まずは十分な準備から。アプリ開発会社「フェンリル」のUXデザイン 事例詳細|つなweB

わかったようで、わからない。でも重要なことだけはヒシヒシと伝わるUX。アプリやWebサービスなどのデザインを多数手がけるフェンリルのコンサルタントとディレクターはどのようにUXと向き合っているのだろうか?

 

中村 康孝
デザイン部 チーフコンサルタント HCD-Net認定 人間中心設計専門家 AV機器メーカーにてAV機器全般のユーザビリティ支援業務の経験を経た後、UXデザインコンサルティング会社にて、アプリやサイトに限らずさまざまな分野でのコンサルタントの実績を持つ。現在は、豊富な経験と知識を活かして、UXデザインに関する支援を行っている。
福島 菜穂
デザイン部 ディレクター HCD-Net認定 人間中心設計スペシャリスト 2009年入社、いち早くタブUIを取り入れて話題となった国産Wwvブラウザ 「Sleipnir for Windows」や、「Slepnir Mobile for Android」のUIデザインを担当。その後、共同開発部にて、大手企業を中心にWeb、iPhone、Android などの企画提 案や UI デザインを手掛ける。

 

事前準備を軽視しない

新規にWebサービスを始めようとしていたり、これからアプリを制作したりする際、どのような手順を踏んで、UXを検討するべきなのだろうか? 原理原則はあれど、UXへの考え方や、会社によってアプローチも違うのが現実だ。

スマホ向けアプリやWebサイトなどを手がけるフェンリルでは、まずクライアントへのヒアリングを行い、サービスに取り組む背景や、ビジネス上の目標、想定ターゲット、クライアントの強みなどを把握。その後、ユーザーインタビューなどで現状を分析してクライアントとディスカッションを行い、どのようなUXをデザインするべきなのかを検討していくという。同社のデザイン部でチーフコンサルタントを務める中村康孝さんは実作業に入るまでの重要性を主張する。

「ビジネスですから、スケジュール的にも予算的にも余裕がないことも多いのですが、本来は事前調査と分析に時間で言えば1カ月~2カ月。気持ちの上では全体の5割ぐらいのパワーをかけてやるべきだと思っています。この期間はデザインなど形になる成果物が上がらないので、理解や予算が得られにくいのが現実ですが、失敗したときのリスクを考えると、十分、取り組む価値がありますし、フェンリルではこの作業が全体のUXを決定づけると考えています」

また、多くのプロジェクトのディレクターを務める福島菜穂さんは、こうした事前準備を踏むことで、必要な機能、秀逸なアイデアと思われるものも客観的に判断することができるという。

「社内でアイデアを思いついて、Webサービスとして展開しよう、アプリとしてリリースしようと、開発部分からご相談いただくケースが多いのですが、私たちが入って実際にカスタマージャーニーマップや、ユーザーの利用シーンを想定してストーリーボードを作ってみると、『あれ、実は使うシーンがないな』ということも少なくありません。アプリを作りたい、サービスを作りたいというのはあっても、なぜ、そうしたいのか、というのは意外と考えられていないように感じます」

 

 

UXの考え方は、PCもスマホも同じ

次にサービスを開発することは決定したとしよう。サービスを提供するデバイスやプラットフォーム、つまりWebやスマホ、あるいはアプリなど、それぞれの役割はどのように考えるのがいいのだろうか? 例えばPCからのアクセス時にはすべての機能が使えるのに対して、アプリやモバイルでの利用時には一部の機能を制限していたり、最近はアプリのみで展開しているサービスも珍しくない。こうした違いについて、中村さん曰く、基本は同じだという。

「私はデバイスによって提供する価値が変わるとは考えていません。GPSやプッシュ通知など、アプリでしかできない機能を使うことで、より理想的なサービスを提供できる場合もありますが、利用するデバイスによって“ユーザーに提供する価値や体験”は変わることはないと思います。デバイスによって利用シーンは異なるかもしれませんが、今はスマホを家で使う人も多いでしょうし、パソコンだから自宅や会社とも限りません。私は、UXとは『提供する価値』のことだと考えています。デバイスによって使える機能や見た目のデザインは違うかもしれませんが、提供する価値は同じはず。強いて言えば、アプリではハードを購入しなくてもサービスを提供できるので、いいものをつくれば使ってもらえるチャンスが増えたとは思います。一方で、アプリは簡単につくることができるので競合もすぐに増えますし、ちょっと不満があるとすぐに使ってもらえなくなる。だからこそ、ユーザー体験をよりしっかりとデザインする必要があると思います。ハードを買うには初期投資が必要ですから、人は多少使いづらくても、自分から慣れようとします。でも、アプリはそのまま使わなくなり、二度目のチャンスはないのが現実ですね」

デバイスは違えど、提供する価値は同じ。その価値をスムーズに体験するために、デバイスごとに最適なデザインを提供すると考えればいいだろう。

 

 

サービス開発前のチェックリスト
サービスやアプリを開発する際、提供側、開発側ともに、最低限共有しておきたいポイントをチェックリストにした。まずはこれらをはっきりさせてから、打ち合わせに臨もう。

 

困ったときはユーザーに聞け!

重要性を認識する人が増える一方で、依然として誤解が多いものUXの特徴と言えるかもしれない。いくら現場が「UXが重要だから改善しよう」と言っても、上司や決定者がその重要性を理解しなければ、取り組めない。いったい、どのようにすれば周囲やクライアントに理解して貰えるのだろうか? 

繰り返しになるが、フェンリルの考えるUXとはサービスやブランディングも含めて、ユーザーが体験することのすべて。UXの重要性を理解するには、思い込みをなくすことが大事だという。

「数年前までは、UXがアニメーションなど、動きの部分を指すと考えていた方が多く、最近ではペルソナやカスタマージャーニーマップをつくるということをUXと認識している方が多いように感じました。最近で一番、多いのは、デザイン・UIが悪いから、アクティブユーザーや、コンバージョンが上がらないと考えているケースです。もちろんデザインやUIを改善することで、多少、コンバージョンが上がることはあります。ただ、費用をかけたほど効果がでないケースも多いですね。つまりサービスやブランディングを含めて、UXをデザインし直さなければいけないケースです」(福島さん)

悪いのは提供する価値なのか、デザインなのか、あるいはコンテンツなのか?原因の見極めはどうすればいいのだろうか? 検証は実に単純な方法でわかるという。社内のスタッフ、開発を依頼している会社の意見などではなく、実際に使っているユーザーに声を聞くことだ。

「本当に正直な意見をいえるのはユーザーですから、ユーザーの声に耳を傾けることが一番です。例えばコンテンツそのものに魅力がなくても、受託側は『コンテンツがつまらないから、デザインやUIをいくら変えてもダメです』とは、なかなか言えません。もちろん、すべての意見を吸い上げて反映する必要はありませんが、周囲の関係者よりも、ユーザーの声を重視すべきなのは間違いありません」(中村さん)

 

 

最適なUXでスムーズに価値を提供する
上/フェンリルが手がけてきた数多くの事例は、Webサイトにアップされている。BtoC向けのものは実際に使うこともできるので、参考になるだろう。下/フェンリルがリリースしている「Sleipnir Mobile」は同社のUXデザインの考え方が凝縮されたブラウザ

 

上司やクライアントを説得するには?

ユーザーからの意見をヒアリングする際には、UXの重要性を理解してもらいたい人=決定権を持つ上司や、クライアントなどに同席してもらったり、ユーザーが実際に使っているシーンを見てもらうことが大事だ。

「いくらUXを検討しなければいけないと現場の人が理解していても、上司や決定者の主観が入ってしまって、大きな変更をできない場合も少なくありません。UXを検討するときに一番、注意すべきは『主観』のみで判断することです。もちろん会社によっては、決定者に同席してもらうのが難しいケースもありますが、UXを見つめ直し、再構築するようなときにはボトムアップではなかなか難しく、決裁者が理解しないと難しい。伝聞ではなく、体験してもらうことが大事です」(中村さん)

一方で過去に失敗経験を持っている会社はUXデザインについて理解が得られやすいという。最後に中村さん、福島さんが考えるUXとは何なのかを伺った。

「ユーザーをよく見て、知ることがUXなのかなと思います。ユーザーのシーンをしっかりと思い浮かべれば、そもそもそのサービスが不要…という事になる可能性もありますが、それも重要な判断だと思います」(福島さん)

「UXとはその言葉のとおりユーザーの体験ですから、本来、提供側がどうこうできることではありません。だからこそ、重要なのは『価値』です。もしデザインや使い勝手が悪くても、どこよりも価格が安ければ、それも価値ですし、注文した商品が、その日に届くのも価値。価値にあったUIを提供する。結局、UXとは使い勝手、機能、見た目も含めて求められている人に、求められる形でフィットする形で出せるかを考えることが重要かなと私は考えています」(中村さん)

どうしても誤解が生じてしまいがちなUXの考え方。でもそれを価値と置き換えることで、より理解しやすくなるのではないだろうか。ぜひ参考にしてほしい。

 

 

プロジェクトの進め方
プロジェクトの進め方の一例。リサーチフェーズから戦略策定フェーズにじっくりと時間をかけ、UXをデザインしていくのが、成功のコツ

 

Text:奥田高大