人材採用のヒントはオフィス空間にあり!UXデザイン10ポイント 事例詳細|つなweB

時間あたりの生産性よりも重要なクリエイティビティ

──サンフランシスコのオフィスデザインや働き方についてのブログ記事を多く発信されている理由は何ですか?

多田 まず、弊社(btrax)がベイエリアのサンフランシスコに本拠地を置いており、現地の最新情報に触れやすい環境にあります。私たち日本法人では、日本企業の北米向けマーケティング支援やサービス開発、大企業内のイノベーションを加速するプログラムなどの提案を行なっているのですが、米国向けのサービスやプロダクトの展開を支援するために役立つ情報を提供しようというのが大きな理由です。

──従業員の働き方やオフィス空間について、日本とサンフランシスコでは何が一番違うと思います?

生駒 私自身はサンフランシスコの働き方がスタンダードになってしまっていますが、ここはIT企業が集まっていることもあり米国でもかなり先進的な地域です。そのため、ほかの州や一般的な日本企業の働き方については熟知していません。しかし、サンフランシスコ周辺の先進的な企業を取材した範囲で感じたのは、「時間当たりの生産性の改善」よりもクリエイティビティを上昇させることのほうがはるかに重視されていることです。

佐々木 そのためにオフィスは従業員のためにどうデザインするべきかといった考え方や、オフィスで過ごす時間も生活の一部であるという「ワークライフインテグレーション」の考え方が根本にあるように思います。

──ワークライフインテグレーションについてもう少し分かりやすく言うと?

佐々木 仕事か生活かといった二分法ではなく、自宅でリラックスしたり友人と遊びを楽しむように、それぞれの従業員が夢中に仕事できる環境を作り上げることと言えるかもしれません。

──オフィスに従業員のやる気を引き出すための仕組みがあったと。

生駒 もともと私は組織心理学を研究していて、現地の大学では従業員のモチベーションについて勉強していました。先進的な企業ではオフィスデザインにおいてもそうした哲学が反映されていて、従業員のポテンシャルを最大限引き出せる環境が整っていると感じました。

──例えばどのようなところにそのような考えが現れていましたか?

生駒 まず、その会社が働きやすい環境かどうかを「ビジュアル」で作り上げている点が特徴です。例えば、ミーティングのスペースがカフェテリアのようになっているのは会社のオープンな雰囲気を知ってもらう効果がありますし、社員同士が親しく交流したり熱心に議論しているのと同じ場所で新人の面接を行なったりしています。

多田 また、執務スペースは外からも見えるようにガラス貼りですし、社長室や重役室のような区切りもほとんどありません。顔認証などシームレスなセキュリティシステムを導入してオフィス内では自由に動き回ってコラボレーションを促進する仕組みを導入する企業もあります。組織としての風通しの良さや透明度の高さがそのままオフィス空間に反映されているのです。

──日本でもベンチャー企業などオフィス空間を開放的なものにする動きが一部でありますね。

多田 もちろん、従業員が望んでいるものであればいい傾向だと思います。しかし、形だけ取り入れてもそれが成果につながるかどうかはまた別の問題です。

生駒 例えば、先ほどの広いオープンスペースを好む従業員でも、普段の業務では周囲の雑音が気になったりすることもあります。そうした課題を解決するために、2~3人多くても6人程度を収容できる「ハドルルーム」を導入する企業も増えています。形式的な顔合わせを行う「会議室」よりもカジュアルに、打ち合わせスペースでチームコラボレーションを活性化する仕組みです。

 

オフィスデザインの第一歩は従業員へのヒアリングから

──やはり、従業員の満足度を高めるには、そこで働いている人のためにオフィスを設計しないといけませんね。

生駒 MicrosoftやSkypeなどのオフィスデザインを手がけるDesign Blitzという会社があるのですが、グローバルでイノベーティブな事業を展開している企業は「従業員のために設計されたオフィス」を持っていると言っていたのが印象的でした。彼らはデザインを開始する前に、依頼された企業の従業員にヒアリングしてどのような課題を抱えているのかを明らかにしていくのだそうです。

多田 例えば、椅子が硬くて腰が痛いとかミーティング時間が長いといったことまで聞き出して、オフィスのデザイン改善案をまとめあげていくんですね。オフィスに求められているのは、従業員が快適にクリエイティブに働ける環境を用意することであって、それが結果的に仕事の効率性を上げているのです。その因果関係の順番を取り違えてはならないのではないかと思います。

 

快適なオフィス空間が優れたカルチャーを生み出す

──従業員ファーストでオフィス空間をデザインすると、まとまりがなくなってしまいそうな気もしますが。

生駒 もちろんオフィスデザインそのものは企業としての個性や「ブランドパーソナリティ」といったものが反映されているものでなくてはなりません。訪問したAirBnBやPinterestのオフィスではその姿勢が強く感じられました。

多田 例えばAirBnBでは、世界各国の都市をイメージさせる空間がいくつも用意されていて、民泊の物件を貸し出しているホストの写真が大きなポスターとして貼ってありました。これを見れば、オフィスの中にいても、この人たちや世界を旅する人たちのために頑張ろうという気分になるでしょう。そのモチベーションの高まりがよい組織を生み出し、企業としてのカルチャーを育てます。そして結果的に企業としての収益性も高まるのです。

──人を大事にすることで企業のカルチャーが醸成され、収益が上がることでまたよい人材が集まるという好循環ですね。

多田 一般的な企業はもちろんですが、特にスタートアップでは人材確保は重要ですので従業員の体験をどこまで向上できているかをKPIとして示すとよいと思います。従業員満足度(ES)がよい企業は顧客満足度(CS)も高いという傾向もあります。

──従業員満足度を継続的に高めていくにはどうすればよいでしょう。

生駒 先ほどの従業員のヒアリングを定期的に、例えば3カ月ごとに満足度を調査していく必要があると思います。また、企業によって名称は異なりますが従業員の「ハピネス」を最大化するCHO(Chief Happiness Officer)という役職にも注目が集まっていますね。こうしたマネジメントを行うことで、企業が成長するステージにあっても会社のカルチャーが保たれるという効果が期待できそうです。

──よい人材が集まらないと言う前に自分の会社の幸福度を見直す必要がありますね。

多田 そう思います。

 

会議室をクリエイティブな空間に生まれ変わらせる

──優れた企業の事例を見てこられて、btraxとしてもオフィス改善の取り組みに変化がありましたか?

生駒 2016年夏に弊社のサンフランシスコ本社でイノベーティブな空間づくりを実践するため、オフィスの一部屋をリノベーションすることになりまして、私が担当しました。この「Garamond」という部屋は、もともと直線的な長机と棚があるだけの平凡なスペースでしたが、イノベーティブな発想ができるように柔らかな円形のビーンバッグや植物を取り入れたりすることでリラックスしながら作業できるスペースとなり、「デザイン思考ワークショップ」なども行える創造的な空間に生まれ変わりました。

 

──この白い丸テーブルは手作り感がありますね。

生駒 はい、弊社ではイノベーティブな発想は「コラボレーション」から生まれるという考えから、遊び心のあるEverBlock社のLEGOブロックを配置して小さな天板を上に乗せています。相手との距離が近づき、空間の自由度が高めることでさまざまな用途に使えます。ほかにもさまざまな工夫を詰め込んでいて、ここでのミーティングは、ほかの社員やオフィスを訪れていただいたお客様からも見えるようになっています。いわばイノベーティブを創出する空間のショールームのように使われています。

──ちなみに日本法人のオフィスではいかがでしょうか。

多田 社員が8人とまだ多くはないのですが、どこで作業するのかは各人が選択しています。建物の屋上がウッドデッキのガーデンスペースのようになっているので、そこで打ち合わせすることもありますし、集中したいのであれば会社で契約しているコワーキングスペースに移動して作業することもできます。

佐々木 どちらかというとオフィス空間そのものより弊社のワークスタイルに興味を持たれる方が多いですね。PTO(有給休暇)無制限の制度を聞くとほとんどの方が驚いて、それではサボってしまうのではないか? と質問されます。時間を基準に働かれているとそのような発想になるのかとは思いますが、私たちはお客様の課題をいかに解決するかという成果を出すことを目標に、自分に合わせた働き方のマネジメントを自発的に行なっています。

──最後に、理想のオフィス空間や働き方について教えてください。

生駒 個人的には留学していた際の大学のキャンパスが理想の環境に近いです。課題があって、議論する場があって、遊ぶ場所があって、さまざまな人がそれぞれ自分の特性に合わせてマネジメントを行える環境です。社会人であってもそれは大切なものではないでしょうか。

 

栗原亮
※Web Designing 2018年8月号(2018年6月18日発売)掲載記事を転載

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