターは面倒な集計・分析・予測などの作業から解放されることになります。ただ、AIによって高度な機能が多く提供されても、それらをすべて理解し使いこなせる人はいません。そのため、AIと人間だけでなく、人間側のチームとしての協業の重要性も今まで以上に増すのではないかと考えられます。

Adobeはここ数年、クリエイティブとマーケティングの融合を積極的に進めてきました。しかし数年前に参加したAdobe Summitでは、「ツールの進化はものすごいが、人間や組織側の進化が追いついていない」と感じました。ところが今年は、Adobeが「組織の壁や進化をツールや技術で解決しようとしている」という印象を持ちました。クリエイターやマーケター、経営者が同じプラットフォーム内で協働することで成果を出すための環境が整ってきていたのです。

Webサイトの分析・改善を専門としている筆者としては危機感を覚えもしますが、それと同時に面倒な集計や分析が無くなりより成果をあげられる未来が早く実現してほしいとも考えています。今後やってくる未来に対して、ぜひみなさまも情報収集と実証を通じて、自社で取り入れるべき仕組みやツールを判断してください。すべてを実現するのは難しいとしても、最新の状況とそれに対する自社の採用方針を常に議論しておくことは大切です。

 

 

Text:小川 卓
Webアナリストとしてリクルート、サイバーエージェント、アマゾンジャパン等で勤務後、独立。複数社の社外取締役、大学院の客員教授などを通じてWeb解析の啓蒙・浸透に従事。(株)HAPPY ANALYTICS代表取締役。

 

小川 卓
※Web Designing 2018年10月号(2018年8月18日)掲載記事を転載

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