【AI導入のヒント】開発者&起業家の考え方から学ぶ 事例詳細|つなweB

AI導入、その前に。認識しておくべき大前提とは

—ビジネスにAIを導入したいと考える企業も少なくないと思います。そのような企業が、まずAI導入のスタート地点として、心得ておくべきことは何でしょうか?

巣籠悠輔氏 まずはPOC(プルーフ・オブ・コンセプト/コンセプト実証)に、しっかり取り組むことが大前提になると考えています。実際、AI導入を進めているいろいろな企業が、今取り組んでいるのはPOCのフェーズではないかと思います。

—なぜコンセプトの実証が、大前提としてそんなに重要なのでしょうか?

巣籠氏 「AIを使う」ことが目的となってしまい、「AIで何をやりたかったのか?」を見失わないためです。「何をやりたいのか」とコンセプトがあやふやなまま進めてしまうと、費用は膨大にかかったけれど、期待どおりの成果を上げることができなかったという結果に陥ってしまうことも少なくありません。そういった意味で、コンセプトを実証することができたものを事業化するというのが、AIをビジネスに導入する上での大前提であり、スタート地点だと言えます。

—なるほど。他に、大前提として念頭に置いておくべきことはありますか?

巣籠氏 もうひとつ忘れてはいけない視点は、AIもR&D(研究開発)であるということです。AIを使って何か事業がやりたいわけですから、投資分の回収ができないような事業であれば、当然見直しを検討する必要があります。しかしAIと聞いた瞬間に、あたかも「すべてがうまくいくのが当たり前」というような前提で、プロジェクトが進められているケースを多々見受けます。実際には、AIだからといって、すべてうまくいくわけではありませんので、そのあたりの認識を正しておくことも大切ですね。

 

ヒント(1)人が面倒だと思うことに、“課題”を設定し明確にする

—具体的にAIの導入をしようとしたら、どのようなステップで考えればいいのでしょうか?

巣籠氏 まずは課題を明確にすることから始めます。世の中のAIを導入したいと考える企業さんの多くは、「なんとなくこんなことをしたい」と、やりたいことがあやふやな場合がすごく多いように感じています。それを明文化して、スコープを絞っていくことが大事ですね。

—「AIで何ができるのか」という視点で、課題を明確化していくのは難しいことのように感じますが…。

巣籠氏 難しく考えなくても大丈夫。基本的にAIは、「人が面倒くさい」と感じているところを、簡潔にするための存在だと思っています。世の中的には、AIは人を超える存在だと思っている人も多いですが、人を超えるAIをつくろうとすると難易度が高い。しかし、人が面倒に感じながらやっている作業を、機械にやってもらうという切り口で考えると、AIの導入がうまくいきやすいと思っています。

その文脈から考えると、今面倒くさいと感じているところが課題になると思うので、まずはそこを明確にするのが1つ目の大きなポイントですね。

—面倒に感じている作業というのは、面白い視点ですね。

巣籠氏 そうですね、人間って単純労働をしていると消耗してしまうんですよね。そういう作業はまさしく機械に任せたい仕事。だから「もっと楽をしたい」というシーンに出くわしたら、AIを導入するチャンスがあるところかもしれません。たとえば、人が目で見て、判断・処理するような仕事は、できるだけ楽に済ませたいですよね。わかりやすい例でいうと、工場のラインで異常な部品を見つける作業や、文章の校正といった作業です。最近のブームになっているAIは、視覚に捉えたものに対して、何か判断を下すのが、圧倒的に人間より高速に処理できるというものです。「見て、判断する」というステップの作業から、まずは考えてみるというのもいいですね。

 

ヒント(2)“原因”と“結果”を定義し、数値化することで仕様を確立—課題を明文化したら、次のステップは何ですか?

巣籠氏 「何を原因として、どんな結果を得たいのか」を、きちんと定量化、数値化して、定義するのが次の2と3のステップとなります。AIの文脈的には、「何を入力して、何を出力するのか」ということなのですが、入力とは原因のこと、出力とは結果のことを指すと考えていいでしょう。

—もう少しわかりやすくいうと、どういうことですか?

巣籠氏 たとえば、「日経平均株価がどうなるかを予測する」とします。

大前提としてお話をしたように、“あやふや”なコンセプトでは機械学習はうまくいきません。なので、より具体化するために「“明日の”日経平均株価が“上がるのか下がるのか”を予測する」と、いろいろな要件を補います。これで、いつ時点の株価の値動きが見たいのだと、課題を明文化することができました。ここまではステップ1ですね。

ここからがステップ2なのですが、まずは出力、つまり結果を定義します。これはわかりやすいと思うのですが、株価が上がるのか、下がるのか、もしくは変わらないのかが、予測の結果です。

次に、機械が学習をするための材料となる入力、つまり原因を定義しなければなりません。これがステップ3です。

しかし、入力については、明文化した課題の中には該当する情報はありません。ここは自分で考えなければならないのですが、この例の場合ですと、株価の上下動の原因となりそうなものは何かと考えます。今日までの株価の動きや、NYダウ平均株価の動き、円高や円安といった為替情報などでしょうか。

—なるほど。ステップ3の入力を考えていくのは、ちょっとした見識や知見が必要そうですね。

巣籠氏 そうですね。でも、最初から完璧に過不足なく設定する必要はありません。

3つのステップが設定できたら、機械学習なり深層学習なりの実験ができるわけですが、いきなりうまくいくケースはほぼないからです。

—実験がうまくいかなかったら、どうするのでしょうか?

巣籠氏 その場合は、「これが原因だと思っていたところが違っていたから、結果を説明できなかったんだろう」ということで、まずは原因を変えることを考えます。どんなに原因・入力を変えても、望ましい結果を得られない場合は、今、手元にあるデータだけでは、解決できない課題と出力を設定している可能性が高いということになります。そうしたら、もう少し簡単な結果・出力を得ることにするなど、変更を加えていきます。

実験するまでは、紹介したステップを1→2→3の順番で行っていきますが、実験をしてみて思いどおりの成果を得ることができなかった場合は、3→2→1とステップをさかのぼって実験を繰り返していくというのを意識しておくといいと思います。

—原因と得たい結果を数値化するということですが、先ほど「人が面倒な作業」の例として挙げられていた、校正作業は、数値化できるようには思えないのですが…。

巣籠氏 数値化をするには少し知識が必要です。でも、文章のように一見、数値に見えないモノも、たとえば単語ごとにIDを振れば数値化ができるんですね。言葉は数値化できるということを、知識として知っておくといいですね。ほかにも、「はい/いいえ」で回答するようなアンケートデータも、はいを「0」、いいえを「1」と置き換えて集計・分析をすればデータとして扱えます。手元にあるデータは、置き換えることによって数値化できるかもしれないという視点を持っていたらいいのかなと思います。

—巣籠さんのお話の中で、「明文化・明確化する」や「数値化する」が、キーワードかなと思うのですが…。

巣籠氏 そうですね。明文化するや数値化するというのは、ソフトウェア開発でいうところの「仕様を決める」ことに当たるんですね。みなさん、ソフトウェアには仕様があることを当たり前のように理解しているのに、いざデータ分析やAIという話になると途端に漠然としたものになってしまう。それでは仕様が定まっていませんよ、ということになるので、明文化や数値化はとても重要なんです。

 

ヒント(3)実験のよりどころとなる「機械学習の正三角形」—AIを導入しようというプロセスの中で、陥ってしまいやすい注意点などありますか?

巣籠氏 実験をしていて、期待した成果より下回った結果が出てしまうことというのは、もちろんあります。このときに、機械学習のモデルや手法のみを変えることに注力をしてしまうケースをよく見ます。しかしその方法は間違いです。知っておきたいのは、データとモデル、手法で形成する「機械学習の三角関係」のバランスがよくなければならないということです。

成果がでないと、手法がよくないと勘違いする人が多いのですが、実はデータが本当は足りていなかったということを見落としているケースも多い。また、データばかりを整えても、モデルがおろそかになっては意味がない。この3つの関係が、常に正三角形を保つことが大切なのです。これは、実験をしていく上でのマインドセットですね。実験に夢中になっているとその意識が外れていることが多いので、ぜひ「機械学習の三角関係」は覚えておいていただきたいです。

—三角関係という表現が人間っぽいです。

巣籠氏 面倒なことを機械に任せるというと、工場の機械と何が違うのか? という話につながると思います。既存の決められたプログラムで動いている工場の機械と、いわゆる今のAIの違いは、関係性を見いだしてくれることです。人間が逐一分かっていなくても、細かく見つけ出さなくてもいいというのが一番大きいポイントです。そういうところが知能っぽく見えるんでしょうね。人間が持っている知能が、機械に知能を見いだすというのは、ちょっと面白い構造ですね。

 

教えてくれた人:巣籠悠輔_Yusuke Sugomori
株式会社MICIN CTO。電通・Google NY支社勤務を経て、株式会社情報医療のCTOとして創業に参画。医療分野での人工知能活用を目指す。2018年に Forbes 30 Under 30 Asia 2018 に選出。著書に『詳解ディープラーニング』(マイナビ出版刊)等がある。

 

八波志保(Playce)
※Web Designing 2018年10月号(2018年8月18日)掲載記事を転載

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