応募者数が昨対比120%!博報堂アイ・スタジオの事例 事例詳細|つなweB

実際の社員目線から、会社の業務内容や空気感を伝える

デジタルクリエイティブに特化した制作会社である博報堂アイ・スタジオでは、一般的な企業と同様に新卒と中途採用を例年実施している。生活者体験(CX)視点のエグゼキューション(制作手法)提供でクライアント企業の課題解決支援を行う同社では、他社にはない工夫を凝らした採用サイトを構築し、学生に新しい体験を提供したことで注目を集めている。

2019年新卒に向けた採用サイトのコンセプトは「ONE DAY at the Office」という博報堂アイ・スタジオのある日の打ち合わせのシチュエーションをWebブラウザー上で疑似体験できるというもの。しかも、そこに登場する人物は、すべて実際に博報堂アイ・スタジオで受託したプロジェクトを動かしているメンバー本人であり、それぞれの一人称視点に切り替えられるというユニークなインタラクションを得られる。さらに画面上をクリックまたはタップしたままドラッグすれば、視点を360度動かすことが可能で、あたかもプロジェクトメンバーの一員になったかのような体験が得られるのだ。

「採用サイトに訪れたときの最初の体験でここまでやらなければ、学生さんに会社の“空気感”は伝わらないと思った」と語るのは採用サイト制作のプロジェクトリーダー堀井正紀さんだ。

ファーストビューで4つのプロジェクトチームの打ち合わせや制作風景のシチュエーションが表示される。メンバーをクリックすると、それぞれの一人称視点の360度ビューに切り替わり、それぞれの視点で何を考えているか、周りのメンバーがどのように見えているかを疑似体験できる

 

総合職の理解を深めるための施策

しかし、そもそも採用サイトになぜそのようなギミックを導入したのだろうか。その背景には博報堂アイ・スタジオの昨年度の採用で起きた出来事が関わっている。現在、約350名の社員を擁し、毎年20名程度の新卒社員を採用する博報堂アイ・スタジオ。前年度はエンジニアやデザイナーの採用に力を入れていたが、売り手市場の中、それ以外の職種での志望度を思うようにあげられないといった事態が発生した。

人事部でその理由を調べていくうちに、同社の「総合職」にあたるプロデューサーやディレクターといった職種の理解が、エンジニア職やデザイナー職と比べて深まっていないのではないかという課題が浮上してきたのだ。

確かに、すでに働いている社員にとっては自明なことであっても、職務経験の乏しい新卒学生にはディレクターとプロデューサーの役割の違いをきちんと理解するのは難しく感じられる。そこで、堀井さんらのチームでは、前年度に新卒入社した社員からのアイディア出しなども受けながら、それぞれの職種の具体的な仕事内容を疑似体験できるサイトの構想を固めていった。それを実現する表現手段として登場したのが前述の視点を360度動かせる採用サイトだ。

「FPSゲームのような視点で動的なギミックを出しつつも、仕事内容や視点をしっかりと理解できるだけの情報の深さも追及しました。そのリアリティを出すために行ったのが、実際に私たちが行っている案件を見せるというものでした。プロデューサーがどのような思いでプロジェクトに取り組んでいるのか、ディレクターがどの部分に気をつけて進行しているのかといった詳細をきちんと見せていくために、それぞれの視点を切り替えられる表現が最適ということになりました」とプロデューサーの川_大地さんは語る。

ディレクター、デザイナー、エンジニアといった人物の詳細を表示すると、関わったプロジェクトのワークフローが表示される。その職種が何を考えてどう動いているのかを具体的に知ることができる。また、インタビュー内容も詳しく、同じ質問に対してもそれぞれの人物の個性が表れる回答となっている

 

それぞれの職種と人物像を掘り下げる

採用サイト構築のプロジェクト全体の流れは、募集が始まる前年の12月に人事部より採用に関する計画や課題感が伝えられ、年明けより制作プロジェクトがスタートする。社内業務のため、他社案件も数件同時に行いながらの進行になったという。そして、2019年新卒向けの採用サイトは大学3年生の説明会が解禁される2018年3月にオープンすることになる。

今回の採用サイト制作にあたっては全方向撮影など技術的な問題よりも、登場する社員のスケジュール調整のほうが困難を極めたという。

「架空のプロジェクト紹介であれば簡単ですが、今回登場する4つのプロジェクトはすべて実際に弊社が手がけている案件で、その案件に携わっているメンバー本人が登場しています。しかも、打ち合わせの風景だけでなくそれぞれの視点からの撮影ですから時間もかかります。多くの案件を抱えるスタープロデューサーもいますので、予定調整は大変でした」(堀井さん)

さらに、それぞれの職種の違いや人物像の掘り下げも丹念に行われ、充実した内容が盛り込まれた。

「昨年度は登場する社員に共通の3つの質問に答えてもらうだけでしたが、今年はそれぞれの案件に関わったプロデューサー、ディレクター、プランナーやデザイナー、エンジニアから多角的に見られるようにコンテンツの構成を工夫しました。たとえば、同じ業務のプロセスであっても、ディレクターAとディレクターBでは異なる考え方を持っていることがわかったりします。こうした社員の個性も見られるので、学生さんも仕事への理解と同時に、人物への共感を持っていただけるのではないかと思います」(コピーライターの松本勇輝さん)

2018年の際の採用サイトも堀井さん率いるプロジェクトチームで担当した。エンジニアやデザイナーの募集を目的としたテック志向の強いデザインになっている。新卒向けとしての役割は終えたが、過去のサイトもライブラリとして残すことで現在働いているスタッフにとっても中途採用志望で訪れた人にとっても博報堂博報堂アイ・スタジオジオの仕事の仕方・考え方を知るための資産になっているという
ここで紹介されているプロジェクトは架空のものではなく、掲載されているプロジェクトチームが実際に行ったもの。机の上に広げられている資料などもクライアントの許可を得て掲載し、リアルな作りになっている

 

作成しただけでは終わらない採用サイト

タイトなスケジュールでの制作であったが、関わったメンバーからは共通して「楽しかった」という言葉が聞けたのが印象的であった。

「この採用サイトを見て入社してくれる人は、来年は私と席を並べる同僚かもしれません。そうであるならば、社内の採用サイトだからといって手を抜くわけにはいきません。文字やデザイン、画面での動きなど細かな部分についても、普段の仕事と同じレベルでこだわっています。そうした部分に気がついた人が入社してくれると嬉しいですね」(アートディレクターの馬瀬戸薫さん)

また、中途採用向けの特設ページは作成していない。しかし、中途であっても求める人物像は一致する部分もあるので、新卒採用サイトは参考になるだろうと松本さん。

「僕自身が中途採用で入社したこともあってわかるのですが、現場でどのような人が働いているのかはとても関心のある事柄です。この採用サイトであれば、いい意味で社員の考え方がさらけ出されているので、新卒であっても中途採用であっても参考になるはずです」

また、博報堂アイ・スタジオではこうしたデジタルの採用施策と並行して、社内を巨大迷路のように区切ってクイズに答えてもらう「博報堂アイ・スタジオダンジョン」という会社説明会も実施しているという。ロールプレイングゲームを楽しんでもらいながら、博報堂アイ・スタジオの仕事に対する考え方を伝えると同時に「面白いことをつくれる」会社であることを伝える目的もあるという。

「採用サイトも私たちが関わる仕事の幅の広さを伝えるのに役立っていると思います。この会社が求めているのは自分で考えて発想し、実現に向けて行動できる人物なのだということが伝わったら嬉しいです」(堀井さん)

スマートフォンで閲覧する学生も多いため、レスポンシブデザインで構築されている。操作性もデバイスの特性に合わせ、スマホ版では画面上の指の動きで360度見渡せる
堀井正紀_Masaki Horii
株式会社博報堂アイ・スタジオ デザイン部 デザイン統括責任者
川_大地_Daichi Kawasaki
株式会社博報堂アイ・スタジオ コミュニケーションデザインセンター プロデューサー
馬瀬戸薫_Kaoru Masedo
デザイン部 アートディレクター
松本勇輝_Yuki Matsumoto
株式会社博報堂アイ・スタジオ コミュニケーションデザインセンター コピーライター
栗原亮
※Web Designing 2018年8月号(2018年6月18日発売)掲載記事を転載

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